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風邪
わ、わあ……死ぬかもしれない……。
潜っているといっていいほど深く布団をかぶり、音も空気も半分くらい遮断した時間を実に十時間過ごした私は、当然外の様子に気づいてなんかいなかった。
熱は、たぶんまだある。昨日の夜と今日の朝に測った体温を今の自分の体感と照らし合わせて、決して無茶はできない状態だなと判断した。判断したけれど、たぶん、無茶をしないとならない。
「……起きなくていい」
「カっ、……げほ、は、……ずみません……あの」
「飲め」
ずいと吸い飲みを差し出され、こんなの私もってたかなと思いながらも手をだす。寝ながらでも飲めるタイプであることは見てわかったけれど、だからといって自分がお仕えしている方を前に寝っ転がってるのはどうなんだろう。いやしかし、起きなくていいとも言われたしな。うーん。
少し悩みながら、結局だるさに甘えて寝転んだまま水を飲んだ。常温より少し冷たい液体が喉を通り抜けると、なんだか頭がキーンとしてしんどいような気持ちになる。状態はやはりよくない。
───なんで、ここにカタクリ様がいらっしゃるのだろう。
どろり、とまとわりつくように重い頭でやっとこさそれだけ頭に浮かべて、それからまた何度も何度も頭に反芻させたところで結論に辿り着けた。
今日の『おやつの時間』は、私が担当だった。はずだ。
気づいて、即座に───といっても、熱で全く速くはなかったけれど───起き上がって、床に足をつけようとした。
ら。……結局、ベッドから降りる前に大きな指が私の額に触れ、動きを止めてしまった。
やっぱり、先が見えるということはすごい。
今まで関わりがあったわけじゃないからこそ、目の前で起こるその出来事のひとつひとつに感心するし、同時に頭のまわっていない今の状態では私がスロー過ぎておかしいのではないかという気さえする。
意図はわからないけれど、怒っているわけでもない、かも、しれない。
まだまだぬくい布団に潜り直すと、カタクリ様は漸く私に視線を合わせた。
「……出身は南の海か」
「は……は、い……?」
「和菓子の製法はどこで覚えた」
「……祖母……に……」
「……何故その技術を使わない? お前が作った菓子の、ひとつにも和菓子はなかった」
「……あの、カタクリ様は何故、存じ上げているのでしょう……」
とろけた思考の中でもわかる。いまとても、困ることを聞かれていると。
曾祖父がワノ国出身であったことから、祖母も母も和菓子には慣れた人たちであった。だからこそ反発してパティシエを目指した私に、目指す条件として和菓子を仕込んだのは祖母の方だったけれど。
甘い甘いスイーツがならぶこの万国において、製法の違うその技術は足枷でしかなかった。
モチモチの実の能力者であるカタクリ様が治めるハクリキタウンに配属された時にはなんの因果かと思ったものだけれど、果たして、それも偶然だったのだろうか。話したこともない人から、知られたくなかった経歴を話されて、ゆるゆると頭がまわりはじめたのを感じる。
───このひとにだけは、自分の技術だけで、向き合いたかったのに。
「はじめの雇用試験で、苦い菓子をつくったと聞いた」
それは忘れもしない、入国間もない頃の話。
抹茶味のわらび餅を差し出し、顔を歪められた時のこと。私の万国での、その後の価値が決められてしまった瞬間のことだった。
「……苦いお菓子は主流じゃないと、知らなく……げほ、げほ……!」
「やめておけ……悪化する」
聞いているだけでいいという。それは弁解の余地が、ないということだけれど。
立場的になにも言えないのはわかりきっていたので、だまって耳だけを傾けると、カタクリ様は私の部屋の隅にある冷蔵庫に目を向けた。
五メートルほどの長身が二メートル未満の冷蔵庫と並ぶのは頭に混乱を招いたけれど、一度伺うように私を見たカタクリ様になんとなく頷くと、冷蔵庫の中身を物色された。見れるのかな、それ。疑問はすべて飲み込む。
「苦いにも種類がある。酒の混じったものや……果物にもそういった味のものはよくある。だが苦味は決して、不味いとは限らない」
「……」
「ママは苦い菓子は食わん。おれもな……」
……ならなんでフォローしたんだろう? それも飲み込んで、気持ちばかり首をかしげた。相変わらず冷蔵庫を漁るカタクリ様には、見えていないだろうけど。
物色、というほど荒らしてはおらず、実際には必要なものを取り出すためにいじった程度の工程を終えて、カタクリ様が取り出したのはラップのかかったパフェだ。大きめのコップに盛り付けられたそれは自分用で、カタクリ様の手にはもちろん小さい。
誰にも見つからないように。隠すように。冷蔵庫の奥に隠していたそれを、カタクリ様は迷わずにみつけた。はじめからそこにあるのがわかっているかのように。
冷蔵庫に目を向けた段階から、知っていて開けたのだろうけど。
「お前を今日の担当に推薦したシェフパティシエが、雇用試験を見ていたらしい」
「えっ……」
「オーナーパティシエからも証言があった。『いつも、普通の菓子とは違う香りがする』と」
カタクリ様が、手の中にあるパフェをついと掲げた。
───食べても?
