キレる中年の見出し坂のボヤき
▽2020/02/04(Tue)
人との繋がり
ちょっと腹立たしい事があったので、ここに書かせていただきます。理解はしなくても結構です。
怒る観音坂を見たくない人は見ない方がいいです。
人との繋がりというのは、一方的では成り立たないと思ってます。
と言うのも、相手側から何も働きかけが一切ない、こちらが話しかけてもひと言返して終わりの人に俺から出来るのは「そうですか」と頷くだけです。
俺は先生のように寛大な心を持ち合わせた人間ではないので、万人に等しい対応は出来ません。上記のような人と、毎日の日付け坂に花弁を置いてくれる人、どちらを選びますか。俺は後者です。そういう方には名指しをして空中会話をしたり、お部屋をこまめに覗いたり、なるべく楽しんでもらえるお返事を考えます。
俺は、俺の生き方でこの世界で呼吸をします。
俺に聞こえるように誰かが助けてくれ、と手を伸ばすなら、出来る範囲で助ける方法を考えます。…こんなこと言うのもどうかと思いますが、見ないふりは…なんか、かっこわるいじゃないですか。
寂しいと小さく呟けば、心の片隅で大丈夫だろうかとささやかながら心配もします。
誰かの心が折れて、立ち直れない時は、心もとないかもしれませんが、手を伸ばしたいと思っています。……だって、他人からの心無い言葉や理不尽な圧力で自分の自由が邪魔されていいわけないでしょう。目に見える範囲の自由くらい、せめて守りたい。
はは、俺のそれは、ゴシップ記者と同じみたいですね。信用ならないなら、離別すればいいと思います。俺はそういう人に伸ばす手はありません。気に食わないなら、直接言えばいい。俺は真っ向から言葉を振りかざす。
もともと味方なんていないに等しい世界だ。言葉を信じる信じないも自由だ。
だが、心無い言葉で人を殺せる世界であることを忘れるな。
独り言なら、ぼかせば、人の心を踏み躙って、悪者に仕立てあげても許されると思ったら大間違いだ。
さようなら。俺の人生に必要ない。
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