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パンがないならお菓子を食べればいいじゃない



「お邪魔しまーす」


勝手知ったるなんとやら、で家に入り込んだ。お互い家族ぐるみで長い付き合いとはいえ、この家の無用心さには毎回呆れてしまう。特にここの一人息子ね。我が儘に育った上に頭脳も運動も人並み以上というせいなのか危機感がなく、こいつが家に一人の時はだいたい鍵がかかってない。まぁそれがわかってるから私もこうやって勝手に入ってるんだけど。

「ロー?」

玄関から呼び掛けてみるも、返事がない。いつも出迎えてくれることはないのだけど、「なんの用だ」くらいは部屋の奥から返してくれるあいつにしては珍しい。居ないなら鍵はかけているだろうし、はて?もしやご機嫌斜めなんだろうか。
機嫌が悪いなら帰ろうかなと思ったけれど、リビングの扉を開いて中を見て、それは杞憂だったと悟る。

「これはまた……」

寝てる。
珍しい。

おいおいこいつの寝顔って何年ぶりよ?と少し楽しくなりながらそっと携帯を構えて写真を取る。起きるかなと身構えたけれど引き換えに寝顔撮れるならいいか、と思って撮ったはずが、なんと起きない。起きないですよ、あの、ローさんが!これはもうチャンスでしかない、と非常にワクワクしながら一人で悶える。無言で。

なにしてやろう…!
にやつく頬を抑えながら、顔に落書きはベタな上起きそうだなと頭を働かせる。他に何かないだろうか。周りを見ても何もない。せっかくのこのチャンス、どうしたら……。
うーんと頭を悩ませていると、がさ、と手元から音がした。あぁそういえばこれを届けに来たんだった、とビニール袋の中身をぼんやり見る。中身は私の両親が経営してるパン屋の新作パンなのだけど、パン嫌いな幼なじみにこれはなんの価値もない。

が。

………これだ。
これにしよう。

本当はローというよりローの両親へのものだったけれど、確か余ったのは私が食べていいと言っていた。それならその余る予定のものを使おう…!
ドキドキしながらパンを掴む。なるべくパサパサしてるやつを選び、袋ごと掴んだそれをローに近づける。
そして、口に入れた。

「……ちょっ、」


起きない…!

嘘だろ!と腹抱えて笑いたくなるのを懸命にこらえ、ローを二度見。パンを口にいれたまま寝てるというなんとも間抜けな姿がそこにあるわけで、耐えきれずしゃがみ込んだ。間抜け…!ほんと間抜け…!これはレアだ、もう起きてもいい!と半ばやけになりながら携帯のカメラで連写。しかし、それでもローは起きない。

「も…もう一個…!」

気分はジェンガやってる感じ。ドキドキしながらパンを、今度はクリーム系の小さいやつを掴んで口に入れた。流石に二個は無理かなと思ったけど案外いけて、ローの口にはパンがもう1つ。計2つ。あぁ、パン嫌いなこいつがパンを口にしてるのを見れる日が来るとは…!このネタだけで暫く生きていける、いいや、ローと関わってるうちはいつまでもネタにできる!すかさず携帯でまた連写した。「んぐ…、」と少し苦しそうな声がローから聞こえてびくりとしたけれど、やはり起きる様子はない。

これは、もう、試されてる。

もはやよくわからない心境に陥った私は、自分の限界にトライすることにした。どうせ今からパンを引っこ抜くなんて無理だし、ローの口に入ったパンなんてどう処理していいかわからないし、行けるとこまで行こうと決めた。私は覚悟致したぞ!

いざ、尋常に…!
パンを手に取り、ローの顔に近づける。私もまさか3つ目が入るとは思っていないので、今度は方向を変えた。そう、パンが似合う場所がもう1つある。
目だ。

「お…おぉう…!」

置けたああああ!!
そっ、とカレーパンをローの右目に。申し訳ないほど油ギッシュだけど、他に良い大きさがなかったんだごめんねロー。そのまま一応一枚だけ携帯で写真を撮る。ほら、ゲームでよくあるじゃない。良いとこで負けてセーブしてなくてまたやり直すみたいなさ。あぁはなりたくないじゃない。だから一応。
では、最後の1つを…。かつてないほど緊張しながら、胡桃パンを手に取る。これを左目に乗せればローのパンアートの完成よ…!

