北欧異聞帯後くらい

 ナースと情報を共有したネモは、舵をダ・ヴィンチに任せて医務室に向かった。扉を開け、カルテに書き込むナースを横目に目当てのベッドに近づく。

「軽度の熱中症なんだって?」

 名前は来客に気づくと額の氷嚢を押さえながら、起きなくていいのに体を起こした。

「どうしてここに、って顔だね。僕だって船員の心配くらいするさ」
「わざわざ見舞いに来てくれたの?ありがとう」
「……」

 曇り顔の名前にネモが黙り、会話が途切れる。沈黙の中でペンが文字を綴る音だけが響いた。
 名前はたまに、自分を卑下するようなことを言う。カルデアの面々を見る限り、それは本来の性格ではないのだろう。となると、異聞帯の攻略による影響としか考えられないのだが、原因がわかったところで──わかったからこそ、軽率なことは言えない。ダ・ヴィンチなら気を利かせて気づかないフリをするのだろう。所長だったら困惑した後、「何を言っておる!」と怒ったかもしれない。マシュは……マシュだったら、名前は遠慮なく歓迎しただろう。

 結局ネモは軽く肩をすくめ、思考を切り上げた。

「三時間トレーニングして六時間飲まずにいたんだって?悩むのもいいけど、こまめな水分補給は忘れずにね」
「それ、ナースにも言われたよ」
「医務室を出たらもっと言われると思うよ?心配してたのは僕達だけじゃないからね」
「……うん。心配してくれてありがとう」

 ネモにとって船長とは、船員をまとめ、目的地へと導く存在だ。けれど、船員が自分で考えて答えを見つけ出さなければならない時、船長はどうしたらいいのだろう。

「……そろそろ戻るよ。しばらくは穏やかな航海が続くから、十分な休息には最適だ」

 返事も聞かず、ネモは医務室を後にした。名前がなんと言おうと、船は次の異聞帯に進む。そう思うと少しだけ、ナースが羨ましくなった。

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