父上がやたら自分に厳しい件
「お、珍しいモンつけてんじゃねーか」
すれ違い様に見えたそれに、モードレッドは足を止めた。
苦手なものなどなさそうに見えるセニカだが、本人曰く着飾ることは苦手らしい。
騎士ではないので鎧を身に着ける義務もないし、守りに関しては鎧より頑丈な魔力で事足りるからか、剣戟が響く戦場でも、民を摘もうとする巨人の前でも、セニカはラフな格好でいる。
そんな彼女が髪飾りをつけていたのだ。星にも霜にも見える装飾は余程腕のいい職人が彫ったのか繊細で、シルバーの艶めきは太陽の光を反射して輝いている。質素で色合いに乏しいが、そのシンプルさはセニカにとてもよく似合っていた。
売り物ではなさそうだ、と観察していたモードレッドは、ふとその髪飾りから巧妙に隠された魔力の残滓を感じ取った。
「マーリン……いや、アイツは贈り物なんかしねぇか」
「ええ、これはあなたの母から頂いたものですよ」
「なるほど、俺にはもう一人母上がいるんだな」
「そんなに信じられませんか?ちゃんとモルガンの手作りですよ」
出生にちょっとした事情があるモードレッドだが、母親と言える人物は一人である。だがモルガンは妹(他の円卓のメンバーからすれば弟)のアルトリアを憎んでいて、セニカのことも「魔術師として同等の才能を持つマーリンに気に入られているから」という、セニカからすればとばっちりでしかない理由で嫌っていた。
以前セニカが説得に向かったが、和解に至らず終わったと聞いて「だろうな」と思ったくらいだ。しかし会って二度目でここまで手の込んだものを渡すということは、よほど気に入ったのだろうか。
「あなたのおかげですよ、モードレッド。頼れる情報網からブリテンの現状を詳細に知って、復讐せずとも自滅するだろうからと無干渉を約束してくれたんです。契約書も作ってくれました」
「ああ、だから俺に好きにしろっつったのか……」
モードレッドは最後にモルガンと会った日のことを思い出していた。一言だけ言って追い出されてしまったが、そんな背景があったとは。
それにしても、あのモルガンに契約書を書かせる辺り、抜け目なく対策されている。それともモルガンの気まぐれだろうか。どちらにしろ、たった二回で交渉に漕ぎ着けるなど人間業じゃない。
「柄ではないのは承知していますが、頂いたからにはつけてみようと思いまして。どうでしょう」
「いいんじゃねーの?でもよくマーリンに没収されなかったな」
「それが、『似合ってるけど、そのうち壊れるんじゃないかな』と言われたんですよね……私に合わせて丈夫な作りにしたようなので、そう簡単には壊れないと思うのですが」
壊す気満々じゃねーか。モードレッドは脳内でウインクを飛ばすマーリンを想像してジト目になった。
「あまり喜んでいない様子だったので、てっきりお世辞を使わせるほど似合っていないのかと思っていたのですが……ありがとう、モードレッド。今日一日はこれで過ごしてみます」
「……そうだな。うん、多分大丈夫だろ」
はたして髪飾りから感じる魔力はモルガンのものか、マーリンのものか。どちらに転んでもロクなことがなさそうだったので、モードレッドは言及するのをやめた。
「そういや父上がやけにオレに厳しいんだけど、何でか知ってるか?」
「甘えたいなら素直に申し出てみては?」
「ちげーよ。ただ気になっただけだ」
セニカがアルトリアにモードレッドの存在を教えて以来、アルトリアはモードレッドに対して特別指導をするようになった。剣を交える実戦のみだが、その試合がまるで容赦がないのだ。それはモードレッドも同じだが、竜の炉心を持ち幼少期から鍛えてきたアルトリアとホムンクルスとして調整されたモードレッドでは、経験の差は歴然である。最近は切り結ぶ回数も増えたが、最初は防御に徹しながらも重い一撃で吹き飛ばされることも多かった。
「それは親の情というものでしょう。経緯はどうあれ、あなたはアルトリアの息子ですからね。それに国を滅ぼしてでも激務から救おうとしていると伝えたら『そこまでしなくていいのに!』と飛び出して行ったんですよ」
「へへっ、父上がそんなに喜んでたのか」
「でもアルトリアは国の滅亡を望んでいないので、激務を手伝う方が感謝されるのではないでしょうか」
「それはオレじゃなくたっていいだろ」
「そんなことありませんよ。我が子が味方になってくれるほど心強いことはないでしょう」
「そういうもんなのか?」
「ええ、きっと」
どこか他人事のような物言いをするセニカ。詳しくは知らないが、家族が遠い存在なのだろう、とモードレッドは親近感を覚えた。
「つーか一回目の時、母上に会ってよく無事で帰って来れたな。魔術全部跳ね返したのか?」
