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諦めろ仕方ない


 俺はもう息をするのと同じくらい自然にデータをとるという行動が体に染み付いている。最初にデータを取り始めたのはテニスのためだったが、いつの間にか普段の私生活にさえその習慣は紛れこんでしまっていた。データを集める内に人の行動や思考まで大方予想がつくようにもなってしまっていた。
 しかし、気持ちというものは難しい。気持ちと思考というものは違うもので、理解できるものではない。先程から何が言いたいかというと、つまるところ俺はコイツが好きだという話だ。何を言ってるのかわからなくなってきた。

「あのね柳くん、今日はマフィンを作ったんだよ」
「そうか」
「その……食べてくれる?」

 瞬間、自分でもよくわからない痺れが体を駆け巡る。理由としては1つ目、自分が好意を持ってる相手から菓子を貰えるから。例え相手が家庭科部で処理に困っているという意味でだとしても、やはり嬉しく思う。
 ………2つ目。

「……みょうじ。今回味見は…」
「あ、あのね?途中まではしてたんだけど、出来上がりはわかんないよ。柳くんいつも食べてくれるから、最初に柳くんに食べて貰いたいなぁと思って」
「……………そうか」

 うわぁ、柳先輩頑張って下さい! なんて声が後ろから聞こえた。わざわざ俺の部活が終るのを待っていたみょうじは自惚れそうになるほど健気だ。週一回、家庭科部の活動日に行われるこのやり取りは俺たちテニス部の中でも最早恒例となりつつある。言っておくが、奴らは冷やかしているわけではない。寧ろ救援部隊と言ってもいい。
 ごくり。
 最後にチラリと弦一郎と目を合わせた。健闘を祈ると言わんばかりに頷き返される。これは戦場だ。
 意を決して可愛らしくラッピング、そしてデコレーションされているマフィンを取り出した。相変わらず見た目は悪くない。

「……頂く…!」

 もぐもぐ。ごきゅん。
―――ぐらあ。
 一気に視界が白くなり、全身の力が抜けていく。毎度毎度隠し味を入れているようだが、それが何かすらわからないほどの異常な味。いや、味を感じず吐き気だけが襲ってくるというのが正しい。

「せ、先輩……!」
「大丈夫じゃ赤也……!先々週の苺タルトよりずっと耐えちょる!!」
「くっそ……!俺の味覚でも耐えらんなかったみょうじの菓子を柳は……!いっそ変わってやりてぇよぃ…!!」

 ……外野、少し黙れ。

「柳くん、どうかな……?」

 ぐらぐらする視界を必死にクリアにしてみょうじを見る。この時ほど普段から目を細くしていたことに感謝することはない。

「あぁ、一気に食べたら苦しくなっただけだ。……うまかったぞ」
「ほ、ほんと!?」
「ただもう少し甘くした方がいいかもしれないな」

 せめて。せめて味をだな。
 精市と弦一郎に支えてもらいながらもそう伝えれば、みょうじは俺のアドバイスをきちんとメモした。

「えへへ……また作ってくるね!」

 うわぁ、と後ろからもう一度声が上がる。みょうじは俺が悲しくなるくらい外野の反応を聞かずに帰っていった。きっと来週もまた何かしらもってくるのだろう。
 
「ほらよ、柳……」

 ジャッカルが口直しにとカレーパンをくれた。
 ……ふむ、……舌が麻痺している……。

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