上司が女体化した件
円卓を囲む騎士たちは険しい表情で王の到着を待っていた。彼らは魔獣の討伐や食料調達があるため、全員が一度に召集されることは滅多にない。現に防衛指揮を部下に任せて単身馬を走らせてきたガウェインは、緊急事態が起きたに違いないとその身を強張らせていた。
「ベディヴィエール、王の世話係であるあなたなら何か知っているのでは?」
「いえ、私は何も……。王の身に何かあったのでしょうか……」
「……」
「……」
全員が耳をそばだてた会話は沈黙に早変わりした。
僅かな身じろぎすら許されない緊迫した空気。それを引き裂くように断続的な金属音が響く。
「挨拶は省きます。頭を上げてください」
アーサー王と、その後ろからセニカが入ってくる。あちこちに顔を出しているセニカはともかく、騎士道に準ずる王が敬礼の時間すら惜しいと言わんばかりに振る舞うのは珍しい。だがこの場に集う騎士は誰もが一般兵士を凌駕する戦闘力を持つため、余計な時間を浪費して職務を疎かにする訳にはいかないのだろうと、ガウェインは一人ごちた。
「まずは召集に応じていただき感謝します。手短に言うと、私のことで伝えておきたいことがあります」
手に汗握る、戦闘前の静寂に似た空気が流れる。
口火を切ったのは非戦闘員であるセニカだった。
「みなさん、アーサー王の容姿が変わっていない理由はご存じでしょうか」
「ええ。エクスカリバーの治癒能力が関係しているのでしょう?」
今更何をと思いながらガウェインは答える。するとセニカは深刻そうに言った。
「実は最近、別の副作用が発現してしまったのです」
「王の身に何かあったんですね?」
「はい……性転換です」
ぽかんと口を開く者、聞き間違いかと眉間にシワを寄せる者、呆れた様子でため息をつく者──三者三様の反応を見て、セニカは真剣な顔で言った。
「アーサーはアルトリアになりました」
「「「……」」」
「アーサーはアルトリアに」
「なんで二回も言うんですか!ともかくこれは門外不出、円卓のみが知る情報とします。くれぐれも口外しないように。いいですね?」
セニカの話が嘘でないことは、エクスカリバーをチラつかせて口封じを試みるアーサー・ペンドラゴン改めアルトリア・ペンドラゴンを見れば一目瞭然である。
「なんと恐ろしい……王から男の象徴を奪ってしまうなんて……」
「くっ、代われるものなら私が引き受けたく存じます……!」
「おいたわしやアーサー王……」
ガウェインは鳥肌が立ち、アグラヴェインは空を仰ぎ、トリスタンは一曲ひらめいた。
そんな三人を無視して、ベディヴィエールが「あの……」とそろそろと左手を挙げる。
「エクスカリバーを手放せば元に戻るということでしょうか?」
「しまった……!」
「しまった?」
アルトリアは顔を背けた。このまま剣を返し、もう一つの神造兵器で戦えばいいという流れになってしまえば、産まれた時から女であるアルトリアに逃げ場はない。追い打ちをかけるようにモードレッドが「聖剣なんざなくたって父上は戦えるだろ」と囃し立てる。その通りだから困る。
しかしセニカが助け舟を出した。
「それはどうでしょう……なにせ神造兵器ですからね。後遺症になってしまう可能性もあります」
「ではその場合、王は一生レディとして……」
「そうなります」
ナイスフォローですセニカ!とアルトリアは背中に回した手でサムズアップを送った。
「……それでも我が王であることに変わりありません。このランスロット、より一層の忠誠をあなたに捧げます」
「……そうですね。王よ、恐れることはありません!性別が変わった程度、受け止めてみせましょう」
ランスロットに並び、ガウェインも片膝をついて胸に手を当てた。皆同じ意見だったのだろう。モードレッドとケイは複雑そうだったが、円卓の騎士は揃って二度目の忠誠を誓った。
「……ありがとうございます」
生まれた土地は最悪だが、人には恵まれている。アルトリアはしみじみと、はにかむように笑った。
*
「もしエクスカリバーに意思があったら、よほどの変態じゃない限り怒られるよ」
「言語を話す聖剣ですか。面白い仮定ですね」
一面の花畑に、人影が二つ。
花の印象が強いのか、マーリンが姿を現すとセニカの夢はこの景色に変わる。何をするでもなく舞い上がる花弁を目で追う横顔を見て、先程まで悪夢に魘されていたと当てられる者はいないだろう。
「この世にあるなら見てみたいですね」
「……私は見てほしいけどね」
「知ってるんですか?」
興味が移ったのか、セニカはマーリンを見た。
「……そうだね。私の手にかかれば作れないこともない」
「手作り?それはすごいですね。完成したら見せてください」
「もちろんさ。いつかプレゼントするよ」
マーリンは魔術も剣術もできるが、さすがに神造兵器の作り方は知らない。正確には、知ってはいるが自力で作ることはできない。だが期限は決めてないから嘘ではないと、詐欺師のようなことを考えて、できない口約束をした。
「円卓には言った訳だけど、王妃にはどうするんだい?」
「本当のことを伝えるそうですよ。これでアルトリアは性別を──少なくとも円卓とギネヴィアの前では隠さず振る舞えますし、寵愛のないお飾り姫という冷やかしも減るでしょう」
「なるほど、一石二鳥って訳だ。でもギネヴィアが受け入れなかったらどうするんだい?誰かに喋ってしまうかもしれないよ」
「その可能性は低いと思いますが……そうですね、どうでもいいです」
「……」
自分のようなことを言う、と意外に思ったがセニカはすぐに訂正した。
「間違えました、どちらでもいいです。聖剣に選ばれ、巨人さえ仕留め、竜など物ともしない王ですからね。実は女だった、なんて言ったところで『容姿が幼いから見間違えただけ』『夜伽がない嫌がらせだ』と笑い飛ばされるのが関の山ですよ」
「最初から逃げ道はないってことか。キミ実は予め考えてたんじゃないか?手際が良すぎるだろう」
「考えてませんよ。未来のことなんて考えたくありません」
「……」
普段のセニカより暗い発言が目立つのは、ここが夢の中だからだろう。強引な作戦と願いに対する誠意から誤解されがちだが、根底は悲観的だというのがよくわかる。
「先のことは未来の自分に任せます。潰れたくありませんから」
「……それで何とかなるんだろうけどさ。たまには周りに任せたらどうだい?少なくとも私やアルトリアはキミの力になりたいと思っているよ」
「……ありがとうございます」
その言葉が数年後の起爆剤となるのだが、この時確かに、セニカは一筋の希望を感じていた。自分と対等でいてくれる人たちを信じてみたいと思ったのだ。
だから何もない、ただ美しいだけの景色を眺めながら、セニカは穏やかに笑った。
「……いつか、そんな日が来たらいいですね」
「他人事だなぁ」