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次期国王候補と潜入の達人II
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Anthologyあくしゅみ〔妄言〕 口付けは、正直苦手だ。 唇を合わせるだけ、重ねるだけのものならば良い。それだけの触れるやわい感触であったならば堪えるだけで済む。何も考えずに済む。 そうでないから問題なわけで。 「………ん」 押し付けられるだけだった感触が角度を変え、強さを変えて重ねられ合わせた口先を啄む。 小さな音を立てて繰り返されるそれに、深めようとする意図を察知して後ろへ引こうとするも項に回された青年の手がそれを許さない。寧ろ逃げようとしたことを批難するかのように添えられた指が首筋をなぞる。 手入れがされた指先の、鍛練を重ねた武人の手。節の目立つそれが柔い急所を押さえる感触。 がち、と緊張に硬直する身体をいいことに遠慮無く触れていた青年が更に助長して好き勝手に動く。 項から優しく掻き上げるように髪を 火照りを隠していた耳を 与えられる感覚に震えを耐える背を 握り込んでいた手のひらを 壊れ物を扱う様に優しく、大事なものに触れるように慈しみを与える、人の温もり。 何度触れられても慣れなくて、胸が締め付けられて。 いつも、苦しい。 今回も、初めは普段の他愛もない世間話だった筈だ。 それがいつの間にかもっと、柔らかいものに変わって。気が付いた時には手を取られ、逃げられないよう距離を詰められて。竦めて縮めた肩を宥めるように触れられて、伏せていた顔を上げさせられて。拒絶の言葉が吐けないままに唇を奪われた。 「……んん」 思考に逃げることも許されずまた上を向かされ唇の薄い皮膚の上を柔い感触が食むように辿る。いままでに何度も繰り返された行為。 口を、開くよう催促されている。 う、と喉を唸らせるが青年はさして気にした様子もなく口付けを止めない。 押し返そうにも抱き竦められていて、無理に離れようとすれば怪我を負わせてしまう。身動ぎも出来ず、薄っすらと瞳を開いて抗議しようとして。 蒼い瞳と視線があった。 「……っ」 ───見られていた。 一体いつから耐える反応を眺めて、楽しんでいたのか。驚きに跳ねた身体を宥めるよう撫でられ、それで落ち着ける筈がなかった。 趣味が悪い、と念を込めて睨むが視線の先の青年はどこ吹く風で楽しげに目尻を緩める。 声を上げて抗議したかったが、それは仕掛けられた罠で青年の思う壺だった。だからせめて、と強く唇を引き結ぶ。これが己に出来る最大の抵抗だった。 「……ふふ」 重ねた唇の合わせから震えた吐息がかかる。青年が笑っているのだと分かって、この、と沸き上がった衝動に任せて腹いせに青年の服をぎゅう、と強く握った。 皺にでもなって困ってしまえばいい。 そんなことを画策していると目の前の気配が揺れたのが分かった。項を再びなぞられてざわ、と肌が粟立つ。突然の変化に竦んだ身体を抱き込まれ、熱い舌先が唇の合わせを突く。薄い皮膚を這う濡れた感触。知っているそれに勝手に背筋が震えた。覚えのある恐ろしい感覚。 「ま………!!」 思わず上げた制止の声は全て飲まれてしまった。 「ん、ん、ぅうう、〜〜〜ッ」 水音を立てて厚い舌が咥内に押し入ってくる。熱から逃れようと縮めた舌は、甲斐無くすぐに絡め取られ執拗に嬲られる。ぢゅう、と音を立てて吸われた。強い感覚に舌が麻痺したように動かなくなって深くまで侵される。声を上げようにも上顎の弱いところをなぞって探られて身を震わせることしかできない。 ぞく、と背を走る甘い痺れ。 また約束が反故された。 色々気を配って、配慮してくれていることを知っている。 そんな相手が願うことに出来るものなら叶えてやりたいと思っていて。 だからといって差し出された要求がこれとは思わないではないか。 せめて、と付け加えた条件は青年のことを思ってのことだというのに、青年はいつも了承を得ないままなし崩しにことを成してくる。 請われれば、拒めないと知っていて青年は。このようにするのだろうか。 「ぅ、〜〜〜〜っ!!」 重ねた舌を動かされて勝手に身体が跳ねる。舌を合わせただけだというのに馬鹿みたいな快楽が身体を抜け息継ぎすらまともに出来ない。深められる口付けに水音が変に響いて、またぞくりと背が震えてまともに姿勢を保っていられなくなる。 「……ッは、あ……」 「ん、……ふふ」 力が抜ける身体を背に回された腕が支えて、抗議のため握った指も今は縋り付くためのものになっていた。 生まれが違う。 身分が違う。 生きている、世界が違う。 けれど性別は同じで、何も残らない、意味の無い享楽に浸っている。 こんなのは間違っている、と。 それを言葉にした瞬間、青年は酷く傷付いた顔をして。だからもう、何も言えなくなってしまった。 静かに落とされた、嫌か、という問いに。嫌だと、返せるだけの理由を、もう己は持っていなくて。 ただ、何故青年が己に対して『これ』を行うのかと疑問だけが転がっている。 それを押し通してまでの拒絶をする意味があるのか。 向けられる熱を拒む、理由はあるのか。 逡巡から生じた隙を青年は見逃してはくれなかった。 散々好き勝手に弄ばれた口がやっと解放される。崩れそうになる身体を青年の腕が支えて、火照った頬を撫せられる。二人の間を銀糸が繋いで、伸びて落ちる様に羞恥を煽られた。 視線を逸らして、痺れて縺れそうになる舌をなんとか動かす。 「しゅみが、わるいですよ……」 回らない舌で絞り出した言葉は何ともたどたどしく弱々しい。はあ、と熱の篭もる息を吐いた。 「うん、ごめんね」 随分と軽い謝罪を返す青年の、喉の震えが伝わる。滑らかな金色の先、耳を擽る吐息は、ただ呼吸をするだけのものではない。 「君が可愛くて」 突き合わせた青年の顔にはやはり笑みが浮かんでいて、告げられる言葉は余りに軽薄なものだった。己がこんなに疲弊しているのに青年はなんとも余裕な様子で首を傾げる。 「いつまで経っても慣れないねえ」 そう言って頬を緩ませながら己を眺めて、可愛いなあ、と甘やかに零す青年は。 どう見ても反省しているようには思えなかった。 己は触れる度に零れる吐息が、触れる熱さが。苦しくて、どうしても慣れることが出来ないというのに。 「ね、もう一回……良い?」 伺いのようなものを立てる青年の、その声音は拒まれる可能性など微塵も考えていなそうで。 解っているのかいないのか、どちらにせよたちが悪い。 「も、ほんと……」 どうせ逃す気なんて更々ない癖に、伺うことを止めない青年は、本当に
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