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雪結晶


――うっさいのぅ。


 ぐちぐちぐちぐちと周りが文句言ってるのが聞こえた。外は雪。まさしく銀世界。しかも現在進行形で降ってる。文句を言いたくなる気持ちはわかるが、それを声に出されて騒がれると、尚更イライラが増した気がした。
 電車は動かない。かれこれ30分は待った。ただ駅で待ってるのではなく、俺は今電車で待っている。電車に乗ってる中で待たされているのだ。動く気配も勿論ない。

――大変申し訳ございません。

 アナウンスが聞こえた。あとに続く言葉はわかっていたので、そりゃそうかと納得した。





***





 電車から降りたのにまだ周りがうるさい。自然ばかりはどうしようもないじゃろうに。イライラする気持ちがわかるからこそ、不愉快だった。

と、不意に、


「……うるさ」

隣から、声がした。


「……思っても口に出さん方がいいぜよ」
「あれっ」
「よう、久しぶりじゃな」

 口をあけて驚く姿に、相変わらずじゃのぅと笑った。ちょっと癒された気がした。
 まさかこんなところで会うとは思わなかった、と驚いたのはこちらも同じ。なんせ近所に住んでるとはいえ、学校も違うし最後に会ったのは2ヶ月前。そんなに頻繁に会う相手ではないからだ。

「なに、早いね」
「雪じゃテニスは出来ん」
「あぁそうか。ついにやめたのかと思った」
「まさか」
「いや、テニス好きなのはわかってるんだけどさ、話聞く限りスパルタじゃん。殴られるんでしょ?」
「殴……そうしょっちゅうあるもんじゃなか」
「えー?」

 仁王ならやられかねない、となまえは笑う。あながち間違ってもないから何とも言えんかった。適当に笑って誤魔化す。

(…あぁ、なんか今、すごく)


「にしても、歩くと遠いねー」
「待っても動かないなら歩くしかないからのぅ」
「ねー。疲れた。家帰ったらストーブ占拠してやろう」
「はは、名案」

 ざっくざっくざっく。雪道をひたすら歩く。ローファーじゃ防寒はできなくて、足はとっくに冷たい。一緒に歩くなまえも学校帰りなため当然制服じゃが、スカートは見てるだけで寒い。きっと本人も寒い。

 ざっくざっく。
 真っ白な道に足跡がついていく。ところどころ白が泥にまみれて汚れて、それでも雪は降り続ける。止まらない。

「…ねぇ、仁王」
「ん?」
「疲れてる?」

 意図をつかみかねた。

「…歩いちょるからな」
「じゃなくて、」
「あー、おう、うん。疲れちょるよ。ほっときんしゃい」

 投げやりにそう言った。
 最近、確かに疲れてる。イライラは何も雪のせいじゃない。むしろ雪が降って良かったとさえ思ってる。冷たい空気に、逃げたかったのは確かだ。
 なまえが黙った。わずかな時間沈黙が続く。

「…俺は」
「……」
「真っ白で…いたいわけでも、ないんじゃけど」

 ほっとけ、って自分で言っておいて呟いた。ほっとかれたくなかったからだ。
 なまえの傍は不思議と安心する。さっきもすごく、落ち着いた。けど、さっきは同時にイラつきもした。
 なまえは学校が違うからか、なんとなく他のやつらとも接し方が違う気がした。学校の俺をこいつは知らないし、俺も学校のこいつを知らない。周りがいないからこそ、俺そのもの、なまえそのものをお互いに見ている気がして、落ち着く。
 そして、何も知られていないことに、イラつく。
 なんとも自分勝手な話。

「真っ白?」
「ん。真っ白」
「…でも、真っ白じゃないわけでもないよね?」

 どきりと心臓が跳ねる。
 言おうとしていたことを、先に言われた。

「ちょっとよくわからないけど、仁王ってそういうのよく悩むよね」
「…そうか?」
「うん。前もなんか不思議なこと言ってた。だから私、全部繋げて考えてみたわけよ」
「……」
「仁王ってさ、テニス、ツラいでしょ」

 ――また。
 また、思っていたことを当てられる。正確には思っていたというより、思っていたけど見ないふりしていたもの、だけど。

「…なんで」
「テニスは好きなんだろうけど、なんていうのかなぁ…肩書きというか、型にハマるのがさ、制限されてるというか」
「型?」
「コート上の詐欺師って、制限」

 息が止まった。
 そればかりは、知られていないと思ってた。
――あぁでも、そうじゃな。普通、しっちょるよな。有名じゃもんな。
 自分の中でなんとなくすっきりした気がしたが、完全に囲まれた気もした。言われた通り、この名前に縛られているのかもしれない。知られていた安心感と、知られていた絶望。さっきまで癒されてた存在が、居場所が、なくなった気がした。
 俺は真っ白にはなれない。真っ白になりたいわけじゃない。でも、真っ白じゃないわけでもない。
 そこまでわかっているのに、だからどうしたという話になってしまう。自分でも何が言いたいのかわからないまま。
 真っ白じゃなくて、踏まれて、泥にまみれて、汚れていく雪が不憫だ。

「仁王、真っ白って雪のこと?」
「…ん」
「そっか、それは良い例えだね」
「……」
「雪はさ、真っ白で始まって、真っ白じゃなくなって、でもやっぱり白いんだよ。やわに見えて、踏まれたあとは凍って固くなって、きらきら光るんだよ」

 けど俺は、そうはなれない。

「仁王は、そうなりたいと思わない?」

 ……、
 またそうやって、一歩先の言葉。
 こういうところが、わかられている気がして嬉しくなるのだ。普段は言えないことも、先に言われてしまえば躊躇なんかなくなってしまう。
 溶けてしまえばいい。俺はそんなきらきらした存在にはならず、ただただ積もっていく。幸村たちみたいな強さなんかなくて、ただ少し強いだけなのだ俺は。積もっていく中の、小さな一つの雪に過ぎないのだ。
 なら、溶けてしまえばいいのに。なまえみたいなやつの近くで、暖かみに触れて、溶ければいい。だけどそれもできない。

「…思う、な」
「うん」
「けど、ちょっと違う」

 もう、いいやと思った。
 知られていてもいなくても、俺が何に悩んで考えてイラついてても、どうでもよくなった。悪い意味ではない。
 わかられてしまっていたから、悩む意味が消えてしまった。
 でもだからといって、やっぱり全てわかられているのは嫌で、俺は違う答えを弾きだしたい。それが一番、我が儘だけど、俺らしいと思った。

「どうも。ちょっとすっきりした」
「それは良かった」


 どうせ、雪になるなら。
 真っ白じゃなく、凍ってきらきらするのじゃなく、でも汚れるのではなく、溶けるのでもなく。

 きらきら輝く雪の塊の、一つになれたらと、思う。
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