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promise


※processの続きにあたります。



アイドルって仕事は俺にぴったりな天職のようで、毎日はとってもハッピー!もちろんそれは俺を誘ってくれたミスターはざまや、ミスターやました。それから事務所の仲間たちやプロデューサーちゃんたちがいてこそのものだけど、いま俺がこうしてアイドルとしての毎日を頑張れているのは、まぎれもない俺の幼馴染のおかげだとも思ってる。

「近所のお兄ちゃん」であり「年上」であり「教師」であり「アイドル」である俺の本音を、少しだけ、俺の中でだけ、吐きだそうと思う。



***



「お帰り、シスター!」

扉の鍵が開く音を合図に玄関まで駆け寄ると、学校帰りの彼女がきょとりと突っ立っていた。そうだよね、びっくりしたよね!合鍵使わせてもらったよ!他に何も余計なものがない、純粋な彼女の表情に思わず頬の筋肉がゆるむ。

「え……え、るい、仕事は?」
「早く終わったんだ!parfectに終わらせてきたから、今日はもうゆっくりできるよ」
「……ふぁ〜……」

なんだそりゃ、とあきれたようにへろへろとしゃがみこむ彼女を見て、慌てて近寄る。だいじょうぶ?と声をかければ俺の手を取ることなく一人で立ち上がってしまって、右手で脱いだ靴をそろえた。
うん――やっぱり、大人になってるんだなあ。
何かあったらしゃがみこむのは小さな時からで、俺の背に隠れて、俺の足元にしがみついてきて、俺が手を差し出すまで立ち上がれなかった、little lady。
靴だってきちんと揃えることはなくって、俺の家に遊びに来るようになってからやっと直った癖だ。
くすり。彼女にばれないように笑みをこぼして、歩きながらコートを脱ぐ彼女の背中を追う。これもずっと、俺が追いかけられる方だったのになあ。

「類?どうしたの?」
「んー?なんだか、センチメンタルな気分かな?」
「センチメンタル?」
「うそ。ちょっと、齢を感じただけ」

近所に住んでいた幼馴染の成長に感傷に浸るだなんて、俺もミスターやましたのいうおっさんになりかけてるかも。こんなこと絶対に言わないし、センチメンタルな気分になるだなんて、俺にはないことだけど。
でも、彼女は俺の言葉にひょこひょこと近寄ってきて、至近距離でじっと顔を覗き込んでくる。あ――また、かわいくなってる。そんな俺の焦りなんて、気にもしないで。

「類」
「What?シスター」
「……好きだよ」

――は!?

とん、と反射的に後ろに下げた足と一緒に、重心もぐいと後ろへ引っ張る。口元をきゅっと一文字に結んで口角に意識を向けてから、腹式呼吸でゆっくり、確実に深呼吸。
彼女はついと目をそらし、目じりが下がっていた。

「……え、と」

Bad……わかりやすく動揺しちゃった……。

「俺も、好きだよ……?」

かああ、なんて少女マンガみたいな効果音がつきそうなくらい彼女の顔が赤くなって、両手でその顔が覆われる。もっと見たい。素直な彼女は珍しい。思いはすれど、俺も相当ひとのことを言える状態ではないから、その手を掴むことも出来ない。
ああ、もう、こんな時どうしてたっけ。
過去の恋愛なんか辿ってみても、俺が本気で恋をしたのは後にも先にも、この子だけなのにね。参考になるわけがなかった。

シスターは――彼女は、俺の幼馴染だ。近所に住む五歳年下の女の子。俺の教師時代の生徒でもあり、大切な一人の女の子でもある。シスターという呼び名通り、俺にとって妹のようにかわいい彼女。
けれど、それは今だから言えること。数か月前までの俺では、彼女のことを「ひとりの女の子」だなんて、口が裂けても言えなかったと思う。俺は彼女にとってずっと「るいおにいちゃん」という恋愛対象外の男だと思って――いや、これも嘘だね。彼女が俺をただの幼馴染として見てないってことくらい、とっくの昔に気付いてた。
初めはただの初恋なんだろうなと思った。家族とは違う年上の男の子が近くにいたら、きっとどんな女の子だって恋をする。妹のようにかわいい彼女の初めての恋は、きっと果実のように甘酸っぱいまま終わってしまうんだろうとは思ったけど、俺は小さな彼女のきれいな気持ちが嬉しくて。せめてその実がはじけて消えるまでは、俺は彼女の「かっこいいるいくん」でいたいと思った。
でも線引きはしっかりした。勘違いさせたくないから。期待させてそうじゃないなんて、彼女の気持ちをもてあそぶようなことはしたくなかった。俺はあくまで、シスターの淡い春の思い出に、きれいな色を飾りたかっただけだったんだ。そんな、俺のegoism。

