menu
top    about    main

Not Easy


「おい、ランセはどうした」
「リ、リヴァイ特別教官…!ええと…あいつは今…その…」

今日も雑用を頼まれていたことは勿論覚えている。余りに遅いから訪ねてきたのだろうということも勿論推測できる。うわ最悪な時に来たなあんた!と本来ならば遠慮なく脳内で悪態つくところだけど、今はそうも言ってられない。座学室の隅に身を潜めながら、頼むからやり過ごしてくれと願う。いや、やり過ごすのはほぼ無理なのはわかっているけれど、せめて誤解のないようにしてほしい。もっと言うなら出来るだけ教官が眉を寄せないようなことを言ってほしい。
ちらり、と視線だけ周囲に向けてみるが、私の周りには人が三人いるし教官は遠い。状況が全くわからない。強いて言うならば、教官が尋ねた相手がファイだということはわかった。視界ではなく耳からの情報だ。

「フィグメント、あれ、絶対よろしくな、」
「すみません教官!ランセは今吐き気を催しているので、とても教官に見せられるものじゃありません!!」
「手遅れだったねイグノ」
「…おう」

せめて体調が悪いとか言えないのだろうか、あの馬鹿は。言い方が悪過ぎる。
どんな感じ?とフィグメントに問いかければ、思いっきり顔しかめてる、と返された。当たり前だ、特別教官は重度の綺麗好き。もはや潔癖の域なのだから。吐き気催すのその先を考えたら、たまったもんじゃないだろう。
ほんの少しの間のあと、原因は?と静かに問いかける声が聞こえた。これには私だけでなくフィグメントも、その他の周りさえも「あ、やばい」と囁くのがわかった。
そしてその周囲の期待を裏切らず、ファイが勢いよく答えた。


「はい!えーっと…非常に言い辛いのですが、リヴァイ特別教官が気持ち悪くてだと思われます!!」
「ばっか!!」

なにいってんだお前ぇ!と続けて啖呵切るつもりが、身体がふらついて言葉が出なかった。周りにいた子に支えられながら、もう一度並べられた椅子の上に寝転んだ。
あぁもう、一瞬だけ見えた特別教官、怖いわ。
私が説明するね、と囁かれたフィグメントの声に少しだけ安心した。瞼を閉じながら、聴覚のみに神経を注ぐ。

「あの、ちゃんと補足しますと…まず、ランセは今体調がよくありません。貧血かただの目眩か…どっちかはよくわかりませんが、吐き気はそれに伴うもののようです」
「ほぅ…それはわかった。で? こいつが今言っていた方には、補足はないのか?」
「それは…」

目を閉じててもわかった。あ、私見られてる、と。
それについては色々と弁解をしたいところだけど、特別教官が私の話を聞くとも思えない。お前に聞いてるんじゃねぇ、とか一蹴されそうだ。
まぁ、フィグメントが説明するならいいかな、と気を抜いていると、予想外なところから声が飛んできた。
ファイだ。

「先ほどの立体機動の訓練の際に、ランセがいつもよりスピード出しすぎて身体の感覚がおかしくなったので一つ!んで、自分が言った方の意味は、さっきランセが『リヴァイ特別教官ぐるぐる回り過ぎて見てるだけで酔う』とかぼやいてたからほんとに酔ったのかと」
「ファイ、ちょっと!」
「あれ、そっちじゃねぇ?んじゃそのあとの架空愛してるゲームの話?」
「…あ?」
「ファイっ!」

ガン!と床が踏み鳴らされる音と、痛ぇ!というファイの声が聞こえた。誰にかはわからないが、足を踏まれたのだろう。ざまぁみろ。
しかし、それで状況が収まる教官じゃない。もう閉じてる目を絶対に開けたくないほどに、ひしひしと殺気のようなものを感じる。気が、する。さっきからずっと、教官には何一つちゃんとした回答を返していない。
だがファイのこの発言のおかげで、困るのは私だけじゃなくなってしまった。この場にいる者は皆一蓮托生。特に女子。何故ならファイの言った「架空愛してるゲーム」とは、リヴァイ特別教官をネタにしているのだから。愛してると言っていって、言われた側が照れたり笑ったりしてはいけないというゲーム。リヴァイ特別教官がやったらどうなのか、その相手がイグノだったら良い勝負、とか勝手に引き合いにされたのは私も同じだが。確かにそれは精神的に気持ち悪かったが。もうここまできてしまえば、そんな私の意思は関係ないのである。

「…おい。ランセ」

低い声が、目を閉じて集中してしまった聴覚に響く。すごい威力だ。
はい、と嫌々ながらも声を絞り出す。ですよね。やっぱりか。そう思いながら、ゆっくり目を開けた。


「お前の見解は?」


非常に、とても。
冷めた目をした特別教官が、私を見下ろしていた。
あぁこれもう、察しられてるわ。内容わからなくても、何かよからぬ会話してたってのはわかるもんね。
そして私もこの空気を察した。後で文句つけられるのは覚悟の上の空気だろう。知ってる。私もそれが一番良いと思う。


「……立体機動で調子のって飛ばし過ぎた結果貧血を起こし、挙げ句お手本で見た特別教官の回転具合に酔いました」


教官本人に、教官をネタにした愛してるゲームの話をしてたなんて、誰であろうと言える訳がない。
同期の結束の下、私は自らを売る方を選んだ。
泣きそう。

…まぁ実際ちゃんとした原因はわからないし、教官の回転に酔いそうだったのも、事実なんだけどね。
- 10 -
  •