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This Sickener


その日をいつまでも思い出す。





まるで流れ作業のような、訓練兵団の通例。洗礼とも言える儀式。
もはや座り込み、早く終わらないかとすら思っていた。それぞれの意思を聞くのは悪くはないが、この場にはとても強い意思の持ち主がいるとは思えなかった。大半が巨人から逃げたい憲兵狙いの奴らだということは、見て取れたのだ。

だから。
最後の一人に順番が回ってきた時も、さして期待などしていなかった。
その名前を、聞くまでは。


「トロスト区出身、イグノ・ランセ!」


――どくん、と。
息が詰まる。身体が硬直する。
心臓が、大きく跳ねたのがわかった。
そんなわけがないと、自分に言い聞かせながら、その最後の一人を見た。ただのあどけない顔した、ガキだ。その顔をまじまじと見たところで、何かがわかるわけでもない。

キースが問いかける。さっきから何度も聞いた言葉、「貴様の目的はなんだ」。答えるわけがない。仮にそうだったとしても、また、その言葉を聞くわけが、ない。
問われたそいつが、言葉に迷ったように一瞬詰まり、間が空く。そして半ば意地だろうか…真っ直ぐ見据えるキースに、負けじと視線を合わせ、そいつが答えた。


「…この世界の、希望を見に来ました!」


馬鹿みたいな甘い考えを、馬鹿みたいなはっきりとした声で答えやがった。
この中じゃ、まともに答えた方だ。クソ真面目に見ていたわけじゃねぇが、中には言いよどむどころか泣き出す奴も多かった。周りのガキ共も自覚はあんのか、そいつの威勢には感心したらしい。あくまでそんなもんはガキ共の間だけの話で、戦地を知る教官側からしたら、そんなものは鼻で笑える程阿呆な答えだ。
キースも追い討ちをかける。当然だ。それが目的であり、最初の仕事だ。それをやるべきなのもキースだ。
だが、


「!? リヴァイ、」


それすら、耐えきれず。

――俺に、とっては。
冗談じゃない。
ここにお前がいて良いわけがない。
そんな甘い考えで。
そんなふざけた理由で、また俺の前に立つと言うならば。


「…希望だと?んなもん、」 


そいつの胸ぐらを掴み。
至近距離で。
キースの言葉も聞かず。
馬鹿みたいなその目を見据え。
ありったけの、恐怖を突きつけて。
――よく、理解しろ。



「ねぇよ」




その名前を、知っていた。
その言葉を、知っていた。

それだけで、この態度を取るには十分だった。

ただ、それだけだ。











「リヴァイ、訓練兵はどうだ?」
「…エルヴィンか…どうも何もねぇ。あれが戦うなんざ考えたら、人類は三年後には全滅だな」
「それは酷いな」

大して思っているわけでもない癖に、エルヴィンは笑った。三年後には化けているかもしれないぞ、という言葉には舌打ちで返す。それは俺が知るところじゃねぇ。俺はただ、与えられた役割をこなすだけだ。さっきまで考えていた出来事に終止符を打つ意味も込め、頭の中で言い聞かせる。

「しかし、リヴァイ。君が随分目にかけている訓練兵がいるという話を聞くが?」
「…あ?」
「ハンジもこの間話していたよ。リヴァイには気になる訓練兵がいるんじゃないか、と。勿論、恋愛絡みだとは思ってないが」
「当たり前だ。あんなガキ共…」

一睨みすれば、エルヴィンがまた笑った。今日は随分気持ち悪く笑うものだ。気分が悪い。その笑いも、話の内容も。
どうせエルヴィンのことだ、もうわかっているに違いない。わかっていないとしてもいずれ気付くだろう。隠すようなことでもないが、隠せるとも思っていない。
しかしだからといって、わざわざ話すような内容でもない。

「くだらねぇ話してる暇があんなら、このクソ面倒くせぇ書類を片付けて欲しいもんだな」
「それは元から君の仕事だ。普段の、君が教官をしている間の仕事は、考慮しているつもりだが?」
「だったらお前は自分の仕事をしろ」
「生憎、必要な書類整理は終えてしまった」

なら作戦でも考えてろ、とは思ったが、それも返されるだろう。いっそ無視した方が早いと判断し、溜まっていた仕事を片付けるべく自室へ書類を運ぶことにした。
流石にエルヴィンも、それを止めはしない。

「……そういえば、リヴァイ」
「…なんだ」
「君の潔癖症は、いつからだったかな?」


その言葉を、背中で聞きながら。


「…さぁな」


この男は、本当に食えない。
また舌打ちをし、扉を開けた。
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