氷織くんと別れてから、暫くは駅のホームでぼうっと動けずにいた。燃え尽き症候群の、逆。燃えられなかった人は、なんて呼ばれるんだろう。点火したばかりの花火に、水をかけられたような、強制的に鎮火されたような、寂しさ。でも、「もう関わらんで」とか「彼女おるんよ」とか言われたわけじゃない。告白こそさせてもらえなかったけど、友達でいることは許して貰えたわけだし。友達。私は氷織くんのお友達。他人じゃないし、ただのクラスメイトでもない。友達だもん。……なんて、水底まで沈んだ気持ちに必死に酸素を送った。
じわりと瞳の奥が熱くなる水分の正体に気づいていながらも、絶対流してやらないと決めた。
翌日、家を出る前に大きく深呼吸をした。一歩外に出た瞬間から切り替えられるように、体内に酸素を送り込む。氷織くんへの気持ちは私にとっても宝物だからすぐに手放すことは出来ないけれど、悟られないように振る舞うと決めたから。
「氷織くんおはよう〜!」
「ミョウジさんおはよ」
「テスト勉強進んだ?」
「まあ、ぼちぼちやね」
「そう言いなが進んでるやつだ……」
私の友達としての振る舞いが、正しい友達の距離感なのか不安ではあるけど、自分から話しかけることが出来たし、そのままいつも通り雑談へと持っていくことも出来た。フラれた側が出来る配慮としては、合格だと思いたい。……いや、もしかしたら本当はこれすらも迷惑で距離置いて欲しいかもしれないけど。氷織くんが言ってくれたお友達でいて、という言葉を疑うこともせず、真正面に受け取っている。
「ふっ、あはは……ミョウジさん本当おもろいなあ」
他愛もない話を繰り広げていると、氷織くんのツボにクリティカルヒットしたらしく、珍しく声を上げてケタケタと笑っていた。どうやら、先日私が出かける先々で毎回教頭先生に会い、最終的に教頭先生の家で夕飯を一緒に食べた話が相当面白かったみたい。
「教頭先生学校じゃ堅苦しいけど、案外陽気なおじちゃんだったよ」
「ふ、はは……想像つかへんわ」
「えへへ、だよね」
暫く肩を震わせながら氷織くんは笑いのツボから抜け出せてなかった。氷織くんの笑顔を、また見られて嬉しい。友達として普通に接してくれたのも、避けないでくれた事も嬉しかった。
「……ん? 氷織くんちょっと声掠れてる?」
「あぁ、笑いすぎたんかな」
「私のど飴あるよ」
「え、」
「……はっ! へ、変なものは入ってないよ!?」
「ふっ、思ってへんよ。ありがとう」
いつもの癖でいそいそとポーチからのど飴を取り出してから、はっと我に返る。今の友達として、間違っていなかっただろうか。
手を止めて一拍ほど悩んだ挙句、結局渡すことにした、私はこれが氷織くんじゃなくても、他の友達でもする! 声の掠れに気づけるかは、分からないけど。
「はい、はちみつレモン味」
「おおきに。ミョウジさんのポーチって何でも入ってるんやね」
氷織くんは私からのど飴の小袋を受け取ると、そのままなんの躊躇いもなく袋を破って口に入れた。からん、と飴玉が歯にぶつかる音がした。
「そうかな? おばあちゃんが準備いい人でね、影響受けちゃってるのかも」
「そうなんや、いいおばあちゃんやん」
氷織くんは、ふっと柔らかく笑った。水面に光が差したような青い瞳が細められて、そわそわと落ち着かない気持ちになる。落ち着かないけど、同時に心地も良い。好きな人にドキドキするって、いつもこれが交互に来る気がする。
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