息子の職場が面白い件
「マーリンが帰ってこない?」
少し時間があるかと聞いてきたトリスタンに何事か尋ねれば、マーリンのことだった。最近よくマーリン絡みの話を聞かされるのだが、二人はいつ親しくなったのだろうか。正確には親しいというより、トリスタンが一方的に共感しているというか、同情しているような気がするが。
「一週間前から散々悪口を言っても現れないのです。何かあったのではと思いまして……」
「いつものことじゃないですか。可愛い女の子が待ってる、とか言っておけばそのうち来ますよ」
「可愛いレディ……」
「実物じゃありませんよ。嘘でおびき出してみてはってことです」
「あながち嘘ではないような……いえ、今回は少し事情が違うようでして」
心配に混じって若干の愉悦を感じるが、何も言うまい。トリスタンの頼みとあらば引き受けてみせようじゃないか。
「実はいなくなる前、ある場所に向かうと言っていたのですが……おそらくそこで巻き込まれたのでしょう。夢魔の血を引く彼ですら手間取る何かに……」
「それはおもし……一大事ですね。どこに向かったんですか?」
「湖の乙女に会いに行ったようです」
「解散」
「待ってください!」
ただちに踵を返して去ろうとする私の腕を、トリスタンがしっかりと掴む。魔力放出による腕引きの幕開けである。
「いやいや、今ので答えは出ましたから。大丈夫、何があろうとマーリンなら『いやあ死ぬかと思った!でも美女と過ごせたからまあいっか!』とか言って帰ってきますって」
「容易に想像できる……ああ、その信頼を別のところに向けられませんかね……!」
「他にどこを──あ、剣の腕は尊敬してますよ。だからレディに乱暴しないでください!」
「あなたをレディと呼んだら巨人に失礼じゃないですか。とにかくマーリンを探してあげてください。かわいそうなので」
「巨人より私に失礼な発言が聞こえたような気がしたのですが」
「気のせいでしょう」
トリスタンはさらっと嘘をついた。アルトリアやギネヴィアと違ってちょっと扱いが雑なのではと思うこともあったが、まさか巨人以上に見られていたとはショックである。怪力なのは魔力のおかげであって、肉体は非力な方なのに……。
「……わかりました。様子を見に行くだけでいいんですね?」
「くれぐれも途中で引き返さないでくださいね」
「そんなことしませんよ……」
引き受けたからにはやり通す。最近は「セニカに頼めば叶う」とさえ言われているのだ、全戦全勝の記録が途切れるような真似はしたくない。
「では今から行ってきます。アグラヴェインに水路拡張の工事はパーシヴァルに聞くようにと伝えておいてください」
「ええ、お任せください」
トリスタンが去っていくのを確認してから助走をつけ、城の窓から飛び降りる。そして魔力を足に溜め、竜のように空を飛んで行った。
*
風を全身で感じながら改めて考えてみたのだが、美女に囲まれるというのも一種の幸福ではないだろうか。騎士道を重んじる兵士たちは俗っぽいと一蹴するかもしれないが、マーリンは騎士ではない。ならヴィヴィアンとの仲を深めることこそがマーリンの幸せだとしてもおかしくない。
そう思ったセニカは本人に言った。
「どうでしょう。幸せになれそうですか?」
「むしろ幸せから遠ざかった気がするよ」
マーリンは頬をひきつらせながら、なんとか笑みを浮かべた。その後ろにはヴィヴィアンが肩を震わせながら唇を固く結んでいる。それもそうだろう。突然協力してくれと言われて何事かと思いつつ七日待ってみれば、こんなことに巻き込まれていたのだ。しかもマーリンは浮ついた話が多いから無理もないのだが、一度も手を出していないのに自分との関係を誤解されている。
「でもヴィヴィアンは女の私から見ても魅力的ですし、その方がマーリンも幸せに──っ?!」
一条の風がセニカの耳すれすれを通り抜け、後ろにあった木に深々と突き刺さった。それがマーリンの愛用する短剣だと目視したセニカは久々に冷や汗をかいた。
「怒るよ」
振り向いてはいけないと、本能的に感じる。もう激怒してますよと言いかけたのを飲み込み、とにかくこの場を乗り切るため、脳をフル回転させて言葉を絞り出した。
「別の幸せを探しましょうか……」
「うん、私もその方がいいと思うよ」
押し付けだったかと反省するセニカと見事空振りに終わったマーリンをよそに、ヴィヴィアンは「これ絶対妖精に話そう」と決意した。