口にしていない音が、そう響いた気がした。
抹茶プリンをベースに、あんことホイップ、白玉、きなこのわらび餅、それからバニラとゴマのアイスが盛ったパフェは、私が実家寂しさに作った、他人への配慮も何もないものだけれど。
───今日、カタクリ様は、楽しみにしていてくれていたのだろうか。私が風邪で休んだ以上、今日の『おやつの時間』はシェフパティシエが用意してくれたに違いなくて、だからきっと、満足いかなかったなんてことは、なかっただろうけど。
苦いお菓子を食べないと言っていたこの人が、興味を、関心を。少しでも示してくれたのだと、いうのなら。
「───光栄、です……カタクリ様」
うわあ。いまなら、しんでしまっても未練はないかも。風邪だけれど。
反発してきたとはいえ、育った味を否定されたらたまったもんじゃなかった。好きなものを好きといえないのは、ただただつらかった。
それでも黙って、パティシエールを目指した。だって、それが約束だったから。
『いつか絶対この技術が役に立つ。大勢のライバルの中で、抜きでるには、きっと』
そう言っていた祖母を思い浮かべ、カタクリ様が私が目を離してる間にからんとパフェを食べきったのを見届け。
深く、深く。眠りに落ちた。
- 10 -
潜っているといっていいほど深く布団をかぶり、音も空気も半分くらい遮断した時間を実に十時間過ごした私は、当然外の様子に気づいてなんかいなかった。
熱は、たぶんまだある。昨日の夜と今日の朝に測った体温を今の自分の体感と照らし合わせて、決して無茶はできない状態だなと判断した。判断したけれど、たぶん、無茶をしないとならない。
「……起きなくていい」
「カっ、……げほ、は、……ずみません……あの」
「飲め」
ずいと吸い飲みを差し出され、こんなの私もってたかなと思いながらも手をだす。寝ながらでも飲めるタイプであることは見てわかったけれど、だからといって自分がお仕えしている方を前に寝っ転がってるのはどうなんだろう。いやしかし、起きなくていいとも言われたしな。うーん。
少し悩みながら、結局だるさに甘えて寝転んだまま水を飲んだ。常温より少し冷たい液体が喉を通り抜けると、なんだか頭がキーンとしてしんどいような気持ちになる。状態はやはりよくない。
───なんで、ここにカタクリ様がいらっしゃるのだろう。
どろり、とまとわりつくように重い頭でやっとこさそれだけ頭に浮かべて、それからまた何度も何度も頭に反芻させたところで結論に辿り着けた。
今日の『おやつの時間』は、私が担当だった。はずだ。
気づいて、即座に───といっても、熱で全く速くはなかったけれど───起き上がって、床に足をつけようとした。
ら。……結局、ベッドから降りる前に大きな指が私の額に触れ、動きを止めてしまった。
やっぱり、先が見えるということはすごい。
今まで関わりがあったわけじゃないからこそ、目の前で起こるその出来事のひとつひとつに感心するし、同時に頭のまわっていない今の状態では私がスロー過ぎておかしいのではないかという気さえする。
意図はわからないけれど、怒っているわけでもない、かも、しれない。
まだまだぬくい布団に潜り直すと、カタクリ様は漸く私に視線を合わせた。
「……出身は南の海か」
「は……は、い……?」
「和菓子の製法はどこで覚えた」
「……祖母……に……」
「……何故その技術を使わない? お前が作った菓子の、ひとつにも和菓子はなかった」
「……あの、カタクリ様は何故、存じ上げているのでしょう……」
とろけた思考の中でもわかる。いまとても、困ることを聞かれていると。
曾祖父がワノ国出身であったことから、祖母も母も和菓子には慣れた人たちであった。だからこそ反発してパティシエを目指した私に、目指す条件として和菓子を仕込んだのは祖母の方だったけれど。
