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次期国王候補と潜入の達人II
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Anthology薔薇と桃とチャノキ〔土筆〕 その日振る舞われた紅茶は、いつもとは違う香りだった。 華やかな桃の香りが鼻腔を擽る。その中に微かに違う香りも感じ取る。 「薔薇……ですか?」 問い掛けると、彼は目を細め優しく微笑みながら返す。 「そうだよ。少し趣向を変えて、薔薇の花弁入りのピーチティーにしてみたんだ。」 「へぇ、珍しいですね……うん、美味しいです」 薔薇の花弁入りの紅茶とはまた珍しい。自分も実際口にするのは初めてだが、果実の瑞々しい香りに添えられた控え目な薔薇の香りはなかなかどうして悪くない。 「それは良かった。是非とも君に飲んでもらいたくてね。所で…バビロン君は紅茶の花言葉を知ってる?」 不意に投げかけられた問いを反芻する。 紅茶の花言葉。確か紅茶の茶葉はチャノキという木の葉を加工したものではなかったか。その紅茶の花言葉となると、チャノキの花言葉だろうか。 しかし仮にそうだったとして、一般常識程度の花言葉ならまだしもチャノキの花言葉など取り扱い範囲外なので素直に否定する。 「いえ、お恥ずかしながら」 「ふふ、あまり有名ではないからね。それに正確には、紅茶じゃなくてチャノキの花言葉なんだ」 「……それで、その花言葉というのは?」 尋ねると、彼は微笑で返す。 「さあ。何だと思う?」 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 後日、所変わってロードスト邸の書斎。 ………まあ、あんな言い方をされたら気になるだろう。いろいろと、特に愛情表現はストレートなアルベルトさんがあのような含みのある言い方をするのは珍しい。 そんな彼が柄にもないような事をしてまで何を伝えたかったのか。 適当に花言葉について書いてある本を見繕い、暫く捲っているとやがて目当てのそれと思しき記載を見つける。 が、見つけた瞬間凍り付く。 まさか、と思い今度は別のページを探す。程なくして見つけたそこにも、予想通りの言葉。 思わず笑みが溢れる。 また随分と、いじらしいことをしてくれるじゃないか。 「(趣向を変えるって、そういうことかよ…)」 彼はいつだって、真っ直ぐに想いを伝えてくれる。その言葉はどれも聞いたことも発したこともあるものだが、自分にとってのそれらは専ら道具だった。取り繕った表面的な言葉で人を騙し、誑かし、奪う。それが当たり前の世界で生きてきた。自分もそうしてきた。 だからこそそんなに、目を逸らしたくなる程真っ直ぐにそれを向けられる事に戸惑いがあった。 初めは、自分に向けられて良いものじゃないと思ってなるべく聞かないようにしていた。適当に繕ってはぐらかそうとした。 それでもあまりに伝え続けてくれるものだから、いつの間にか素直に受け取るようになっていた。 そんな中で自分でも気づかない内に、彼から率直な愛の言葉を、受け取る日々に慣れていたのかもしれない。 それがどうだ、慣れ始めたと思った所にこんなアプローチを仕掛けてくるとは。 賢い人、ずるい人。自分でも驚くくらいに表情も心も緩んで、顔が熱くなる。 これは、こちらも相応のものでお返しをしなくてはなるまい。 一つ深呼吸をして、声をかけたのはそういったものに詳しいであろう家族。 「タリア、一つ聞きたいことがあるんだが__」
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