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エースさんと


―――あづさの機嫌が、悪い。

食堂の一番奥の席の、それまた更にはじっこに座った、この船唯一の一般人。普段ならただ周りを見ては百面相をしているだけなんだけど……さっきから見てる限り、どうも今日は一つの表情のまま。
イライラ、イライラ。遠目で見ただけでもわかるくらいに不愉快そうで、眉間に皺寄ってるし机の上に置いてある手をカツカツと小さく机を叩いてる。正直に言う。………ちょっと、怖い。

「………あのさ、あづさ…」
「なんですか?」
「なんか、あった?」
「…はい?」
「………すんげえ、イラついてねェ?」

あくまでも、話掛ければいつもみたいに何の用ですかオーラが飛びまくってるんだけど、やっぱりその合間合間に感じる不機嫌さ。それはおれ達にちょっとは心開いてる証拠なのかもしれないけど……ほら、普段怒んねぇ奴が怒ると怖いってのは、よく言うじゃん?
つまりはあんまり、喜べない。

「まぁ、イラついてはいますが……大した理由じゃないですよ」
「おれら、なんかした?」
「まさか」

おれらが原因じゃない。ってことは、あと考えられるのは物理的なものだ。例えば探してるものが見つからないとか、何かをやろうとしても上手くいかないとか。
………とは言ったものの、あづさの持ち物自体が少なくて、部屋に入れば全部の持ち物が目に入る。無くすとかは多分ない。それから、何か出来なくてってのも………多分。一緒にいる時間はまだまだ短いけど、あづさは驚くほどあっさりばさばさしてる。何もこだわりがないんじゃないかってくらいだ。
出来なかったら出来ない。そういう物だと思って諦める。
多分、そういう奴のはず。
じゃあ何だろうかと首を傾げてみっけど、他に思い当たらない。仕方なくひたすらあづさをガン見してみたら、あづさも仕方なさそうにため息吐いた。教えてくれる気になったらしい。

「私―――あついの、キライなんです」
「………え」

あつい。暑い。熱い。どれもほんのちょっとの違いだけど、おれからしたらその差はデカイ。熱いのと暑いのは、特に違う。暑いならともかく、熱いの方がキライっつうんなら………おれが聞いたのは、明らかなミス。
思わず口角がひきつる。そもそもあづさは悪魔の実もよくわかってねェんだろうけど。おれが火だってことも、当然知らねェんだろうけど。………おれにとっちゃ、重要なわけで。

「い、今…夏島近付いてるし、な!」
「ますます不快です。夏キライあついのキライ!」
「……そんな嫌?」
「もちろん!」

………これは本格的におれがめげる話かもしれない…。
あついのキライとか言われる度に、おれをキライだと言われてる気がしてグサグサくる。悪意がないのがまたツラい。
完全にブロークンハートする前に撤退すっかな…、と右足は横に向けた途端。でも、と小さくつぶやく声が聞こえた。

「暑すぎるのは嫌だけど、冬にはいいですよね」

ぐっ、と。息が詰まる。
ほんの少しだけ和らいだ気がして、でもまぁそりゃそうだよな、なんて冷静にも考えながら適当に返事しといた。さっきまで傾いてた脱走計画が揺らぐ。
あづさは、やっぱり当然知らないから。そのまま会話――寧ろほとんど独り言みてェだけど――続けた。


「火も、あったかいから………好きかもなぁ」

火傷はイヤですけどね。


―――そう言って笑顔を向けられたら、おれは当然、どうしようもないわけで。
脱走計画は木っ端微塵に砕かれ、未だ若干不機嫌が抜けないあづさの正面に、相席してたり……な。






無知のおそろしいこと

けどその無知が、どうしようもなく心地いい。
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