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近づく


 御堂筋ってキモいよな。

 からんからん。ごみ箱であるアルミ缶の中に折れて真っ二つにされたシャーペンが転がっていった。
 きみたち、教室にあるのは燃えるゴミプラスチックゴミと、ビンカンペットボトルだけだぞ。不燃物とか、燃えないゴミなんて文字はどこにもないぞ。
 そもそも人が新しいゴミ袋を取りに教室の掃除ロッカーに行っている間に、袋のない空っぽのゴミ箱にゴミを入れたというのが腹立たしい。掃除してるの、見えるじゃんか。なんて。接点のないクラスメイトに憤ったところで、それは本当に、接点がないからこそ憤れることなのだ。

 人は、関わりをもってしまった相手に直接なにか言うのはためらうし、気遣う。
 少なくとも私は、そうだった。


***


「……キミぃ、なにしてはるん」
「黒板消しぽんぽん」
「見たらわかるわ。ボクが言うてんのは、なんでボクの役割までやってはるかって話。当番決めた意味ないやろ」
「うん。御堂筋くん、部活行きたいかなーと思って。あっバケツありがとう。あと拭いとくよ〜」
「ハァ? キミ人の話きいてへんの?」

 がこん、と水が半分くらいまで入ってるバケツを教室の隅において、御堂筋くんはじとりとした半目で私を見つめてくる。猫背気味なことが多い御堂筋くんだけれど、猫背にしたところで私より背が高いことに変わりはなく、見つめ返すのは少しこわく。けれど、まん丸く感情がわからない目よりも、半目でいる時の方がまだ生きてるみたいでいいな、なんてぼんやり考えれば怖さも半減された。

「ボクのこと気遣わんでも、掃除当番くらい問題ないわ」
「一分一秒でも大切な世界なんだと思ってる。ロード」
「そらロードはそやけど、何でもはやくやればええってわけじゃないで。当番サボったら、先生ぇが怒るし罰も増えたらそれこそ練習する暇ないやろ。キミぃはボクの邪魔したんやで、いま」
「あ〜そっか……そっか……。……でもバレなきゃ、」
「内申下がるのも困るんやけど。タダで学校来てるわけやないし」
「……そっか〜〜」

 へへ、と頭のてっぺんから滑り落とすように何度か手を行き来させると、そのまま目線は下にして、黒板消しを教壇の中の箱に突っ込んだ。
 ーーああ、そうだ、ゴミ箱。
 すっかり忘れてた袋の取り替えを思い出して、自分の席にとりあえずで置いたままだったゴミ袋を取りに向かう。
 ほうきはだいたいやった。黒板もやった。ゴミもやって、あとは床を拭くだけだ。
 それから、当番記録にチェックして、先生に提出。

「キミほうきもやったん」
「あっ、やった」
「…………ほんまにアホちゃう」
「え、どこが?」
「いや? キミの視線はミジンコと一緒なんやなと思て」
「御堂筋くん、当たり強くない? 昨日まで私の言葉にふーんしかいわない対応してたよね?」
「キミの話はボクわからへんもん。話題ころころ変わるし。内容も薄っぺらいし。ボク知らんし」
「えーそうかなあ」
「せや。だからボクとこれ以上話しても、慰めたりしないで、ボク。意味わからへんし、わかる気もない」
「……それは期待してないよ」
「……なんで泣いてはるん。アホちゃう」

 結局聞くには聞くんじゃないか、と文句を頭の中でこぼしながら、目を細めて口角をあげてみせる。まだ泣いてないとも。目頭は結構、熱くなってるけど。
 数秒視線を合わせてみた御堂筋くんの目がさっきより更に細くなって、私と似た動作なのに、なんでこんなに違う顔になるのかなあと思う。めんどくさいを全面に貼り付けた顔を、私もしてるんだろうか。

「ストレートに泣きたいから出てけ言うなら、ボクも一人で掃除したわ」

 バケツの前に座り込んだ御堂筋くんが、既に沈んでいた雑巾をひっぱりあげてぎゅうとしぼった。
 慌てて私もバケツに駆け寄って手を伸ばしたら、ぺしりと叩きおとされてバケツを遠ざけられる。

「御堂筋くん、一人にしてって言っても、掃除することはやめないんだ」
「ボクがサボらん理由はさっき言うた」
「私もサボる気ないもん……」
「バレなきゃええんちゃう」
「……矛盾してるよ、御堂筋くん。さっき自分で言うた」
「うるさいわぁ。泣きながら一人で掃除する女子の図と、ボクみたいなんが一人で掃除する図やったら、断然ボク一人のほうがええやんか」
「泣いてない」
「ああせや、ボクはキミのこと幼稚園児と思うことにしたんやった。何でもかんでも同情して泣きよるもんな。せやった。いつもみたいに空気になって壁打ちさせんと、キミ面倒やったわ。ええで、相づちも打たん」
「……御堂筋くんやさしいなあ」
「言うてることほんまにころころ変わんねんなあ……」

 まるで自転車を漕ぐ時のようにすいすい床に雑巾を滑らせる御堂筋くんを見ながら、そっか、御堂筋くんがほうきで私が床拭きだったのは身長の問題か、と今さらながらに納得した。
 同情したと言ってしまうのは簡単で、今まで不快に思ったことがないと言うのは難しくて、応援したいとか、友人になりたいとか、誰が支えてあげるんだろうとか、そんな責任持てないようなことを言う気はないのだけど。
 箱根観光が目当てでついていったインターハイの応援で、御堂筋くんが走ってるところを見るまで。私はきっと、


「……可哀想だと、思ってた」


 そう思う自分を恥じて、嫌悪して、取り繕っていることに、
 罪悪感を、覚えてるんだろう。

「……あのね、一個だけ」
「……なに」
「来年また同じクラスだったら、また話しかけてもいい?」
「……キミぃが人のこと見て、泣かんくなったらね。答えんけど」

 そう言いながら床を拭き続ける御堂筋くんが、やっぱりわからなくて、やっぱりまた話してみたいなと、強く思った。
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