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夢物語
小さい頃から、正義の味方になりたいと思っていた。
…ううん、違う。確かに小さい内は正義の味方で合ってる。だけど成長するにつれて、それがテレビの中でしか存在出来ないことに気づいたのだ。小さい頃、私が憧れて夢見ていた正義の味方はいつもテレビの中。実際の生活の中で正義の味方なんて見たことがない。道で人がこけたところで誰も大丈夫ですかなんて言わないし、みんなチラリと見るだけだった。善人は私の世界にはいないのだ。善人は、正義の味方はテレビの中にしかいない。
全て、テレビの中だけのはずだった。
「う……っわ…!」
「ちょいちょい、お嬢ちゃんよぉ。逃げられちゃ困るんだわ」
「キミ、日本人っしょ?いま契約してる人が日本人だいっすきなのよ〜。べーつに命下さいって言ってんじゃないからさ、ちょぉーっと髪と歯ぁくれればいいからさぁ」
「ね?」
ね、じゃねぇよボンクラ。頭の中じゃそんな言葉が出るのに、体は素直だ。震えが止まらなくて歯がガタガタいってる。怖い、こわい。誰か助けてよ…!いくら呼んだって無駄なこと、善人は私の世界にいないことなんてわかっているのに。それでも呼んでしまう。助けて。助けて。
…誰か!
「ちょぉーっと待つのは、お前らの方じゃねぇか?」
あぁ?と私を取り囲んでいた男達が振り向く。正面にいるはずの私は、前にいる男達のせいで声の主は見えない。けれど、声をかけてくれた。私が呼んだ直後に、まるで正義の味方のように。あり得ないはずだったのに、あり得た。
「…誰だてめぇ」
「ただの一般市民だよ。その子から離れな」
「おいおいオッサン、マジで言ってンの?やーめときなって。良い歳こいてなにしてんの、ヒーローごっこぉ?」
「…ごっこじゃねぇよ」
相変わらずこちらから姿は見えないが、声の主はおじさんらしい。大丈夫だろうか。けれど、心配してられない。誰でもいいから助けてほしい。誰かのためなんて正義の味方みたいな考え方は出来ないから、私は私のためにしか動けないから、自分のことしか考えられないから。醜いとわかってても、声をあげるしかない。
「…助けて!」
「あぁ。そこで待ってな、お嬢ちゃん」
***
一言でいうなら、おじさんは強かった。
いや、一言でいうならというか、一言でしか言えない。相手の男達もそれなりに鍛えてるようだったけど、おじさんの前では意味をなさなかった。威勢のいい二人の男は情けなく怯えながら走り去っていった。それほどまでに、おじさんは強かったのだ。
「大丈夫か?」
「…うそ……」
「ん?」
「ほんとに助けて貰えるなんて、思ってなかった……」
言ってからハッとする。助けてもらった相手になんてこと言ってるんだ。
「あ、あの、ごめんなさい。ありがとうございます」
「いーえ。この辺は危ないからよ、女の子が1人でくるもんじゃないぜ」
「はい…気を付けます」
未だに唖然としている。目の前にいるこの人が信じられない。正義の味方はいつだって、テレビの中のはずなのに。
手を差し出されて、その手を取れば立ち上がらせてくれた。いつの間にか腰が抜けてたらしい。情けない。手も震えてた。自分が思っている以上に怖かったんだななんて、もう済んだ今だから言える話。
「よし、それじゃあ効果が切れる前にここから離―――」
「?」
「…あらっ?」
ぐ、ぱ、ぐ、ぱ。おじさんは自分の手のひらを開いては閉じる。力を確かめるように。
どうしたのかと首を傾げると、おじさんはかなり焦っているらしい。「俺ここに来てから五分経った?」……いや、そんなには経っていないと思う。
「っかしいなぁ……うっかり発動させちまったが、まだ五分は経ってないはず…」
「五分?」
「あぁ、こっちの話。………じゃあ、とりあえずお嬢ちゃん」
「はい?」
「人呼ぶから、一緒に街まで行くか?」
「……えっ」
それが私と彼らとの、奇妙な物語の始まり。
続きそうな勢い。
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