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ポートガス・D・エースとスプーン


島に海賊がやってきた。という話が五分で広まり、いや、とりあえず暴力的じゃなさそうだそ。という話が三十分で広まった時には、この島の能天気さをさすがに疑った。
けれど、あいにくわたしも能天気のうちの一人だったし、しがない食器職人でしかない私には財宝も無関係。住んでるのも島の最南端だし、関わることは本当にないと思っていた。
海賊たちが、まっすぐうちに向かってくるまでは。


「スプーン職人のなまえってのは、あんたか?」
「スプーン職人じゃないです、食器職人です」
「ありゃ。同じじゃねえのかな、それって」
「たぶん言ってる人物は百パーセントわたしなんですが、スプーン職人かと言われると、ちょっと沽券にかかわるというか」
「……つまりおまえでいいのか?」
「食器職人ならまあ、わたしです」

今にして思えば海賊相手になに素直に話してんじゃいというところだけど、村長の海賊良し悪しチェックは今まで外れたことはなかったし、いま目の前にいる彼もテンガロンハットをかぶったいかしたニイチャンって感じがするだけだ。大丈夫じゃないかな、なんとなくだけど。そんな曖昧な気持ちだけで判断した。
にしっと歯を見せながら笑う、人懐っこい太陽の笑みのような笑顔を浮かべたその海賊は、玄関で対峙するわたしに帽子をとってぺこりと頭を下げた。「あんたに頼みがあるんだ」……お、おう。海賊になにかを頼まれる覚えはないんですが。

「おれの名前はポートガス・D・エース。見ての通り海賊だけど、わるさしにきたわけじゃねェんだ」
「なんかそれは、はあ、察しますが」
「あんたへの頼みってのはな、スプーンを作ってほしいんだ。ただのスプーンじゃなくて、火に包まれても、燃えねェやつを」
「……火? 火に包まれてもって、なにに使う気なんですか?」
「これさ」

ぼ、と海賊さんの指先が燃えあがる。うわっ、え、なにごと? と跳び跳ねるわたしに彼はにひひと笑って、その笑みと同時に火が消える。顔を近づけて指先を見るも、どこかにやけどを負った様子もなければ火をおこせるなにかがあるわけでもない。

「メラメラの実。全身を火にかえられる、おれの能力だ。……っていったら、わかるか?」

……ほほー、なるほど。
にやり、と口許をつり上げて彼を見つめる。燃えないスプーンか。そりゃたしかに、普通に作ったんじゃだめだよね。

「職人として、挑戦は避けられないよね」
「そりゃあよかった」

二人していたずらを仕掛けるように笑いながら、とりあえず島へしばらく滞在してもらうことになった。
やっぱり、警戒心のないものだ。なにも知らない海賊を招き入れて、意気投合もなんもしてないのに、一ヶ月過ごすなんてさ。
でもあの瞬間、たしかに楽しかった。よく知らなくたって、わたしが楽しかったのがスプーン作りのほうだったとしても、たしかに楽しかったんだ。
だから彼だけのためにつくった、たったひとつの食器は。
楽しい時間をくれたその恩にだけ、使わなきゃいけないと思ったんだ。



「たのもー!!」
「うわっなんだ!?」

ばたん! と遠慮なしにドアをあけて、小さな宿泊施設へと足を踏み入れる。痕跡はきっとないだろう。去ってしまって、もう戻らないとは思う。でも。

「ここの食器、変えてみませんか? タダでいいんで! なまえの作った食器なんてレアですよ! そのかわり、」

若干引き気味の亭主のことはお構いなしに持っていた食器を並べ、ひとつのスプーンをするりと撫でた。
見つけることはできないだろう。けれど、見つけてくれる可能性は、あるかもしれない。
だから。

「メラメラの実でも燃やせないスプーンを作った人なんだって、噂してください。届けてください。ちょっとでも、遠くへ」

いつか、会ってみたいなって思ったから。
彼と同じ能力を継いだひとに。このスプーンを持つべきひとのところに。
ある日また、村が騒がしくなって、村長が大丈夫ってチェックして、わたしの家にまっすぐ誰かが来てくれるように。
わたしが関わっただれかの人生の一部を、そのひとに引き継げるように。

そんないつかを、待ってみるんだ。
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