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祈る


※現パロ



「世の中にはクリスマスというものがありまして……」
「見ればわかる。俺達はいまその真っ只中にいるわけだからな」
「ううう……帰りたい……」

 だれのせいで、と言わんばかりに顔をしかめる国広に、同じくだれのせいで、という顔を向けてみるも、圧倒的に私のほうが理不尽な意見であることはわかっている。
 銀座のケーキが食べたい。買ってきてよ。そう言ったのは私の母で、「えええ」と不満をもらしたのは私で。そして私の賛同を得られなかったことにより、母は別の賛同者をわざわざ見つけようとしたらしい。というか、息を吸うように同意を求めにいく相手というのはもう一人しかいないし、それが二十年近く続いている身としては、しまった! としか言えなかった。
 そう、母の性格にぴったしがっちり合ってしまうひと。
 隣の家の、国広ママであった。

「あ〜〜、こんな寒い日に目に痛い電球にさらされながらオシャンティな街を歩くなんて大分苦痛。だいぶ苦痛だよ国広」
「あんたが苦痛って言ってる倍は俺も苦痛だぞ。だいたいなんで俺も付き合わされてるんだ」
「クリスマスの夜の街を女の子一人で歩かせちゃあかんだろっていう、おばさんの配慮でしょ。やさしいな〜、おばさま。やさしいな〜」
「……俺の名前だしたな?」
「だしてない。でも、一人で銀座を歩き回るのはメンタルが無理って主張はした」
「おま……、」

 むすー。言いかけてふてくされた国広は、フードをかぶってるせいもあってだいぶ子供のようだ。まあ、元からがきんちょみたいなとこあるけど。というか、それしかないけれど。
 国広は、家が隣同士の幼馴染みだ。小中高と同じ学校に通い、ほとんど兄弟にも近いような環境で育っているけれど、関係的には友人程度だろうなと思う。私たち当人が仲良くなったというより、母親同士が仲がいいから巻き込まれている、というのが正しく、大学生になった今もそれは変わっていない。
 幼馴染みという言葉は特別な響きのように思えるけれど、そこに固い友情や絆でもなければ、ちょっと訳知りの友人程度なんだと思う。それはたぶん、男女だからというのもあるんだろうけど。

「まあでも、ほんと助かったよ。国広が来るまでしんどいなと思ったけど、来てからはちょっと街が歩きやすくなった」
「それはよかったな。俺はまたあんたのせいでクリスマスの授業後にダッシュで帰る、明らかなリア充の称号を得てる。ぜったい得た。明日には五条と三条に口笛とひやかしだ。あんたせめてあいつらと違う授業の時にできなかったのか……24日とか、24日とかに」
「昨日一択じゃん。ごめんね?」
「別に慣れっこだがな……あんたはしばらく幼馴染みのままだろうしな……」
「だねー」

 お互いに家を出ていく予定もしばらくないし、母親同士も仲違いしたことがない。転勤もたぶんないから、今のところ終わりの兆しは見えそうにないね、とちょっと笑えた。
 
「ほんと、世話になるよ国広」
「ああ、ほんとにな」
「あっ、国広ここ。着いた」
「ん? なんだ……混んでるな」

 銀座の大きな通りをまっすぐすすんで、道の途中にあったデパートのような……とにかくでっかくて高級感ある建物の前で立ち止まる。
 ケーキが売ってるのはフロア奥だけど、列は入り口付近にまで伸びている。自動ドアをずっと開けたままにしてしまう微妙な位置が、最後尾だ。

 ーーお母さん、だいぶ豪華なとこで頼んだなあ。国広ママと一緒に頼んだから割り勘っていうのも、あるんだろうけど。

 場違いな街で場違いなカフェにまた居づらさを感じて、せめてコートくらいは家にあるので一番新しいデザインにすればよかったなあと後悔する。もし次があるなら、ぜったい気合いいれて武装しよう。心に決めた。
 隣にいる国広は、本人の好みの服のセンスはともかく着るのにはシンプルな服を選ぶし、顔もよい方なので基本的には外に向いているのだ。常に被っているフードや、美大で絵の具や粘土やらをつけたりしなければたぶん、モテるだろうと思うのだけど、いかんせん本人にその気がない。
 もし、国広に彼女ができたら、私は最高潮にテンション上がって応援できるのに。友人や幼馴染みをこえてたぶん、成長を見守るおばちゃんの精神で喜べるのに。
 ……国広、こんな日にこんなところにいて、いいのだろうか。

「……あのさぁ、国広。ケーキどれがいい?」
「んっ? 予約してあるんだよな?」
「国広が食べるケーキだよ。予約したやつ、生クリームいっぱいだよ。国広カスタード派でしょ」
「ああ……それを言うなら、俺もあんたに買おうと思ってた。クリスマスプレゼントだ。喜んどけ」
「わーい。えっ、なんで。わーい」
「喜び方が中途半端」

 国広が手袋をするりと外し、列の途中においてあるメニュー表を手に取った。
 視線の先はタルト。私の好物である。

「フルーツだ」
「うん」
「あんたこれ一択だもんな」
「うん」
「昔からこればっか。それで俺のショートケーキまで食う」
「おいしいよね」
「ああ」
「……」
「……なまえ」

 ぽん、と。用済みになったメニュー表が元の位置に戻される。
 なんてことはないやり取りの、なんてことはないいつもの距離感のまま。
 きらきら光る店内の装飾と、まだまだ時間がかかりそうな列をぼんやり眺めながら、お互い目も合わすことないままで。


「来年もまた、来るか。ここ」


 ……うん。
 音にならずに答えた言葉は、代わりに思い出し笑いのような小さな笑みとなって消えた。
 ああ、そうだ。そうだった。
 国広と私の感覚はどこまでも似ていて、どこまでも違うんだった。と思い出す。

「国広のお眼鏡にかなうチョコレートケーキだといいね」
「ああ。それもそうだな」

 食べ物のこだわりが強いのは国広のほうである。
 さっきまで居づらく思っていた街が、よく慣れた家の近くの道のように心地よく思えて。
 やっぱり国広は今年も国広のままだったなと思いながら、長い列の一歩を進めた。
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