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「──……へ? おばけ?」

 カタクリくんと出会って三十五回目。十歳の、少しやんちゃで生意気そうな夢の中の"友達"と、雑談をし始めてすぐのことだった。
 その、突拍子の無い単語を耳にしたのは。

「……も、もしかしてこの世界では、普通に幽霊が存在してるの……かな……?」
「あ? なんでおまえがビビるんだ。自分のことだろ」
「私!?」

 えっ!? と驚いた拍子に身体が浮かび上がる。砂浜から二メートルばかし上昇してしまった私に、カタクリくんはそれだと言わんばかりにじとりとした目を向けてきた。反論したいけど説得力が無いことは自分でもわかり、「う……」と唸るだけに終わった。

「おまえがいつ死んだどんな霊かは知らねェが、少なくともおまえを見てる限りじゃ別に害はねーだろ」
「発言の全てを撤回してもらいたい……私はまだ生きてるし、幽霊じゃない……と、思う。いや、うん、絶対、違うと思う! 多分……」
「生き霊ってやつか?」
「違うと思う!!」

 洒落にならないことを言わないで欲しい!!
 思わずありったけの息を使って全力の否定を発すれば、カタクリくんは耳を庇うように顔を逸らし嫌そうな顔をした。まだ隠されていない口元も、今は素直にヘの字に曲がり、顔全体でうるさいという主張を私にしてくる。
 うん、子供は容赦がない。言葉も表情もオブラートがないまま伝えてくる。ましてや十歳のこのカタクリくんは私と喧嘩して仲直りした十二歳の彼ではなく、そして何故か私にやたら親切な大人なカタクリさんでもないのだから。きっと今目の前にいる彼にとっては、私などは何故かやたらとまとわりついてくる幽霊の域を出ていないんだろう。
 そして、幽霊と思われていても尚、怖がられるどころかぞんざいに扱われている、と。

「仮に私が幽霊だったとしたら、縁も所縁も無い君にだけ見えるのも、会ったり会えなかったりするのも変じゃない?」
「……ママに吸いとられてどこかに入れられた魂、ならどうだ?」
「ん……? え……? それどういう仮説かな……?」

 カタクリくんは子供らしいつやつやな眉間を、大人みたいにきゅっと締め「……なんでもねぇ」と呟いた。彼は彼なりに私の存在を疑問視して仮説を立ててくれているようだけど、今のところしっくりくる説はないみたいだった。
 こんなに若い頃から難しい顔をしていると早く更けちゃうよ、と思って、カタクリくんの寄せられた眉間の皺に指を伸ばす。当然ながら解すことも出来ずすかりとすり抜けたけれど、私の意図を察してくれたらしいカタクリさんは嫌々と、深く、大きなため息をはあと吐き出して気を緩めた。

「とにかく。おまえみたいな間抜けな霊もいるんなら、噂の"おばけ"もおれはそんなにビビるようなもんじゃねぇと思ってる」

 いや、だから私は幽霊では──と言いたくなるところをぐっと堪えて無言を貫く。せっかくカタクリくんが軌道修正をしてくれたのだから、堂々巡りは避けるべきだろう。
 ビビるようなものじゃない、と言いながらもどこか強い眼差しを向けてくるカタクリくんに、実際のところその噂を真剣に捉えてはいるんだなと判断した。
 私の最初の質問には答えてもらっていないけど、この世界で本当に当たり前のように幽霊が存在しているのなら私のことを疑ったりはしないし、周りに隠したりもしないはず。そして、今の話も噂じゃなく『おばけが居た』という話として私に伝えるはずだ。
 それをしなかったということは、恐らく存在を認められてはいない……空想の範囲、と考えてもいいだろう。多分。

 (……でも、カタクリくんには……)


「で? どうなんだ」
「ん……?」

 カタクリくんがむっとした顔で大きな口を動かす。「おまえみたいなやつか、違うのか」続けられた言葉に私は首を傾げながら、もう一度会話の流れを思い起こし、再び声をかけられる直前に行き着いた自分の考えに当たり、声にならないままあぁと口の動きだけで応えた。
 ──結論的には……。

「ごめん、私にはわからないや」

 力になれないのは歯がゆい。でも期待を持たせるのも残酷だと思って、はっきりと断言した。
 顔の筋肉が強ばり無力感を隠せないでいると、カタクリくんは「なんだ、使えねぇな」とあっさり返した。それが蔑みでもなければ、慰めでもないことは声音と表情でわかった。私から顔を逸らし何かを考えはじめたカタクリくんは、本当に私に期待をして質問をしたわけではなかったんだろう。

 ……この島では最近、"おばけ"が出る。

 目撃した人の性別も年齢も違ければ、目撃した場所もバラバラ。
 被害という被害は出てないらしく、せいぜい驚いた住人が滑って転けたくらいのものだとは言っていた。
 何を見たのか、何を持って"おばけ"だなんて言われているのかは全くわからない。
 ただ、わからないままに噂が広がっている。

 住人達の大半は、ただ今の暇潰しの話題の種としてまわっている嘘だと笑い飛ばしてはいるらしい。
 私もそう思う。確かに怖い話は好きじゃないから、多少怯えるし気配に過敏になったりもするけど、だからといって完全に信じ込むには至らないと思う。
 だって、"居る"と証明が出来ないから。
 証明が出来ないものは、信じることが出来ない。
 普通なら。
 ──でも、カタクリくんにとっては。

 (……カタクリくんには……普段から"私"を見てるカタクリくんにだけは、噂じゃ済まない)

 ふよふよ浮かび、透け、カタクリくん以外には認識できない"私"という存在。
 これがカタクリくんにとって、ただの噂を現実の可能性として真剣に捉えるに至った、根拠となってしまったのだろう。

「……カタクリくんは、噂のおばけを確かめて、どうするの?」

 何かを地面に書き綴る小さな──といってもやはり平均よりは大きい──背中に声をかける。
 私から顔を逸らし考え続ける彼から「ぶっ潰す」という物騒な一言が返ってきた。透ける相手にどう潰すんだかと苦笑しながら様子を窺っていると、カタクリくんは何てことないように言葉を続けた。

「噂の"おばけ"がどんなやつかなんて知ったこっちゃねェ。でもママのことも兄弟のこともクルーのことも邪魔してくるんなら、おれがぶっ潰す!」

 しゃっ! と書いていた地面を蹴り飛ばし、カタクリくんは目と同じくらいキツく口を引き伸ばす。まるで捕食者だな、なんて思った時に何か既視感を覚えたけれど、深く思い出すのはやめた。
 子供の彼と、もっと後の成長したいつかのカタクリさんは、重なるようで重ならない。

 ただ、今も昔も強く在る彼に、微笑ましく笑みが溢れた。

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