今度は彼女の幸せを
管制室の空気は重かった。第六特異点から帰還した立香は拳を握り、マシュは何も言わず俯いている。
ロマニを含めスタッフも声をかけようとしたが、やがて同じように口を閉ざした。ゆっくり休んでと言えば二人は従ってくれるだろう。だがそれでは解決しない。かと言って「こういうこともあるさ」と慰めるのは、あまりに無責任だ。
彼らが目撃したのは一端だけだが、アーサー王伝説に隠された悲劇があったと察するには十分だった。少しずつズレ続けた歯車の果てがブリテンの崩壊であり、その悪夢が生まれ変わったifが今回の特異点だったのだろう。
「やれやれ、五体満足で帰ってきたのにおかえりの一言もないのかい?」
静寂を破ったのは余裕の笑みを携えたダ・ヴィンチちゃんだった。スタッフから安堵の眼差しを浴びつつ、天才は静まり返った管制室に美声を響かせる。
「立香ちゃん、マシュ。まずは人理修復ご苦労様。一緒にレイシフトして、キミたちの旅がいかに危険と隣り合わせなのか再認識したよ」
「うん……」
立香は覇気のない声でぽつりぽつりと話し始めた。
「今更だけど……円卓の気持ちがわかったよ。セニカは全部一人で決めて、勝手に消えちゃった」
「……天才は往々にして説明しないからね。まあ彼女の場合は悪役が一人だったっていうのもあるんだろうけど……アーサー王の口ぶりから推測するに、そういう性格なんだろう。あるいは心を失った変化かもね」
初対面で感じた異質。あれはイレギュラーな召喚が招いた綻びだと思っていたが、円卓が触れなかったということは生前からあの調子だったのだろう。言葉を聞かせるだけで人を操り人形に変える、洗脳じみたカリスマ。一人で抱えるには重く、共有するにはリスキーな才能だ。
「それにしても自分を敵に仕立てて消滅を望むなんてとんだ変わり者だったね」
「それダ・ヴィンチちゃんが言う?」
「はい。私も先輩と同じことを言うつもりでした」
顔を上げた立香とマシュがじーっとダ・ヴィンチちゃんを見る。そこに先程までの陰はない。
だからこそダ・ヴィンチちゃんは現実を突きつける。
「もし最初から知っていれば。もっと早くレイシフトしていれば、彼女を止められた……なーんて考えているんだろう?」
立香とマシュに限らず、スタッフも思わず目を見開いた。異常な定礎値を叩き出していたから現地に赴く二人の安全を考慮して避けた。だがもし送り出していたら、マーリンとセニカの結末は違っていたかもしれない。
「遠慮なく言わせてもらうよ。全ては無駄だ」
「無駄って……!わからないかもしれないのに!」
「立香ちゃんのその考え方、人として好感が持てるよ。でも今回ばかりは相手が悪い。セニカは武力を持たずにブリテンを動かした英雄だ。しかも大魔術師の弱体化を受けてあの影響力。真相を知ったところで別のシナリオを用意されるだろうし、最初に人理修復に向かったとしても召喚者はソロモンだ。今の戦力では到底勝ち目がない」
「そんな……」
「確かに、そうかもしれませんが……」
「彼女を止めるにはマーリンの到着が不可欠だった。実際驚いていたし、唯一の読み手が登場する物語は考えられなかったんだろう。だからやっぱり、我々は彼女の仕立てたストーリーに従うしかなかったんだ」
立香もマシュも反論したかった。何か変わるかもしれないと信じたかった。
しかし主張するには足りないものが多過ぎた。
「でも、もうちょっと一緒にいさせてあげたかったな……」
「はい……セニカさん、返事をする間もなく消えてしまいました……」
そんな二人に、ダ・ヴィンチちゃんは片目を閉じて言った。
「だったら、その思いは直接言えばいい。君たちにはその手段があるだろう?」
立香とマシュは顔を見合わせ、叫ぶように言った。
「「ッ──召喚!」」
「早くしないと今度こそ封印されちゃうかもよ?」
「行こう、マシュ!」
「はい!」
二人の足音が廊下に消えていく。その様子を見ながら、ダ・ヴィンチちゃんは「若いっていいねぇ」と微笑んだ。
*
通常の聖杯戦争では狙ったサーヴァントを召喚するため、魔術師たちはそのサーヴァントに所縁ある触媒を用意する。ギルガメッシュであれば最初に脱皮した蛇の化石を、イスカンダルであればマントの切れ端という風に、大金を叩いて手に入れるのだ。
