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ロミジュリごっこ
「もしも私のいやしい手が、あなたを汚してしまうなら――」
「………」
「私のこの唇を持って、優しく拭いとってあげましょう」
いや、気持ち悪いよ。
あれ、こんなセリフじゃなかったっけ?
全く噛み合わない会話をしながら、私はこの不法侵入者を押し退けた。なんでいきなりロミジュリ?そんなのは別にどうでもいい。シェイクスピアは正直こいつにすごく合ってる。なんか色々ダイナミックだし。いや私シェイクスピアよく知らないけどね。
「なんでいんの。しかも夜に」
「愛の翼で飛び越えてきました」
「いやいやいや、そういうこと言ってるのではなく……」
「あはは、ロミジュリは苦手?」
不法侵入者こと由利は楽しそうに笑った。全く楽しい場面ではない。どこをどうしたら真夜中に、男子高校生が、女子高の寮に、侵入するのが、楽しい場面だといえるのか。大方後輩1がそそのかしたんだろう。そして後輩2も協力したんだろう。勘弁してくれ、君たちは大事な先輩を犯罪者にしたいのか。
「で?由利はロミジュリごっこするためだけにきたわけ?ロミジュリごっこどころかこれスパイごっこに近いけど」
「うん。まぁだいたいそれが理由」
「………は?」
「しにきたんだよ、ロミジュリごっこ」
え?なんなのバカなの?元からバカだと思ってたけど、正真正銘のバカなの?目が覚めた時に覆い被さっててあのセリフはやべえ変態犯罪級でも、本気じゃないと思ったから冷静に対処したのに、え?通報していい?
「……そのためだけにきたわけ?」
「うん」
「うんって……そんなことのために来るには、リスクがでかすぎるでしょ。というかよくここまで入ってこれたな」
「愛の翼で飛び越えてきた」
「それはさっき聞いたよ」
ため息交じりにそう言えば、ばしん。手を捕まれた。なんだどうしたやる気か暴力反対だぞ?訝しげに由利の顔を見れば、珍しく真剣な顔をしていた。思わず息が詰まる。
「…飛び越えてきたんだよ。なまえに会いたくて」
ふ、と。困ったように笑う由利に泣きそうになった。その顔は前にも見た。由利が私立の男子校に入ると言った時、私が女子高の、寮に入ると言った時、由利がモデルとして、有名になってきた時。困ったような、泣きそうな、そんな顔で笑う。……なんだよ、反則じゃないか。私だって好きで、こうしてるわけじゃないのに。
「……ばかじゃないの」
「そう?俺バカなんて言われたことないんだけど」
「ばかでしょ。くだらない嘘に全力すぎ」
「……本気だよ」
ぎゅうって、握る手の力が強くなる。でも、決して痛くはないくらいに。
「なまえに言ってること全部、本気なんだけど」
―――あぁ、全く。
バカでナルシストで自己中な普段な彼は、どこにいったんだろう。やけに自信たっぷりで、自慢気で、後輩にフォローされまくりで、うざくって仕方ない由利慧は、どこにいるんだろう。なんで私には違う顔をするのか。なんで私の言葉には怒らないのか、なんで優しくするのか、なんでつきまとうのか。
なんで、私なのか。
ぐるぐる悩んだところで無駄なのに、どうしたって考えてしまう。もっと早く素直になっとけば良かった。もっと早く会いたかった。もっと早く、会いに行けば良かった。どうして私なんだろう。由利が私を選ばなきゃ良かった。私が由利を、選ばなきゃ良かった。父さんが芸能人を嫌ってなければ、母さんが由利のお母さんと犬猿の仲じゃなければ、由利がモデルじゃなければ、私が女子高でいじめられていなければ。
私も、由利が良いと言えたのに。
近付けば近付くほど、周りは反対するばかり。古風なうちの家は、私に自由を許してくれない。ばかじゃないの、みんなばかだ。そんな時代錯誤、無くなればいいのに。僻みも嫉妬も、無くなればいいのに。離れたっていじめるくせに、女ってほんとばかだ。そんなのに囚われてばかみたいな私を諦めきれない由利も、ばかみたい。
「なまえ」
視界がぼやける。手が暖かい。
こんな、いつもよりまともで優しい由利なんて、ふざけてるみたい。やっぱり由利もばか。優しくすること、ないのに。
でも一番ばかなのは、
「待ってるよ。ずっと」
それでも由利を諦められない、私が一番のおおばかもの。
- 7 -
「………」
「私のこの唇を持って、優しく拭いとってあげましょう」
いや、気持ち悪いよ。
あれ、こんなセリフじゃなかったっけ?
