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初恋ジンクス


 
初めて会った時は、まだ良かったのだ。



「な……っに、すんの!」

今日も男は軽快に笑った。やってることは全く軽快ではなく、私が大切にしていたノートを破り捨て、私が愛用していたシャーペンを真っ二つにした。二度と手に入らない、他にもう売ってないだとかそんなんじゃないけど、どちらも紛れもなく私が大切にしていたものだ。

この男、折原臨也。高二、高三とクラスが一緒な男。初対面でもちょっとおかしいところがあったけど、出会った当初からクラス替えをするまでの間、割と友好的であったと私は思ってる。少なくとも今みたいに突然人のものを壊したりはしなかった。それどころか、全人類を愛しているらしい彼は、私にも少なからずその愛情を向けているようにも感じていた。
なのに、今は違う。変わったのはきっかり三年生に上がってから。対象は私のみで、他は全く変化がない。クラスメイトに対しても先生に対しても後輩に対しても、よく一緒にいる岸谷くんや平和島くんたちとも、変わらない関係性。変わったのは、私にだけ。

「……これってさ、なんなの?」

クラス替えから半年。色んな嫌がらせや罵倒、壊されたものも無くされたものもたくさん。おかげで友達も出来てない。前まで友達だった子は私を避けてきた。これはいじめなのかもしれない。私だって、そろそろ限界が近づいてきていた。

「私さ、折原になんかした?悪いことしたんならそりゃ謝るし反省もするよ?でもさ、何したのかわかんないままじゃなんも出来ないじゃん!何も納得出来ないじゃん!」

いじめだとして、でも私が折原にそれだけのことをしたならまだ我慢できる。まだ耐えられる。だけどこの半年間、理由なんて何も告げられていない。考えても考えても、私一人じゃ何も結果が出ない。思い出せない。思い当たらない。何か悪いことをしただなんて、そんな気にはなれない。

「………なまえちゃんさぁ」
「なに」
「初恋のジンクスって、知ってる?」
「…………は?」

折原はバラバラになった私のノートとシャーペンを拾い上げ、弄びながら言った。さっきまで張り付いていた笑顔はどこにもなくて、今はもう私が知ってる、昨年よく話した時にする普通の顔をしていた。何も繕ってない、年相応の表情。

「なにそれ。どういう関係?」
「あぁ、もしかして知らない?結構有名だと思ってたんだけど、なまえちゃんまず恋とかするイメージないからなぁ。わからなくても仕方ないか」
「…はぁ?」
「あぁ、ごめんね。別に非難してるわけじゃないんだ。それどころかこれは称賛してるんだよ。恋多きビッチよりも、初恋のジンクスも知らないような純情な子の方がいいと思わない?といっても、純情過ぎるのもまた問題だけど」
「……意味わかんないんだけど」
「うん。そうだったね。初恋のジンクスは、『初恋は絶対に叶わない』だよ」

初恋のジンクスだとかどうとか、全く繋がらない。意図がわからない。でも折原はいつもそうだ。全く関係ないような場所を繋がらせて、わからないヒントばかり出して。最終的にはひとつに繋がる。凡人にはわからない、理解出来ない思考回路。

「つまり俺はさ、君を嫌いになりたいんだ」

折原は言った。ここまできても、私は何も繋がらない。寧ろ不快にすら感じてきた。その初恋のジンクスとやらのはらいせか何か?だとしたら私を巻き込むのは間違ってる。頭ではそう思うのに、徐々に、なんとなく、ほんとになんとなく……よくわからない感覚が渦巻いてくる。繋がってないはずなのに、繋がりそうな。何かのサイレン。

「俺の愛情は全人類に向けられていたのに、俺は君というたった一人の人間を好きになったみたいなんだ。全人類に向けられた愛情は初恋とは言わないし、そもそも恋じゃなく愛だ。だからこれが俺の初恋」
「……ちょっと待って。折原が、私を?」
「そう。でもさっきも言ったように、初恋のジンクスは『絶対叶わない』なんだよ。そんなまやかしみたいなものは信じない質なんだけど、俺としたことがどうも気になっちゃってね。気になるくらいならいっそ、そのジンクスを信じてみることにしたんだ」
「待って、待ってってば!私にわかるように言ってくれない?」
「だから今、説明してるじゃない」

まだ続きがある、と折原は私を止める。止めたいのは私の方で、私はついていけてない。突然の告白もさらっとしてて、驚く間すらなかった。
折原は私を好きになった。それは初恋だった。でも初恋は叶わない。だから嫌いになりたい?単純に言えばそういうことになる。難しいことなんか、ないはずなのに。何かが引っ掛かる。そんな単純なことではない気がした。

「初恋が叶わない。でも俺は、諦める気がない」
「……ん…?」
「だから俺は、君を嫌いになることにした。そして嫌いになってからまた恋をすればいい。そうしたら、それは初恋じゃなくなるだろう?」
「………まさか…」
「繋がった?」

がちん。ちりばめられてたピースが繋がる。この半年間の折原の行動、それは全て私を嫌いになるため。私を好きになるため。―――なんてやつだ。
折原は笑う。頭がおかしいんじゃないかと、疑うくらい。だけどこいつは真剣なんだ。真剣に、おかしいことをしてる。普通じゃないとは思ってたけど、まさかここまでとは思ってなかった。

「でもさぁ、正直俺も困ってたんだ。君を嫌いになるはずが全然嫌いになれなくてさ。君の物を壊せば俺までなんか傷つくし、君が悲しげにしてると俺も悲しいんだ。嫌いになるどころか前より一層気になっちゃって、夜も眠れないくらい。前より好きになってるんだ。これじゃあいつまで経っても初恋から抜け出せない」

――折原は気づいてない。ジンクスジンクスって、折原が捕らわれてるそれは、折原が意識すればするほど追ってくる。初恋が叶わないから嫌いになる。けど折原がやってることは折原が私を嫌いになるんじゃなくて、私が折原を嫌いになる行為だ。それこそ初恋が叶わないというジンクスを、自らやってのけてる。この男は、そんな簡単なことに気づいていないのだ。

ねぇ、なまえちゃん。
折原の顔が近づく。笑っているのにどこか悲しいような、哀しいような、今にも泣きそうな。そんな、人間らしい表情。
……君はばかだよ、折原。


「好きなものを嫌いになるのって……思ったより、難しいんだね」



ばさり。
折原が拾い集めたノートとシャーペンが、床に広がった。

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