予想が外れたのは、彼女じゃなく俺の方だった。

短く終わると思った恋はシスターが成長するほどに膨らんでいくのがわかって、それがただの淡い、盲目的な恋ではなく、本当に俺のことが好きで好きで、どうしようもないんだって。苦しくてつぶれてしまいそうな恋を、その小さな身に秘めているのだと悟った。それを悟れるほどに俺と彼女の距離は近くて、そして俺も、そこまで馬鹿ではなかった。
どうしよう、なんて言えた義理じゃないのはわかっていても、俺もその頃には大人に近づいていってたし、恋の話は遠くのものじゃない。小さな果実をつぶしてしまうとわかっていても、それでも、それだから――俺はまたひとつ、彼女に線を引いた。
高校は同級生とたくさん遊んだ。女の子ともいっぱいデートした。大学生になったら合コンにも言って、彼女との境界を作る最後の砦として教員免許の資格課程もこっそり取った。教師になりたかったのは嘘じゃない。それはシスターとブラザーと過ごしていくうちに自然と芽生えた、俺の大切な夢だ。

ねえ、だから、俺。
知らなかったんだ。

君がこんなにきれいになってるなんて、こんなに愛おしく思えるようになってたなんて、俺が思っている以上に君は、どんな俺でも好きでいてくれて、ずっと俺のことを思ってくれていて、俺が――君を、こんなにも好きだったんだってこと。
俺の行動はずっと、君を基盤にして出来ていたんだってこと、ぜんぶ。


「……あのね」

一つ息を吐いてから顔を覆う彼女に近づいて、そっとその身を包む。ちいさくてやわらかいのは昔からなのに、胸を締め付ける痛みは、幸せなこの苦しみは、いつからのものなんだろう。

「君がお帰りって言ってくれるのも、ただいまって言うのも、俺が君にそう言うことも。ぜんぶ、幸せなんだ」
「……うん」
「もっと早く――君が俺の大切な女の子だって、気づけたらよかったのになって。……そう、思っただけ」

妹なんかじゃない、俺の大切な女の子。
教師もアイドルと同じくらい天職だった。でも君の前でほかの女の子と話すのも、それを見た君が傷ついた顔をするのも、君との距離がもっと離れるのも、ぜんぶ苦しかった。
淡い果実がはじけたのは、俺の方だったんだ。

「君の傍が、一番落ち着くんだ」

そんな単純なことに気付けなかった。彼女より俺の方が、ずっと幼かった。

「ねえはやく、ladyになってよ。俺の枷はもう、全部とれたよ?」
「今まで私がずっと我慢してきたんだから、類が我慢してよ。それに、アイドルって枷は取れてないよ?」
「No problem!アイドルとの恋は大変だろうけど、これは俺の枷ではないよ!」

するりと腕をほどいて、はにかむ彼女のおでこにそっと唇を寄せる。
これぐらいしか出来ないのがもどかしいけど、真剣交際を盾に法律をかいくぐるなんて卑怯なことも、したくない。
にこりと笑ってみせれば、困ったように、許すように、彼女も笑う。

「俺がどんな重い枷をつけてみたって、俺を思う君のkeyは、ぜんぶほどいちゃうんだから!」

俺をずるいと言ったのは彼女の方だけど、俺からしたら君のほうがずっとずるい。
腕の中にあるぬくもりが、俺が手放さない限り――手放しても。ずっと、ここにあるんだとしたら。
俺はもう、ここに戻ってくるしかないって。君はわかってるんでしょ?


学生と未成年という君が持つくくりが消えたら、俺は「シスター」という重みを、完全に捨てるからね。

そんな、俺の心の中でだけの、小さな決め事。
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