「その怪我はなんだ」
紫式部の図書室へ向かう道中、孔明ことエルメロイ2世はポケットから出した手でマスターの腕を引いた。
珍しく長袖の礼装を肘上まで捲っていて、いつもは見えない腕が外気に晒されている。そこには赤黒くて丸い、タバコを押し付けたような痕があった。
「怪我?この通りピンピンしてますけど……」
誤魔化すでもなく、本気で怪我だと認識していない様子に頭痛がした。なぜこんな気持ちにならなければいけないのか、自分の感情すら不可解で腹立たしかった。
名前は人類最後のマスターで、置かれている状況を考慮すれば五体満足で生きているだけ幸運だと言えよう。カルデアに来るまで魔術を知らない一般人だったことも、いくつもの特異点を攻略した今となっては理由にならない。
自分のマスターだから、だろうか。守らなければと思うのは、そうしなければ顕現できないから──
「どうしたの、急に黙って……わっ、ちょっと」
エルメロイ2世は名前の頭を押し付けるように撫でた。これは突き止めるべき問題ではない。マスター経験者として、放置するのは虫の居所が悪いだけだ。それでいい。
けれど、少しだけ本音を言うなら、
「あまり傷をつくるな。見てて痛々しい」
名前は不思議そうに瞬きを繰り返した後、自身の腕とエルメロイ2世を交互に見て、やがて言いづらそうに言った。
「あの……これ、アマゾンの蚊です」