しかし人理が焼却されたカルデアでは触媒を用意することはできない。ほとんど縁が頼りの召喚で、特異点で出会ったサーヴァントが応じてくれるのを願うのみ。
「──告げる」
立香は何度目になるかわからない詠唱を繰り返した。第六特異点で出会ったサーヴァントが何人も来てくれたが、肝心の一人がまだ来ない。
円卓が揃ったタイミングで最初に召喚に応じていた静謐が「マスター、一度お休みになってください」と心配したが、立香は首を振った。
「ありがとう、静謐ちゃん。でもね、どうしても引き合わせたい人がいるの」
これだけサーヴァントが揃ってなお探していると来れば、一人しか当てはまらない。突入前にオジマンディアスから話を聞いた聖地のサーヴァント──その一人である静謐のハサンは、そっと部屋を後にした。自分の出る幕ではない。ならば召喚の結果にかかわらず、マスターの帰りを待つのみだ。
彼女に続いて一人また一人と退室していく。そうして残ったのは立香とマシュ、そして円卓の騎士となった。円卓の騎士は全員が特異点のことを覚えていた。かつて最後まで王に仕えられなかった未練か、同じやり方で死んでいったセニカに対する怒りか……どちらも正しく、他の理由もあるのだろう。
「既に封印されてしまったのでしょうか……」
「それかカルデアの召喚を拒否しているのかもしれませんね」
ベディヴィエールの懸念にトリスタンが続ける。
そこにモードレッドが疑問を呈した。
「でもよぉ、そもそも覚えてんのか?人類史的には約束前のセニカが座にいるんだろ?」
モードレッドの疑問はもっともだった。あのセニカが召喚されたのは人理焼却により抑止が働かず、そこにソロモンの手腕が重なって生じた偶然である。多くの英霊同様、召喚できても特異点での記憶を持たないかもしれないし、ジャンヌ・オルタのように本来座に登録されていないかもしれない。
「あるいは、召喚先を決めているのかもしれません」
アルトリアが静かに告げる。王の発言だからというのもあったが、聞いた瞬間すんなりと納得できた騎士たちは慈悲深い眼差しに注目した。
「あの人はどうしようもなく優しい人です。もし特異点の記録を知ったら、真っ先に会いに行くでしょう」
誰に、と聞くのは野暮だろう。騎士の理を持たないセニカであれば、アルトリアがいるカルデアより優先してもおかしくはない。
「しかし彼が召喚するでしょうか。もう人間らしい心はないのでしょう?」
「違いますよ、サー・ガウェイン。確かに我々の目で見届けましたが、全てではありません」
「…………まさか!」
アルトリアは「そのまさかです」と困った風に笑った。
「そうでなければ、あの反応に説明がつきません。二度目の別れだとしても、あのように居残るなど本来のマーリンならしないでしょう」
やれやれと額に手を当てる者、ぶった切ると憤る者。反応はバラバラだったが、行き着く感想は同じだった。
「……じゃあ望み薄ってことかよ。ったく、ろくなことしねぇな」
「でもマスターは最後まで諦めないようですよ」
彼らの視線の先には立香とマシュがいた。足元には礼装が積まれ、召喚の回数を物語っている。いくつ聖晶石を消費したのだろう。円卓を集合させるだけでもかなりの数を消費したはずだ。しかし自分達のために召喚しようとするマスターを止めるなど、彼らにはできなかった。
「これでラスト……」
立香は一つ深呼吸をして最後の聖晶石を落とした。そして諳んじた詠唱を暗唱し、サークルに手を伸ばす。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!」
サークルが回転を速め、青白い光が柱のように溢れ出す。立香もマシュも、期待と不安の狭間で息をのんだ。特異点で結ばれた縁だけでなく、今は円卓の騎士という触媒もある。もしかしたら、と浮き立つ思いを止められなかった。
そうして長いようで短い時が過ぎ、光が霧散した。
「…………ダメ、かぁ」
立香の手には見慣れた礼装があった。これで聖晶石は尽き、しばらくは召喚できない。そして聖晶石が溜まった頃には、もう封印されているだろう。
「ごめん、みんな……」
「マスターが謝ることではありません。我々のために喚ぼうとしてくれた。その気持ちだけで十分です」
