石英のひび
宝石は白い光を弾く。きらきら。視界に映るすべてが透明な石でできている。視線を動かし、灯世は辺りを見渡した。――場所を特定するようなものは何ひとつ存在しなく、どうして此処にいるのか、思考がぼやけた灯世には思い出すことができない。
現実から遠く離れた位置に、ぽつりとひとり取り残されたのかもしれない。……どうりで。思うように動かぬてのひらを開いて閉じてをくりかえし、灯世は胸のうちでひそかに独りごつ。
「……有、」
ぽつり、無意識に零された言葉に灯世自身が驚かされる。ああ、そうだ。これが夢が幻覚の類であるなら、現実に在る灯世が共にいた人物は『新名有』以外ありえない。そういう日々を当然のように過ごしているせいで、いざ境界が曖昧な空間に放られると、抱くべき違和感をまざまざと見せつけられるような心地になる。――否、こうして見知らぬ場所でひとり佇んでいることこそ、ふたりにとっては『違和感』であるのだった。
有の抱える有象無象を晴らしてやることはできないし、彼もそれを望まないことは灯世も重々承知している。彼が「灯世になら」と口にするのであれば、静かに享受し、当然のような顔をして飲み下すだけだ。
ぴしり。足元の石が音を立てる。引き返すタイミングはきっといくらでもあった。そうしなかったのは灯世の意思で、有がこの関係を望むなら、美しい宝石に入る数多のひびなど、いくらでも気付かぬ振りをすれば良い。
もうすぐ、夢と幻覚で構成されたこの美しい空間は崩れ落ちるだろう。何故なら、ここには有がいないのだ。灯世のために息をするおとこが、灯世の隣に立たない意味を教えてほしい。
健全ではない――否、灯世からすればそれは余程健全であるのだが、ひび割れた宝石のような思考を両手に抱え、灯世はまもなく目を覚ます。