犬も朋輩鷹も朋輩
ハサン一同は困惑していた。
「このチキンうめぇな!ったく、なんでこの味がブリテンにはなかったんだろーな?勝利の味にもってこいだぜ!」
「まあ嬉しいわ。聖都にもいい人がいたのね」
「母さん焼けたよー!」
「今行くわ!」
聖都にいるはずの円卓の騎士モードレッドが呪腕のハサン御用達の店でチキンを貪るように食べている。
一応こうなったのには訳がある。立香たちがオジマンディアスの手配した宿屋で一夜明かし、アトラス院へと向かおうとしたところ、モードレッドに強襲されたのだ。どうやら待ち伏せされていたらしく、ダ・ヴィンチちゃんとマシュは町中ということで動きを制限され、被害を出さないよう防戦一方。するとつまらなくなったのかモードレッドは舌打ちしながら「興が醒めた」と剣を収め、今度は腹が減ったと注文したのだ。そこに静謐のハサンに連れられた呪腕のハサンと百貌のハサンが駆けつけ、人目が付く場所はまずいだろうと昨夜の店に案内した次第である。
「イギリスの料理はまずいってよく聞くけど、ブリテンの頃からまずかったの?」
「そりゃ酷い有様だったぜ。味にこだわる余裕なんてなかったし、贅沢言うなら餓死しろってのが暗黙の了解だったからな」
「そうだったんだ……」
「でもガウェインのマッシュポテトだけはナシだ!飽きる!何でも平気な顔して食っちまう父上も『せめて調味料を入れてください』って言ったくらいだしな!」
このモードレッドには第四特異点での記録があるらしく、立香もマシュもすっかり馴染んでいた。ダ・ヴィンチちゃんも警戒こそすれ、サリアの料理にご満悦なモードレッドを敵視することはなかった。
「キミは聖都側の人間だと聞いていたんだけど、ここには何の用で来たんだい?」
「あん?んなもんテメーらに協力するからに決まってんだろ」
「えっ、協力してくれるの?助かるけど、でもなんで?円卓の騎士は聖都にいるんでしょ?」
「父上がセニカの味方なんだからオレが敵に回るのは当然だろ」
「……?」
「なるほど。キミはブリテンの崩壊を招いた『叛逆の騎士』だったね」
叛逆の騎士。アーサー王の実の姉であるモルガンの魔術によって、ただアルトリアを討ち果たすためだけに生み出されたホムンクルス。そして彼女の願い通りカムランの丘まで王を追い詰め、自らの短い寿命をも散らせた英雄。
しかしモードレッドは肉を水で流して言った。
「崩壊させたのはオレじゃねーけどな」
衝撃の事実にもかかわらず、あまりにも淡白なカミングアウト。だがダ・ヴィンチちゃんは冷静に「どういうことだい?」と食い下がった。
「なんかオレが父上殺して崩壊させたみたいになってるけど、それマーリンの嘘だぞ。確かに殺しかけたことはあるけど、生きてたからノーカンだ。なのにあの野郎、どっちもオレに擦りつけやがって……見つけたらぜってーブッ殺す」
モードレッドは静かに殺意を滾らせた。怒りに同調した魔力が店を圧迫し、ポルターガイストのようにギシギシと音が鳴る。
思えば第四特異点でマーリンのことを「便利だけど気に食わない」と発言していたが、まさかそんな理由があったとは。全員の気持ちを代弁するようにロマニが『やっぱあいつロクデナシだな』と言い放った。
「元はと言えば全部マーリンが悪いんだよ。父上は自分のせいだと思ってるみたいだけどな」
モードレッドは骨だけになったチキンを見下ろし、「馬鹿馬鹿しい……」と小さく悪態をついた。アーサー王伝説もなかなか複雑な事情が絡まっていたが、どうやら真実にも簡単には解けない確執があるようだ。
だがそんな空気を吹き飛ばすようにモードレッドは顔をしかめながら「つーかあの土地よぉ」と故郷の愚痴をこぼし始めた。
「食べ物はロクにねーわ魔獣やら幻獣は彷徨いてるわやたら強い異民族は攻めてくるわ、大陸レベルで呪われてたんじゃねーの?あんなんじゃ誰が王になっても国の存続とか無理だろ。むしろあの条件で王になった父上偉大すぎだろ」
座に迎えられる英雄が集った円卓。魔術師の中でも最高峰に位置するマーリン。そんな彼らが頼りにした賢人セニカ──と、錚々たる英傑揃いでありながらブリテンの崩壊は免れなかった。
