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美しきを知る


「お、おれが写しだから……」
「……」

 布をぎゅうと握りしめながら縮こまり、いつも以上に顔を隠す山姥切国広は震えていた。たぶん顔も青い。布で見えないけど。
 ――めんどくせぇなあ。
 思わずはぁと溜め息を吐けば、視界の端で白い塊がびくりと跳ねる。いやお前に対してじゃねぇし、やめろそのネガティブモード。ちらちらとこちらを伺ってくる視線にもいらっとしてもう一度溜め息吐きそうになるけれど、我慢して飲み込む。

「まぁ……良いんだけどさ。片付けるの手伝ってよ」
「わ、わかった……」
「うわバカ!素手は危ないっての!」

 箒持ってこい!と叫べば、また山姥切国広はびくりと跳ね慌てて部屋から出ていった。普段は大人しく隅っこにいるし、廊下もひっそり端を歩くようなやつだったから、きっと今頃他の刀が驚いてると思う。噂の鶴丸国永が本丸にいなくて良かった。
 ふぅ。ドタドタという走る音が遠くなっていくのを聞きながら、さっき我慢した息を吐く。ちらりと床を見れば、バラバラに砕けた花瓶がそこにはあった。

(これはいっそ……見事だな)

 生けていた花は辺りに散らばっていて、畳には水が染み込んでいく。真っ二つに割れてくれれば良かったものの、と恨みがましく見つめてみてもバラバラはバラバラだ。変わることはない。
 たぶん、落ちる時に箱に当たったのが悪かったんだろうなぁ。これ、金属製だもん。
 置くところを考えるべきか、と自分の持ち物を詰め込んでいる正方形の黒い箱を眺めつつ、とりあえず今は片付けをしようと思い直す。山姥切国広には箒持ってこいとしか言わなかったから、布巾とかまでは持ってこないかもしれない。持ってきたとしても、今の内に拭いとかないとどんどん水が沈む。
 きょろきょろと部屋を見渡して、机の上にあった箱ティッシュを手に取る。とりあえず二、三枚引き抜いて破片の上から被せれば、ティッシュは一瞬にして水を吸収してしまった。どう見ても足りないので、また数枚引き抜いて被せる。破片が危ないので触ったりはしない。

「箒、持ってきたぞ」
「あ、うん。ありがとうございます」

 少し服を乱しながら戻ってきた山姥切国広から箒を受け取り、ティッシュごとガラスを掃く。本気で箒しか持ってきてなかったので、本棚からいらなそうな雑誌を取ってそれを塵取り代わりにした。水でびしょってなってるけど、表紙がアクリルだったから多分大丈夫。

「……布を持ってくるべきだったか」
「塵取りもですね」
「あ。……悪い」

 はっとして入り口で突っ立ったまま床を眺めていた山姥切国広が私の手元を見て、俯いた。箒しか言わなかったんで大丈夫ですよ、と一応声はかけておいたが、一度ネガティブモードに入ったら中々戻ってこないのは知ってる。励ましても無駄になるとわかってるもので構う気はおきず、それ以上は何も言わなかった。

「花も、だめになったな……」
「そっすね。でもまだいけんじゃないかなぁ。何かで花瓶代用しときます」
「俺の、せいで……」
「事故だけどね」
「俺が、写しだから……」
「……」

 ぎゅ、っと。また被ってる布を握りしめた山姥切国広に、出たよその謎の飛躍……と隠す気なく眉間に皺を寄せる。
 私が自室に戻ってきた時には既に花は生け終った後だったので、彼が何で花を飾ったかはわからないけども。割れる瞬間は見てたから、わざとじゃないことは知ってる。
 ――確かに、君の布が引っ掛かったのが原因だけども。
 写しだから布を被る、被った布で引っ掛けたから写しなのが悪い。っていう解釈をするんなら、わからなくはないが。それでもわざわざそうする意味がわからないので、やっぱり謎でしかない。

「……怒って、いるよ……な?」

 つい、と上目遣い気味に瞳が動き、邪魔そうな前髪越しに目が合う。

「怒ってない」
「嘘だ」
「嘘じゃない。強いていうなら、花瓶よりも写し写しうるさいのにいらついてるだけで」
「で、でも俺は……写しだ」
「知らんわ」

 何その意地。こだわりポイントがほんとわからん。
 はぁ〜と少し長めに息を吐き出して、頭をがしがし掻く。めんどくさいの極みだった。

「君に怪我がなくて良かった。だから怒ってないよ」

 どうでもいいから畳に染み込んで水吸収すんの手伝って、とティッシュ箱を押し付けて、私も畳をぽんぽんする。山姥切国広も数秒固まっていたけれど、おそるおそるといったようにしゃがみ込んで、畳にティッシュを当てはじめた。
 ぽつり。顔も見ないまま話しかけられる。

「……庭に、花が咲いたんだ」
「はい」
「綺麗だから、アンタが好きそうだと思った」
「へー」
「花瓶も、使ってなかったし」
「はい」
「……あの花瓶、気に入ってそうだったから」
「綺麗ですからね」
「あぁ、綺麗だった」

 青の花瓶だった。ガラスだったけど、深い青だからあんまり透けてなくて。シンプルなデザインで派手じゃない。でも、僅かに散らばっていた金色の斑点が、青に映えて美しいと思った。

「綺麗な花瓶に綺麗な花が生けてあったら、アンタが喜ぶと思った」

 ぴたりと作業の手が止まる。顔をあげて山姥切国広の方を見てみれば、しゃがみ込んだまま縮こまり、腹に埋めるように顔を俯かせていた。
 ちらり。割れた場所から避けて置いた花を見る。何の種類かはわからないけど、白い花だ。少ししょげてしまっていたが、確かに綺麗だと思った。

「今度、一緒に花瓶買いに行きましょうか」

 作業の手を再開させて言う。顔は見なかった。
 やまんばくんは、センスが良いようだ。綺麗な刀は美的感覚も優れてんのかな?
 そう私が呟いた言葉に「……綺麗とか、言うな」と反論した声は、ほんのり嬉し気だった。
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