ドライブデート


 シアターのスタッフからチケットを受け取ったレンが、片方をトキヤに差し出しながら「ポップコーンでも食べる?」と問う。
「いいえ。内容に集中したいので」
「言うと思った」
 カラーグラスの奥で、彼のサファイアの瞳がいたずらっぽくゆるめられた。そもそもレン自身、映画鑑賞中に軽食を取るようなタイプではなかったはずで、つまりこの質問自体、彼からすれば戯れを纏う会話の一部に過ぎないのだろう。やれやれとトキヤはちいさく嘆息を零す。
 開催が近付いたレイジングエンターテインメントとの合同ライブに向け、ステージングの参考にするため、デートプランに映画鑑賞を提案したのはレンの方だった。「イッチーにぴったりの映画が、ちょうどリバイバル上映するみたいだよ」――有名だし、観たことあるかもしれないけど。そんな文言とともにメッセージアプリを介してレンから送られてきたURLをひらいたトキヤは、スマートフォンの液晶に表示されたホームページをみとめ、彼の誘いにふたつ返事で了承したのだった。

 都心からすこし離れた場所にひっそりと建てられたシアターは、公開から何年も経過したかつての名作や、限られた劇場でのみ扱われるようなインディーズ映画を上映している。
『公開中』と書かれたランプの下には、ふたりの目的の作品のポスターが貼られていた。女性ふたりの顔を背景に、片割れの女性が画面の真ん中で堂々とポーズをきめている。彼の言う通り有名な作品であることは間違いないのだけれど、普段あまり触れぬジャンルであることも相まってトキヤはいちども観たことがなかった。
 ポスターを眺めるレンが、「オレも久しぶりだし、楽しみだな」と言う。公開された当時、映画館で鑑賞したのが最初で最後だと、シアターへ向かう車の中で口にしていたことを思い出した。
 ポスターから視線を外し、トキヤの方を向いたレンは楽しげにくちびるの端を持ち上げる。
「ね、トキちゃん」
「……」
 む、とトキヤの眉間に濃いしわが刻まれた。
 HE★VENSに属する、自身と同じオレンジ色を冠した彼が口にした呼び名をレンはすっかり気に入っているらしい。――否、それに違和感を示すトキヤの反応を気に入っているという方が正しい表現だろう。その証拠に「トキちゃん」と口にしたレンは、そのたびトキヤの顔を覗き込むような仕草をするので。
 ごめんごめん、怒らないで。くすくすと笑うレンは、そうしてトキヤの不満そうな視線を受け止め――「映画から何かヒントが得られると良いんだけど」と言葉を続けるのだった。
「……」
 ソロ曲の魅せ方に悩んでいたことなど、目敏い彼にはとっくにお見通しであったらしい。思わずというようにじいっとレンのととのった相貌を見つめた。いたずら好きで気遣い上手な恋人に、今日もすっかり甘やかされる予感がする。