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残酷な運命を幸ととるか


好きな人がいました。

私は別に特別な人間だとかそんなものではなく、ただの普通の一般人です。海軍も海賊も革命軍も関係ありませんでした。小さな島のよくある家に生まれ、人生の大きな波みたいなものはなくまさしく順風満帆。些細な忙しさやスリルや楽しさの中で生きていました。幸せでした。

ただ私は、途中で人生の大きな波に遭遇してしまいました。偶然拾った実を、興味本意で食べてしまったのです。すごく不味かったです。何の果物だったか、……いいえ。何の実だったかは、後になってから知りました。
悪魔の実なんて、おとぎ話のようなものだと思っていました。


「エー、ス……」

……好きな人が、いました。
まだ十四の時、家族で旅行に行った先で知り合った人でした。同い年の男の子で、テンガロンハッドと笑顔がよく似合う子でした。大好きでした。……大好き、です。今も。ずっと。
そこからまた数年。時折手紙を交換するだけだった私たちですが、ある日ぱたりと手紙の返事がこなくなりました。それに不安を感じていたら、短い文章が書かれた手紙が届きました。彼は海に出たそうです。海賊として。

そこからまた数年。
……未だに、好きです。手紙の返事はもう来ません。けれど、新聞やニュースを見れば彼の話は伝わってきました。きっともう会えない。私と彼の関係はそこで終わり。私の片思いで、私の未練だけで、終わっていくのでしょう。ならそれで構わない。手紙の返事も来ない。ダメ元で送った最後の手紙も、読まれたのかわからない。返事はなくていい。わざわざ会いに来てだとか、会いに行きたいだとか、そんなことはもう思わない。ただ、私に会わないでと祈るしかないのです。海賊がどんなものかは知ってるけれど、それでも無事でいて欲しいから。ずっとずっと、好きだから。
……私に、会わないで欲しかった。


「なまえ」


――会わないでと何度も願った彼は、今私と一緒にいます。
そしてそれによって……私は、彼がもう生きていないことを知ったのです。


「勝手に出てきちまったけど、大丈夫だったか?体調は?」
「……ちょっとした頭痛、だけ…」
「げ。……悪い、大丈夫か?」


あぁ、痛い。痛いよエース…。
能力の代償の体調不良なんてどうでもいい。こんなただの頭痛なんてどうでもいいんだよ。あなたが受けてきた痛みに比べたら、私なんか何も痛くないんだよ。でも痛いの。苦しいの。あなたは生きていたはずで、けれど処刑されてしまって。そんな嘘のような出来事が私自身によって事実と証明してしまう。会いたいと思ったことはある。でも会えないし、会わないと思ってた。だってあなたは、生きていたのだから。生きて、私との関係がついえたのだから。会うことはもう、なかったはずなの。

だから会わないで欲しかったのに。


「……今日は、どうしたの?」
「ん?おおう、そうだった!この体で何をどこまで出来るか、試してみたくてよ!」
「そ、っか……うん。行ってきていいよ」
「いやいいよ。お前が調子いい時にする」
「………うん。ありがとう」


死んだ人間の魂を呼んで、召還出来る。
――そんなふざけた能力が、私が食べた実の効能。私が譲り受けた悪魔。

……ねぇ、エース。あなたもきっと気づいてる。今のこの現状がいかに無駄なのかを。私は受け入れたくもない事実を知ってしまい、あなたも知るはずのなかった事実を見てしまった。好きだった、会いたかった、どうしようもなく。痛いくらい。最後の手紙を読んだのなら、私があなたを好きなのは知っているでしょう?終わったはずの人生を、他人からの召還という縛られた状態で延長されてる。でも死んでるの。生きれないの。生きてないの。私のはただの一時的な召還に過ぎないの。お腹も空かずそこにいて、私から離れ過ぎれば進めない。完全に縛られてしまった。

応じなくていいんだよ。勝手に出てこなくていいの。
心配なんかいらない。私はちゃんと事実を受け入れるから。いくらあなたが好きでも、私たちは永遠に結ばれない。それどころか、もっともっと遠い存在と関係になってしまった。私はあなたを縛りつけてしまった。巻き込んでしまった。あなたといるこの時間は、限りなく無駄な時間。生きている私と、生きていないあなたじゃ結ばれない。浮かばれない。それでも私はこの能力を、死なない限りは手放せない。でもあなたは、死なせてはくれないのでしょう?私にも、そんな勇気はないの。一緒にいてはいけないとわかっていても、どうしようもないの。


「じゃあ、なまえ」


私たちはこの先も、ずっと平行線。
前よりもずっと、遠く、よそよそしい距離で。
お互い複雑に、心を開けないまま。

ずっと。


「また、明日」
「うん。……また」



私はまさしく、悪魔を宿したの。
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