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欲しかったのは同じなはずなのに


海賊なら奪ってみせてよ。

初めて出会ってから一ヶ月前まで何度も聞いてきた言葉が頭を過った。
暇な時とか会いたい時にいつでも会えるじゃん、なんてそんな軽々しい関係でもないおれ達は周りから見たらそれは当然で仕方ない間柄だった。

―――出会ったのは、最初に海に出た日。
そこからここまで、ずっとおれはあいつを見てきた。周りから何を言われようが、仕方ねェじゃんか。巣ついて染み付いて根深くなった気持ちを治めるなんて出来ねェし、それを止める人間もいなかった。おれがどんな思いでどんだけ想ってたかなんて誰も知らなかったし、おれも気づかせなかった。せいぜい周りには好敵手くらいにしか思われてなかっただろう。実際おれにとってあいつは、好敵手と呼んでもいいぐらいに戦いが楽しくなるやつで、同時にずっと戦っていたくなるやつだった。

海軍少将、なまえ。
今ではすっかりと昇進したあいつは特に二つ名があるわけでもない。いや、あるっちゃあるけど、海軍は好んで呼んだりはしない。
対火拳少将=Bそう呼ばれたあいつはさも誇らしげに当然、と言っていた。あんたを相手に出来んのはあたしくらいだばーか、なんて笑っておれに大砲をぶっぱなした日の記憶も遠くはない。その後おれが大砲ごと火に包み混んで彼女の乗る海軍船を燃やし、ざまぁみろと叫んだところで彼女に足を捕まれ海に引きずり込まれた事すら憶えてる。そこでお互いにばかだと言い張って、笑って、互いに互いの信ずるものを宣言したことも。

―――なぁ、お前言ったじゃねェか。
火拳のエースを捕まえんのは、対火拳少将のあたしだけだ、って。

初めて出た海で見た、野郎ばっかの中で一人、役にもついてねェガキがおれに飛びかかったこと。おれは忘れてねェよ。
あんたはあたしが海兵として海に出た初めての日に出会った海賊だ。だからあんたはあたしが捕まえる。
全部お前のその言葉から始まってんだよ。おれたちの因縁も、関係も。
例えそのあと、おれに違う気持ちが加わったとしても、だ。おれたちの始まりは間違いなくあん時のあの場所で、気持ちだって変わってねェ。ブレもしねェ。お前はお前が掲げる正義の為に。おれはおれが掲げる誇りの為に。
あいつがおれを捕まえるまで続くはずの追いかけっこは、おれがオヤジを海賊王にするまで続くと思ってた。あいつがどんなに昇進したって、例えもっと強くなって、もっともっと高みへ昇っていったとしても。おれとあいつの関係は変わらずに存在し続けるもんだと、おれは信じて疑わなかった。

そう、疑わなかったんだ。

何一つ。


「………何、してんの。お前。」

自分でも驚く程間抜けな声だと思った。それでも今は声を出すのもやっとなくらい動揺していて精一杯出したつもりだった。間抜けにはなったが向こうにはちゃんと言葉として伝わっているはずだし、理解できないわけでもないと思う。いや、理解できないわけがないのはおれの方で、そもそも聞く事自体がおかしいのかもしんねェけど。
向こうは向こうでやっちまったって顔して、でもいつもみたいな戦い楽しんでる時と同じくらい好戦的な顔で笑った。だけど普段なら何かやらかしたのかよ、くらい言ってからかうような雰囲気でもない。自慢じゃねェが勘は鋭い方だと思ってる。だから、この状況がおかしいのかも、わかってる。

言葉も返さず苦笑するあいつに、もう一度何してんのか問えば、たはは、と無理矢理出したような渇いた声で苦笑した。
―――私服なんて、初めてみた。けど、そんなものは今は蚊帳の外に置く。私服着てる姿自体は確かに珍しいが、それは当たり前だ。こいつは何処でもどんな状況でも正義≠ニ、彼女の志が書かれたもんを大事に背中に掲げているのだから。そしてハーフパンツにキャミソールで惜しみなく出した肌に海軍のマークを刻み、それを寒い時でさえも晒すように出していた。
それが、今のこいつの格好はどうだ。

掲げるべき服を脱ぎ、誇るべき印を隠すように長袖長ズボンを着、敵意もなくおれの前に立つ姿。
そう、それはまるで――――海軍とも海賊とも関係のない、ただの人間のようで。

「なァ、聞いてんの?」
「何?」
「お前、何してんだよ」

今度は明らかに訝しげに言ったような声が自分の声帯から出て鼓膜に入る。結して大きな声では言っていないのに道行く奴らが驚いたように避けていくのがわかるくらいに、低く小さく、響く声。
それでも彼女は、変わらない。