と、あと10センチというところで、


「あ」

目が、開いた。
そしてもごもごしたよくわからない言語が耳に入る。

「…もはへ、!?」

んぐ!?とまたもごもごした声が聞こえて、完全に目が冴えたらしいローが驚いたのがわかった。
が、ゲームクリア直前でゲームオーバーした私は不服だ。一応直接パンに触れないよう袋に手を突っ込み、そのままローの口にあったパンを中に押し込んだ。

「ん゛ーッ!!」
「ちょ、待ってよあとちょっとなの!右目にパン置いたら手ぇ離すから!」
「ん゛ーッンー!!」
「うっさい!男ならこれくらい堪えなさい!!」

バタバタともがくローを必死に抑えながら、あいてる右目にもパンを置いて、そして写真を撮る。勿論連写。連続したシャッターの音にローは更に動揺したのか、ついに私の手を押し返して口のパンを出した。そのままぺっとしてではなく、ちゃんと手で取るあたり微妙に偉い。流石育ちがいいだけあるわ。

「なにをやっているんだお前はッ!」
「っあははは!ローやばい口の周りクリーム!クリーム!ひげについてる!!」
「おい目がベトっとして…カレーパンなんておくな、バカか!?」
「胡桃パンは良かったの?」
「よくないっ!そういうことを言ってるんじゃない!!」
「あはは、も、いいなぁ!!感想は?感想は?ねぇねぇ!」
「最悪だ!」
「あははははは!!」

堪えてた分笑いが止まらない。お腹抱えてひーひー笑う私に、ローは心なしか顔を赤くして怒ってる。いいや、恥ずかしがってる?なんでもいいや!

「あー楽しかったー!ごめんねロー」
「謝る気ないな。写真撮っていただろう、消せ!」
「えー」
「えーじゃない。携帯よこせ」
「ローがパンは食べてくれたらね。ていうかそれもうローしか食べれないし」
「おれはパンが嫌いだ」
「…残念だなぁ」

ほんと言うと、そのパンは私が作ったのだ。両親が作ったパンとは別で、私が初めて考案して、採用されたパン。そして新作以外のスタンダードなパンも、私が作ったものだ。だから無理矢理でも食べさせたかったのだけど…仕方ない。
食べ物を粗末にする気はないので、軽く手ではらってからパンを口にいれる。別に間接だのなんだのは気にする仲でもないので、抵抗はない。食べながら、携帯を少し操作する。

「消したよー」
「…お前、なに食ってるんだ」
「は?パンだけど」
「おれがくわえてたやつだろ」
「…うん?」
 
すごく嫌そうな顔をしたローが、おもむろにカレーパンを手に取った。

「…おれに触れたものをお前に食われるのは、癪だ」

もきゅ、と小さめな一口でカレーパンを食べ始めた。ローが。あの、ローが。

――あぁ、見透かされているような気さえする。
気のせいかもしれないけれど、なんだか悟られてしまった気がして落ち込む。少し、罪悪感。
でも。
私は、パンが、好きだから。
ローが食べてくれるのは…やっぱり、嬉しい。


「…まぁ、写真消したけどバックアップはしてあるんだよなぁ」
「あ?」
「ついでにローと同じ代の人たちに写メったんだけど、いや〜ほんとに食べてくれて嬉しいわー!」
「お前…!」

よいしょ、とカレーパンを頬張るローを携帯のカメラで納めると、ローはその辺に置いてあった新聞を丸めて私は頭をはたかれる。ちょーイテー!空気和ませたかっただけなのにー!

「お前のっパンはっ二度と食わないッ!」

指差されて言われて、なんだとー!?と新聞を奪って殴り返す。悔しかったのでカレーパン食べるローの写真も一斉送信してやった。今度こそ本気で容赦なく新聞紙ではたかれた。

ローの手にあったパンは、もうない。
あるのは、私の両親が作ったパンだけだった。

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