「ま、これでじっっっくり文句も考えられるしな!」
「ええ、積もる話があるのはセニカだけではありませんし。ですよね、ギネヴィア妃と暮らしていたランスロット卿?」
「ガウェイン卿、笑顔を浮かべるならその不穏なオーラをしまって頂きたいのだが……」
「お、暴露大会か?父上の秘密ならたくさんあるぜ!」
「奇遇ですね。私も貴方の秘密をたくさん知っていますよ、モードレッド」
「……ふふ」
地雷とも言える秘密で張り合おうとする彼らを見て、トリスタンは吐息を零すように笑った。一人一倍自由人で表情の読めない彼が、明らかに楽しそうに笑っている。アルトリアが代表して「どうしたんですか」と尋ねた。
「カルデアは素敵な場所ですね」
「……何をわかりきったことを」
そう言ったアルトリアの顔は優しく綻んでいた。数多の英雄が揃い、同時に存在できるこの状況がどれほど素晴らしく、奇跡的なことか──言葉にするまでもない。
「先輩、カルデアの案内は後にしませんか?たくさん聞きたいことはありませが、まずは親交の場を提供するべきかと」
「そうだね。みんな、カルデアの案内は明日でもいいかな?今日は先に………………」
左右を見渡し、足元と背後も確認する。途端に顔色が悪くなった立香に、マシュは言いにくそうに事実を伝えた。
「……はい。みなさん空気を読んで退室してくれたようです……」
「だ、大丈夫かな……意外と良識的なハサンたちはいいとして、ファラオとか三蔵ちゃんとかファラオとか……」
その時、大きな爆発音と瓦礫が雪崩れるような音が響いた。
「マスター、我々は勝手に空き部屋を使うので行ってください」
「ごめん!ほんとにごめん!行こうマシュ!」
「はい!あ、ランスロットさん!後でギャラハットさんとの関係教えてくださいね!」
慌ただしく走り去っていく少女二人を見送り、円卓も召喚ルームを後にした。
「ランスロット卿」
「何ですかガウェイン卿」
「座の知識によるとギネヴィア妃がいながら不貞を働いたそうですが」
「ち、違います!誓ってあの子の母親はギネヴィアです!」
「私は悲しい……円卓最強と謳われた騎士がギネヴィアに化けた女性を間違って襲うなど……」
「完全に誤解です!フった腹いせに言いふらされた嘘をマーリンが採用しただけですから!」
二対一で必死に反論するランスロットに、アルトリアが助け舟を出した。
「ギャラハットは確かにギネヴィアとランスロット卿の子ですよ。ちなみに名付け親は私です」
「お、王も知っていたのですか……?」
「二人共、心を強く持ってください。こんなのまだ序の口です」
「よし!誰が一番爆弾発言できるか勝負しようぜ!」
「悪趣味な……と言いたいところですが、今だけは騎士の称号を捨てましょう。私の直感が勝てると囁いています」
「くっ……ならば私も太陽の騎士の名にかけて参加するまで!」
「特にありませんし、私は聞き手に回りますかね」
「あっ、ずりぃぞトリスタン!お前も参加しろ!」
そこには隠し事と後悔だらけのカミングアウトで張り合おうとする円卓の騎士がいた。だがくだらないことで騒ぐ時間こそ、彼らに一番必要なものだったのだろう。
そんな彼らの後ろで、ベディヴィエールは足を止めていた。カルデアの外は白く、あの日のように雪が積もっている。
「無事に再会できているといいのですが……」
伸ばした手は厚いガラスに阻まれた。魔術の効果か科学の成果か、壁からは熱も寒さも感じられない。
「サー・ベディヴィエール?」
いないことに気づいたアルトリアが立ち止まり、声をかけた。足を止めた王から連鎖し、全員がベディヴィエールを見る。
一瞬で自分の行動を振り返り、感傷に浸っていたと気づいたベディヴィエールは気恥ずかしさから慌てて手を離した。
「な、何でもありません……」
「大丈夫ですよ」
アルトリアはもう一度「大丈夫です」と繰り返した。二人の間には、それで十分だった。
「貴方も参加しますか?それとも会場のセッティングをお願いしましょうか」
「……いえ、私も参加させてください。とっておきの秘密があるんです」
ベディヴィエールは確かな足取りで、無邪気に笑う王の隣に並んだ。
今はただ願うだけだ。ガラスの向こうの遠い地で、彼女に幸せが訪れますようにと。