「はい。交渉するにはまず相手に不利な立場だと思わせることが大事ですからね。呪いが強くてまだ気分が優れないのですが、我慢した甲斐がありました」
「……魔術戦争が起こらなければいいけどな」
「魔術であれば私の出番ですね」
元凶が解決するとかどんなマッチポンプだ、と思ったが口には出さなかった。
過去は振り返らないし、未来はせいぜい今日のことしか考えない。だというのに用意されたカードで現状を最善に変えてしまうのがセニカという人物だ。おまけに魔術が通じないとくれば、さすがのモルガンも折れるしかなかったのだろう。とんだ爆弾を残していったようだが。
「今からお茶でもと誘われたのですが、モードレッドも一緒にどうでしょう。この機会に親交を深めてみてはいかがですか?」
「いや、オレは父上と勝負するから無理だ。茶を嗜むなんざ柄じゃねぇしな」
そう言って立ち去ろうとしたモードレッドの背中に、優しい声がかかる。
「案外似合うかもしれませんよ。私の髪飾りみたいに」
一緒にすんじゃねぇ。そう言おうとして口を開けたモードレッドは、一拍置いて「気が向いたらな!」と投げやりに答えて去った。
「なぜ招待していない者がいるのだ」
「おや、招待状がなければお邪魔しちゃいけないのかい?それは知らなかったな」
「相変わらずわざとらしい口調だな。虫唾が走る」
「それは失敬。でもセニカは気にしてないみたいだ」
「お前に興味がないだけだろう。手紙一つで呼び出せる我とは大違いだな?」
「…………」
「…………」
「二人共、お茶しないんですか?カップにヒビが入ってますよ」
セニカが紅茶を両手で持ちながらマーリンとモルガンを窘める。
後世にて大魔術師として畏敬される両者の怒気はカップの亀裂どころではなく地割れすら起こしそうな勢いだったが、それ以上に強力な魔力で身を守れるセニカは、二人の喧嘩に辟易としていた。
「その『私を味方につければ勝ち』みたいな争いは何ですか。私が全面的に味方をするのはアルトリアだけです」
「……強情な奴め」
モルガンはアルトリアへの復讐を諦めたが、代わりにとことん嫌がらせをすると決めていた。そこでまずアルトリアに与する中でも話がしやすく、中立に位置するセニカを奪ってやろうと思ったのだが、どうやら当てが外れたらしい。
「ではモードレッドに構うのも奴のためというわけか」
モルガンはセニカを睨みつつ髪を耳にかけた。ついでにちょっと魅了してみたが、やはり弾かれてしまった。すかさず足が氷漬けにされたが、火で溶かしたモルガンは優雅にマーリンに微笑んでやった。
「それだけではありませんが、どの理由もアルトリアに繋がっているのは確かです。彼女は今のブリテンの象徴ですからね」
「それだけか?お前が守りたいのはブリテンであって人ではない。ウーサーから代替わりする時も反対しなかったと聞いている。なぜそこまで入れ込む?」
アルトリアでなくともブリテンが存続することは、先代を見てきたセニカなら理解しているはずだ。ましてセニカは武力を重んじる性格ではない。一体アルトリアの何がそこまで惹きつけるのか、モルガンにはわからなかった。
「言いませんよ。誰にも。アルトリアにも秘密です」
セニカの顔には陰が落ちていた。マーリンも頬杖をついてそっぽを向いているので、聞かされていないのだろう。
「手がかりすら口をつぐむか」
「個人的なことですしね。隣人を愛すために、私は私を戒めなければいけないのです」
「……そうか、よくわかった。教える気がないことがな」
モルガンは両手をあげて息を吐いた。自白させてやりたいが、得意の魔術は通じない。使ってもセニカの隣を陣取る虫に邪魔されてしまうだろう。どうやらセニカの言う通り、今はお茶を楽しむしかないようだ。
と、モルガンは油断していた。
カラン、と金属音が響く。すぐに思い当たったのか、セニカが床に落ちた物を拾い上げる──それはモルガンが贈った銀の髪飾りだった。
「もうっ、二人が魔力を自重しないから壊れてしまったじゃないですか」
「そんなはずない。どれだけ強力な呪い、を……」
しまったと気づくが、口走ってしまったことは取り消せない。マーリンが待ってましたとばかりにニヤニヤし出した。
「おやぁ?プレゼントに呪いをかけるなんて、随分物騒なことをする魔女がいるようだ」
当事者一人、目撃者一人。どちらも記憶消去するには骨が折れる相手であり、モルガンは失敗を悟った。
「……魔術に手違いがあったようだな」
「いえ、気にしないでください。害はなかったので」
「余計ショックなのだが」
「おっと手が滑ったー」
マーリンが短刀で髪飾りにとどめを刺す。せめてもの腹いせに、今度はモルガンがマーリンの足を凍らせた。セニカの前でみっともなく転んでしまえばいい。