今にも降り出しそうな雨から逃げるみたいに、ミョウジさんは僕から背を向けて走り出した。
 言ってはいけないことを言ってしまった、と言わんばかりに、自分を責めるような掠れた声に心臓が縮まった気がした。
 反射的に走り出して、彼女の腕を掴んでから、ようやく気づいた。

 僕は今、何をしてるんやろう。
 帰ろうとするミョウジさんを、引き留めている。さっきまで隣で笑っていた彼女が、僕の知らないところへ行ってしまうような気がして、考えるより先に身体が動いていた。
 どうして、こんなに感情が大きく動かされてしまうのか。――その答えなら、もう分かっていた。

 僕が、他の誰よりもミョウジさんに会いたかったから。
 僕が、もっと一緒にいたかったから。
 
 僕が、ミョウジさんのことを好きだから。

 ミョウジさんが僕を好きだと言ってくれたとき、僕は何をした?
 彼女が僕を好きでいてくれることを知っていながら、自分がその気持ちに応えられるかどうかも確かめずに、勝手に答えを出した。

「僕はやめとき、おすすめせん」

 あの時の僕は、彼女のためみたいな顔をして、自分が傷つかない答えを選んだだけ。余計な荷物を増やさないように、両手をポケットに突っ込んで、誤魔化した。ミョウジさんは、あの時、どんな顔をしていたのだろうか。
 彼女の気持ちが、いつまでも変わらずにある保証なんてない。
 それなのに僕は、なにをうじうじ考えてんねん。――僕、まだなんの勝負もしてへんやん。

 どうして無性に触れたくなるのか、彼女のことを知りたいと思うのか。自分自身を操作するプレイヤーだと割り切っていた中で、等身大の自分が顔を出してしまうのか。
 もうとっくに答えは出ている。
 友達としてやなくて、“そばにいてもらう”でもなくて僕が、彼女と一緒にいたい。

「ミョウジさん、僕、ミョウジさんと友達でいたいなんてもう思ってへん」

 そう告げた瞬間、ミョウジさんの顔色がサーッと青くなった。多分、悪い方へと思考を持っていってる。

「前言撤回してええ? 友達じゃ、僕が満足できん」
「……え、」
「さっき、僕の彼女になれる人をいいなって言ってくれたやん? なら、ミョウジさんがなってや」

 ミョウジさんの腕を握る手のひらから、心臓の音が聞こえとったらどうしようと思った。軽く走っただけやのに、全力疾走の後くらい、ドクドクと激しく暴れている。

「ミョウジさんのこと、好き。まだ間に合う?」

 口にしてから、ずるいことを聞いたと思った。
 まだ僕を好きでいてくれるかなんて、分からへん。そんなこと、聞いたって彼女を困らせるだけや。
 
「……いや、間に合わんでもええ。ミョウジさん、好き」
「ひ、氷織く、」
「はあ、やっと言えた。僕、ミョウジさんのこと好き。知っといて」

 ミョウジさんの瞳を覆っていた分厚い水の膜が、とうとう決壊するようにこぼれ落ちた。