「………軍服は。」
「………」
「腕の刺青は。何時もの威勢は。……何処やった。」

なまえは何も答えなかった。口元には苦笑を浮かべたまま。けれど、目元は下がり今にでも何かが壊れそうだった。次第に頭すら俯いてきたその姿を見て、ぐわぐわと腹ん中から何かが溢れる感覚がして、それが何なのかもわからないままなまえの肩を掴んだ。いつもならそれすら作戦だと言わんばかりに仕掛けてくる攻撃も言葉すらもない事に、ドッドッドと徐々に心臓の鼓動は早く打ち鳴らし始め、肩を掴んだ手にはうっすら汗を掻くのも感じた。訳もわからず、いや、何かよくないと。聞かねェ方が良いと勘が告げているのに。おれはその勘とは真逆の方へと足を突っ込んで行く。嫌な予感しかしない言葉を聞くべきではないと思いながらも、止められない。認めたくないのだと、心が叫ぶ。
畜生、と誰に当てたわけでも誰に言うのでもない言葉を頭の中で吐き出して、未だ顔すら向けなくなった好敵手の胸ぐらを掴んだ。思ってる事も、勘も。全てが嘘であれと願いながら。

「―――ない、よ」

ぽつり。相変わらず顔も上げずに呟かれた言葉は、鼓動を通じ脳に入り理解する。けれどいくら聞こえていたって、それが到底真実だとも思えない馬鹿なおれは、馬鹿らしくもう一度聞く事になる。

「どういう事だよ。」
「………だから、ないよ。」
「ないって、何でだよ。」
「…………抜けたから。」


―――海軍。


ぽつり、また小さく呟かれた言葉。それでもその言葉はさっきのそれよりも小さいながらハッキリした言葉で、今度はおれも疑いなく理解した。認めたくなんてねェはずで、嘘だと思いたい気持ちとは別におれの勘と本能はこれは正しいものだと。ホントの事だと告げてくる。

「っ何でだよッ!!」

ギリ。掴んでた胸ぐらを締め付けて、元々しっかりした体型でもない女であるあいつの体が浮かぶ。力を強めた事によってか顔も歪めているが、そんなものは構っていられない。おれだって好きでやってるわけではないから。ただ、告げるんだ。どうしよもなくドス黒い感情と、胸から押し出すように溢れてくる妙な悲しさと。制御出来ない心の内が。
溢れだして、止まないから。

「おれを捕まえるんじゃ、なかったのかよ!」
「ッ、」
「おれもお前も初めて海に出た、あの日に!おれに突っ込んできた無謀さは何処に行ったんだよ!?それも全部、置いて来たのかよ!」
「かは……ッ、」
「オメェが掲げてきたモンは、何処行っちまったんだよッ!!」

あいつがあからさまに顔を歪めて、息も出来てるかわからないくらいに力を込めて。そこまで言い切った所で捨てるように地面へ放った。
げほげほと涙目になりながら咳き込んでいる姿を見ながら、無性に泣きたい気持ちに駆られたが、そんな事すらどうでもいいようなもので、その感情は訳がわからないまま渦巻いてでかくなっていく。

「違……う…………」
「………あァ?」
「捨てて、…ない……!」

まだ痛みからか苦しさなのかから抜け出せていないような歪んだ顔のまま、それでも以前と変わらぬ強い意思を込めた瞳をおれに向けて彼女は言った。
しかしそれすら今はおれの感情をかき混ぜられる原因にしかならなくて、いつもはその瞳に楽しさすら憶えると言うのに苛立たしくにしか見えない。
捨ててないと、強く良い放つ彼女に疑念を感じつつ見ていれば、彼女は乱れた呼吸を整いながらも立ち上がっておれに詰め寄った。

「あんたを捕まえられるのは、あたしだけだ。」

今度はなまえがおれのテンガロンハットの紐を引っ張って、胸ぐら掴むかのように引き寄せた。真っ直ぐ見つめてくる瞳はいつも合わせてる視線よりもズレてる気がして、おれん中に。おれの、深い場所に。語りかけるように、伝えるように、忍ばせるように。飛ばされる。


「だから―――あんたは、最強の海賊として、………その生を全うしろ。」


それだけ言っておれの方なんか振り返りもせずに彼女は歩き出した。おれはといえば、最後の言葉の時に一瞬見せた悲しげな瞳を―――辛くて、まるで助けてとでも言いたげな瞳を。
ただただ、思い出してただけで。





一ヶ月後。彼女の名がこの海へと知れ渡る。

きっかけとなった新聞にはデカデカと、対火拳少将、原因不明の不治の病により死亡≠ニ書かれていた。


「な…んでだよ……っ!」






――――海賊なら奪ってみせてよ。

この世界に散らばる宝も。

私の気持ちも。

自身の誇りも見せつけながら。


――――この命ごと。

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