甘い甘いスイーツがならぶこの万国において、製法の違うその技術は足枷でしかなかった。
モチモチの実の能力者であるカタクリ様が治めるハクリキタウンに配属された時にはなんの因果かと思ったものだけれど、果たして、それも偶然だったのだろうか。話したこともない人から、知られたくなかった経歴を話されて、ゆるゆると頭がまわりはじめたのを感じる。
───このひとにだけは、自分の技術だけで、向き合いたかったのに。
「はじめの雇用試験で、苦い菓子をつくったと聞いた」
それは忘れもしない、入国間もない頃の話。
抹茶味のわらび餅を差し出し、顔を歪められた時のこと。私の万国での、その後の価値が決められてしまった瞬間のことだった。
「……苦いお菓子は主流じゃないと、知らなく……げほ、げほ……!」
「やめておけ……悪化する」
聞いているだけでいいという。それは弁解の余地が、ないということだけれど。
立場的になにも言えないのはわかりきっていたので、だまって耳だけを傾けると、カタクリ様は私の部屋の隅にある冷蔵庫に目を向けた。
五メートルほどの長身が二メートル未満の冷蔵庫と並ぶのは頭に混乱を招いたけれど、一度伺うように私を見たカタクリ様になんとなく頷くと、冷蔵庫の中身を物色された。見れるのかな、それ。疑問はすべて飲み込む。
「苦いにも種類がある。酒の混じったものや……果物にもそういった味のものはよくある。だが苦味は決して、不味いとは限らない」
「……」
「ママは苦い菓子は食わん。おれもな……」
……ならなんでフォローしたんだろう? それも飲み込んで、気持ちばかり首をかしげた。相変わらず冷蔵庫を漁るカタクリ様には、見えていないだろうけど。
物色、というほど荒らしてはおらず、実際には必要なものを取り出すためにいじった程度の工程を終えて、カタクリ様が取り出したのはラップのかかったパフェだ。大きめのコップに盛り付けられたそれは自分用で、カタクリ様の手にはもちろん小さい。
誰にも見つからないように。隠すように。冷蔵庫の奥に隠していたそれを、カタクリ様は迷わずにみつけた。はじめからそこにあるのがわかっているかのように。
冷蔵庫に目を向けた段階から、知っていて開けたのだろうけど。
「お前を今日の担当に推薦したシェフパティシエが、雇用試験を見ていたらしい」
「えっ……」
「オーナーパティシエからも証言があった。『いつも、普通の菓子とは違う香りがする』と」
カタクリ様が、手の中にあるパフェをついと掲げた。
───食べても?
口にしていない音が、そう響いた気がした。
抹茶プリンをベースに、あんことホイップ、白玉、きなこのわらび餅、それからバニラとゴマのアイスが盛ったパフェは、私が実家寂しさに作った、他人への配慮も何もないものだけれど。
───今日、カタクリ様は、楽しみにしていてくれていたのだろうか。私が風邪で休んだ以上、今日の『おやつの時間』はシェフパティシエが用意してくれたに違いなくて、だからきっと、満足いかなかったなんてことは、なかっただろうけど。
苦いお菓子を食べないと言っていたこの人が、興味を、関心を。少しでも示してくれたのだと、いうのなら。
「───光栄、です……カタクリ様」
うわあ。いまなら、しんでしまっても未練はないかも。風邪だけれど。
反発してきたとはいえ、育った味を否定されたらたまったもんじゃなかった。好きなものを好きといえないのは、ただただつらかった。
それでも黙って、パティシエールを目指した。だって、それが約束だったから。
『いつか絶対この技術が役に立つ。大勢のライバルの中で、抜きでるには、きっと』
そう言っていた祖母を思い浮かべ、カタクリ様が私が目を離してる間にからんとパフェを食べきったのを見届け。
深く、深く。眠りに落ちた。
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