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Thorn


気分は落ち込んでいないのかと言われたら、まぁ落ち込んでいる。甘い考えの割に、いっちょまえに喜怒哀楽はあるのだ。
それでもこれ以上悩んでも仕方ない、余計怒られてしまう。そう思って訓練に集中しようとした。いや実際している。ここ数日間はへまもしてないし怒られてもいない。
けれど、


「……死んだ?」
「そう。誰かわかる?」
「一応…最初の頃、いた人だよね?」
「うん。人当たり良さそうな人」
「……」


その時の気持ちを、どう表せばいいのだろう。

調査兵団所属の特別教官というのは、何もリヴァイ教官だけではないのだ。私達の地区にはリヴァイ教官がメインできているというだけで、それ以外の人も、たまには来る。リヴァイ教官に比べれば圧倒的に少ないが、それでも、覚えるくらいには会ってる教官たちがいる。
その話は。
その内の一人が、壁外調査で死んだらしいという話だった。


リヴァイ教官は、
勿論、戻ってきていた。
昼休みにそんな話を聞いたものだから、ひょっとして午後の訓練にはいないんじゃないかと。教官にも、何かあったりしたんじゃないかと。そう思っていた。あの人は強い。それは訓練兵ながらもわかってはいたけれど、それでも怪我だけでなく。気持ちとして、精神的に、大丈夫だろうかと思ったんだ。亡くなってしまった教官がリヴァイ教官と関わりがあったかはわからないけれど、他人事ではないはずだ。同じ兵団の、仲間の死。何かしら不調を来したっておかしくない。
そう、心配してしまったんだ。


「………」
「……おい…じろじろ見てんじゃねぇ…」
「…すみません」

午後の訓練には、ちゃんとリヴァイ教官がいた。予定通りの来訪。いつもと違う様子も見られず、怪我もなさそうだ。いつもは食われちまえ、なんて思ってる相手でも、人の不幸の話の後にはそうも思えない。ほっとした。正直、姿を見て。

――リヴァイ教官も、落ち込んだりするんだろうか。
普段は私に甘いだのなんだの言ってるが、流石に平静じゃないだろう。そんな血も涙もない人間だとは、とても思えない。誰だって悲しむはずだ。
思わず同情のような視線を送ってしまっていたら、リヴァイ教官が眉間に皺を寄せた。気づかれている。…これは怒られるパターンだな……。
慌てて視線を逸らすと、後ろから舌打ちが聞こえた。やっぱり怒ってやがる…!そりゃあな、訓練兵なんぞに心配されたら嫌だろうが!どうにも最近、私はリヴァイ教官に怯えてる傾向にあるな…。前までは、コノヤロウ!と思ってたのに。何かを通り越したらしい。

ランセ、とキース教官に呼ばれ、前を向く。順番が回ってきたらしい。
今回の訓練は、早い話が崖登りだ。ロッククライミングみたいなもの。これは前にもやったことがあるし、命綱もある。高所恐怖症でない限りはこなせるんじゃないかなと、いつも思ってる。これの訓練の意味自体は、立体機動装置に通じるみたいだけど。


「イグノ、今日はいつもより高いからね」
「うん。聞いてたよ」
「お前、最近大丈夫みてーだけど、気ぃ抜くなよ」
「おうよ」

フィグメントとファイに背中を叩かれながら、命綱を掴む。ぐっと引っ張ればちゃんと手応えがあって、安心して壁の窪みに手をかけた。疲れるけど不得意な訓練でもない。特に問題もなく、真ん中あたりまで登っていく。もう少し登ればいつものゴールライン。きついとしたら、そこからかもしれない。

「……え」

そこで。
ふ、と。上を向いた先。
視界に。
何かが写った気がした。
…そんなまさか。まさか…見間違えだ。さっきまで平静を保っていた気持ちは焦り、身体も硬直した。手には汗をかいて、血の気も一気にひいた。

これは、まずい。

そう思って、何かしなきゃと思うとほぼ同時に。



「……うおぁ!?」


命綱が、切られた。

身体の殆どをそれに任せていたおかげで、一気に体勢は悪くなるし、というか、早い話が、
落ちた。
落ちたのだ。
容赦なく。

半分ちょっとしか登ってないとはいえ、そもそもの高さが結構ある。何か冷静に考えて対処なんて出来るわけもない。考えるより先に身体が動いた。
なんとか無理やり上体を起き上がらせて、壁に手をかける。窪みにうまく引っ掛からない。ざりざりと落ちながら壁を引っ掻くように手が擦れていく。めちゃくちゃ痛い。足も近づけると、やっぱりうまくは引っ掛からずに妙なぶつかり方をしてしまう。足首に負担がかかっている。

――おい、嘘だろ!?
どんどん気持ちが焦っていく。呼吸をちゃんと出来てるかもわからない。
引っ掛からないんじゃ、留まるのは無理だ。ならせめて、軽減しなきゃならない。
幸い手足の抵抗のおかげでスピードはほんの少し落ちていた。足から落ちたら耐えきれない。頭もアウト。強いていうならお尻から落ちるべきなんだろうか。
そんな考えが一瞬で駆け巡って、身体を動かした。どこをどうやって動かしていたのか、どうなっていたか、自分でもわからない。だけど。


「……っ!」
「イグノッ!」
「おい!誰かでかい布持ってこい!」
「真下に集まれ!受け止めるぞッ!」


がくん!そんな衝撃が身体に走った。
指が、窪みに引っ掛かったのだ。
それでもいつまた落ちるかわからない。どくどくと心臓が早くなるのを感じながら、指にぐっと力を入れる。一瞬を駆け巡っていた思考はやっと冷静になり、周りの声も聞こえる。下の方でざわついてる。私の名前を呼ぶ声も聞こえる。
下の方、だけで。


「おい」
「……は、」


――こんの、やろ………!

上を向いた先にいる人影を、精一杯睨んだ。
命綱を切られる直前に見たのは…ナイフだ。見間違えなんかじゃない。
そしてそれを持っていたのも、構えていたのも、他ならぬリヴァイ教官だ。言い逃れはさせない。落ちる直前に、確かに目があった。そして、今も。崖の上で、私を見下ろし続けてる。
リヴァイ教官だ。


「悪くねぇ対応だ…こっち掴め」
「……、!」
「おい、二度も切らねぇよ…落ちるぞ」

そう言って新しく落とされた命綱を、必死こいて掴む。手応えもある。けれど、…どうしようもなく怖かった。
それがまた嫌で、必死こいて声を絞り出す。
リヴァイ教官に反応はなかった。ただ業務的に、私がまた登るのを見ていただけ。

仲間が、死んだ直後に。
何食わぬ顔で、人を落とすなんて。



「悪魔か…あんた…!」



精一杯の、悪意を込めて。
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