全く噛み合わない会話をしながら、私はこの不法侵入者を押し退けた。なんでいきなりロミジュリ?そんなのは別にどうでもいい。シェイクスピアは正直こいつにすごく合ってる。なんか色々ダイナミックだし。いや私シェイクスピアよく知らないけどね。
「なんでいんの。しかも夜に」
「愛の翼で飛び越えてきました」
「いやいやいや、そういうこと言ってるのではなく……」
「あはは、ロミジュリは苦手?」
不法侵入者こと由利は楽しそうに笑った。全く楽しい場面ではない。どこをどうしたら真夜中に、男子高校生が、女子高の寮に、侵入するのが、楽しい場面だといえるのか。大方後輩1がそそのかしたんだろう。そして後輩2も協力したんだろう。勘弁してくれ、君たちは大事な先輩を犯罪者にしたいのか。
「で?由利はロミジュリごっこするためだけにきたわけ?ロミジュリごっこどころかこれスパイごっこに近いけど」
「うん。まぁだいたいそれが理由」
「………は?」
「しにきたんだよ、ロミジュリごっこ」
え?なんなのバカなの?元からバカだと思ってたけど、正真正銘のバカなの?目が覚めた時に覆い被さっててあのセリフはやべえ変態犯罪級でも、本気じゃないと思ったから冷静に対処したのに、え?通報していい?
「……そのためだけにきたわけ?」
「うん」
「うんって……そんなことのために来るには、リスクがでかすぎるでしょ。というかよくここまで入ってこれたな」
「愛の翼で飛び越えてきた」
「それはさっき聞いたよ」
ため息交じりにそう言えば、ばしん。手を捕まれた。なんだどうしたやる気か暴力反対だぞ?訝しげに由利の顔を見れば、珍しく真剣な顔をしていた。思わず息が詰まる。
「…飛び越えてきたんだよ。なまえに会いたくて」
ふ、と。困ったように笑う由利に泣きそうになった。その顔は前にも見た。由利が私立の男子校に入ると言った時、私が女子高の、寮に入ると言った時、由利がモデルとして、有名になってきた時。困ったような、泣きそうな、そんな顔で笑う。……なんだよ、反則じゃないか。私だって好きで、こうしてるわけじゃないのに。
「……ばかじゃないの」
「そう?俺バカなんて言われたことないんだけど」
「ばかでしょ。くだらない嘘に全力すぎ」
「……本気だよ」
ぎゅうって、握る手の力が強くなる。でも、決して痛くはないくらいに。
「なまえに言ってること全部、本気なんだけど」
―――あぁ、全く。
バカでナルシストで自己中な普段な彼は、どこにいったんだろう。やけに自信たっぷりで、自慢気で、後輩にフォローされまくりで、うざくって仕方ない由利慧は、どこにいるんだろう。なんで私には違う顔をするのか。なんで私の言葉には怒らないのか、なんで優しくするのか、なんでつきまとうのか。
なんで、私なのか。
ぐるぐる悩んだところで無駄なのに、どうしたって考えてしまう。もっと早く素直になっとけば良かった。もっと早く会いたかった。もっと早く、会いに行けば良かった。どうして私なんだろう。由利が私を選ばなきゃ良かった。私が由利を、選ばなきゃ良かった。父さんが芸能人を嫌ってなければ、母さんが由利のお母さんと犬猿の仲じゃなければ、由利がモデルじゃなければ、私が女子高でいじめられていなければ。
私も、由利が良いと言えたのに。
近付けば近付くほど、周りは反対するばかり。古風なうちの家は、私に自由を許してくれない。ばかじゃないの、みんなばかだ。そんな時代錯誤、無くなればいいのに。僻みも嫉妬も、無くなればいいのに。離れたっていじめるくせに、女ってほんとばかだ。そんなのに囚われてばかみたいな私を諦めきれない由利も、ばかみたい。
「なまえ」
視界がぼやける。手が暖かい。
こんな、いつもよりまともで優しい由利なんて、ふざけてるみたい。やっぱり由利もばか。優しくすること、ないのに。
でも一番ばかなのは、
「待ってるよ。ずっと」
それでも由利を諦められない、私が一番のおおばかもの。
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