なにせ当時ブリテンは神秘が失われたことで従来の食物が育たなくなり、しかし島国ゆえに食料の輸入が難しく、さらに貿易に人員を割いて国防を疎かにすれば魔獣幻獣異民族が入寇してくるというハードモードであった。日本の戦国時代を難易度でいうナイトメアとするなら、ブリテンはインフェルノだろう。下克上の準備すらままならないのだから。
だがマシュにはそれ以上に気になることがあった。
「マーリンさんがアーサー王を殺したのですか?」
「父上があんな奴にやられるわけねーだろ!」
「は、はいっ。すみません。では誰が……?」
「さぁな。少なくともオレが死ぬまでは生きてたよ」
ブリテン崩壊後、モードレッドは王座を退いたアルトリアと改心したモルガンと一緒に隠遁していた。実はモルガンはモードレッドに報告を義務付けていたのだが、何年も変わらない国の実態──全員が日々齷齪と働いて現状維持が限界である困窮ぶりについて知ってしまい、あまりの不憫さから復讐を諦めたのである。
「じゃあマーリンが意図的に崩壊させたとでも?」
「話は終わりだ。オレは外で待ってる」
気分を悪くしたのかダ・ヴィンチちゃんの質問を断ち切ると、モードレッドはそのまま出て行った。
*
「な、なんで……」
ハサン三人に加え、今度は立香たちも困惑していた。ロマニの『複数のサーヴァント反応だ!』という警告を受けて外に急いだところ、店の前に円卓の騎士が勢揃いしていたのだ。
「ワオ、これは壮観だ。写真でも撮りたいね」
「冗談を仰っている場合ですか。叛逆の騎士よ……あなたの言葉は嘘だったのですね?」
呪腕のハサンの声には失望と怒気が混在していた。カルデアの居場所を正確に掴み、この短時間で円卓の騎士を呼び寄せられる人物はモードレッドしかいない。
「あん?オレがいつ嘘ついたんだよ」
「私語を控えろ。王の御前であるぞ」
肩に乗せた剣を弾ませるモードレッドを、黒髪の男が手で制した。
「構いません、サー・アグラヴェイン。今の私はセニカの友に過ぎない。昨日もそう言ったはずです」
「はい……」
「モードレッドも中指を立てるのはやめなさい」
「チッ」
二人を窘めた、青いドレスのような鎧を身に纏った騎士。その正体に思い当たるまで、そう時間はかからなかった。
「申し遅れました。私が名はアルトリア・ペンドラゴン。セニカを止めるため、あなた方と同盟を結びたい」
「いいよ!」
「えっ」
硬直したアルトリアに構わず、立香は中途半端に差し出された手を両手で包んだ。
「良いのですか?我々はセニカの関係者で、正直玉砕覚悟で来たのですが……」
「私もセニカを止めたいし、円卓の騎士が味方なら心強いもん」
「ああ、可愛らしいレディ……あなたはなんと勇敢なのでしょう……」
「サー・アグラヴェイン、アレを」
「はい」
立香の髪に触れようとした赤髪の騎士はアグラヴェインの一撃によって速やかに眠らされた。目覚めと共に激しい頭痛に……いや案外ケロッとしてそうだな、とダ・ヴィンチちゃんは半目で予想した。
『サーヴァントが七騎も増えるなんて頼もしいどころじゃないぞ!?これで聖都にはセニカ一人だ。今すぐ行っても勝てるんじゃないか?』
「……いえ、我々は戦いません」
『戦わない?』
協力するのに戦わないとは、一体どういうことだろうか。不思議そうな、あるいは怪訝そうな視線がアルトリアに向けられる。
「確かに我々が剣を取ればセニカを倒せるでしょう。ですが、それでは彼女の思う壺です」
「そもそもあの人は騎士ではありませんからね。戦っている姿も見たことありませんし」
「私も彼女とは共に軍学を学んだ身なので……おそらく全力では戦えないでしょう」
金髪の美青年ガウェインの言葉に、隻腕の騎士ベディヴィエールが賛同する。
「魔獣や他のサーヴァントであれば排斥しましょう。ですがセニカに剣を向けることはできません。我々は血を流さずとも止められると信じている──いや、今度こそ止めなければならない」
アルトリアは神に祈りを捧げるシスターのように、抜身の聖剣を顔の前に立てて目を伏せた。
「手前勝手だとわかっています。ですが彼女の血は、もう見たくない」