エスコートすると視線を感じる件

 ランスロットは騎士の中の騎士である。女性には優しく接し、僅かな段差であろうとエスコートを欠かさない。それは多くの兵士にとって性別を超越した存在であり、滅多に女性扱いされないセニカに対しても変わらなかった。

「!獣の気配がします。お下がりください」

 おそらく無意識に、腕で遠ざけるように背後に下がらせるランスロット。魔獣ならともかく獣程度では傷一つつかないとはいえ、これにはセニカも頬を緩めた。

「では私は水を取りに行ってきますね」
「いえ、その細腕に城より重いものなど持たせられません」
「どれだけ持って来ると思っているんですか。湖が干上がってしまいますよ」
「我らが城は妖精が一夜にして建てたのでしょう?でしたら軽いのでは」
「夢のある話ですが、剣圧で吹き飛ぶような城は拠点にならないかと……」
「それもそうですね。しかし来ませんね……罠にかかったのでしょうか。あのアリ地獄の如き罠に」
「では先に水を汲みに行きましょう。手伝ってくれますか、ランスロット」
「勿論です、レディ」

 ブリテンはとにかく作物の育ちが悪い。これには土地から神秘が消え失せ、従来の食物が育たなくなっているからという理由があるのだが、そんなこと当時生きる人達が気づく訳もなく、セニカとランスロットは手当たり次第に試しているのだった。



「わからないな。わざわざ水を汲まなくたって魔術を使えば一瞬じゃないか」

 目的地に着くと、千里眼で先回りをしていたのだろうマーリンが井戸の縁に腰かけていた。

「市民全員が魔術を使える訳ではありませんし、共通の目的のために同じ労働をすれば会話の糸口になります。何より連帯感が高まるでしょう?」
「そんなに上手くいくかな……」

 マーリンは畑の手入れなどわからないからと手伝いはしないが、毎回姿を現してはこうして口を挟むのだ。今回は故意なのかわざとなのか意図的なのか、位置的に水汲み作業の邪魔な場所に居座っている。

 畑作業でしか会わないランスロットは遠慮もあって実力行使には出れなかったが、円卓の騎士より付き合いの長いセニカは慣れた様子でマーリンの足を引っ張り始めた。

「はいそこ降りてくださいね」
「扱いが雑じゃないかなキミ!?でも私は負けないよ!」
「どうして張り合うんですか。無駄な抵抗はやめてどいてください」
「セニカ、力仕事であれば私が代わりましょう。あなたの手を煩わせるのは忍びない」
「ありがとうございます。ではお願いしましょうか」
「そういう変化は求めてない!」

 マーリンは掴まれていた手を蹴りほどくと、長い足で器用にセニカを引き込んだ。
 これが非力な町娘であれば凭れるようにバランスを崩して「きゃっ、ごめんなさい……!」「いいのさ、ほら私に身を任せて……」と甘い空気が流れたのだろうが、支えようと待機していた両腕の出番はなかった。

 生憎セニカは膨大な魔力を持て余す、いわば歩く魔力障壁である。身にまとう魔力は不意の一振りすら弾き、肉体に傷一つ許さない。この程度の衝撃は両足の魔力を軽く操作するだけで踏ん張れてしまったのだ。

「キミのドレスは手強いよねぇ」
「?普段着なのですが……それより何を考えているのですか。この井戸、深いんですよ」
「心配してくれるのかい?嬉しいな」
「いえ、あなたの生死より井戸が詰まらないかが心配です」
「うーん正直!」

 セニカを足に閉じ込めたまま、じゃれているような、距離を測りかねているような会話が続く。

 魔力を放出させれば簡単に脱出できるのにそれをしないのは、単に井戸を壊したくないからだろう。この井戸にかけた労力と時間を思えば、修復する手間を避けようと考えるのも頷ける。

 しかし、だからといってマーリンの行為を野放しにするのはランスロットの矜持に反することだった。

「あの、レディに対してそのエスコートはどうかと思うのですが」
「ランスロットにはこれがエスコートに見えると」
「訂正します。まったく見えません」
「ええそうでしょうとも。如何なる時もあなたの騎士道は素晴らしいですからね」
「お褒め頂き光栄です。ですが私としては当然のことをしているだけですよ」
「……そういうところが好かれる由縁なのでしょうね」

 子供の成長を見守る親のようにセニカが微笑んだ。だがその表情を変えるべくマーリンの手が頬に伸ばされる。と同時に足が地に下ろされたが、恥も嫌悪もないセニカは動かなかった。

「私だって優しくできるさ。邪魔するのと同じくらい助けてるだろう?」
「それは重々承知しています。でもどうにも怪しいというか……純粋な優しさではないような気がしてしまうのです」
「………………。うん、多少不純であることは認めよう。でも違うんだ。至って純粋な動機だということは理解してほしい!」
「純粋な不純は不純なままなのでは?」
「えい」

 マーリン的に余計なことを言ったランスロットは強制的に眠らされた。

「絶対これは邪魔ですよね。畑仕事の妨害です」
「じゃあ私が全種族に優しくなって引く手数多のモテモテお兄さんになってもいいのかい!?嫌だろう?嫌だよね?嫌だと言ってくれ!」
「嫌がられると嬉しくなる性癖だったのですか……?」
「間違いではないけど完全に誤解だ!だから怯えないでくれ!」
「怯えてませんが……」

 パッと降伏するように両手をあげるマーリン。だがセニカのいつもと変わらない顔色を見て、ほっと胸を撫で下ろした。

「モテモテになりたいなら協力しますよ」
「うん知ってた」
「でもこうして話す時間が減るのは寂しくなりますね。あなたは善い人ですから」
「……、そう」

 善い人。その言葉に、やはり思い出していたのかと顔を強張らせた。何も知らなければ「寂しがってくれるんだね!」と喜べたのだろうが、マーリンはセニカが平穏とは程遠いブリテンを理想郷と尊ぶ理由を何度も見てしまっている。

 その中で勘付いてしまった答え──きっとセニカにとって「彼ら」以外は全て善人なのだ。ブリテンに攻め入る異民族も、王に反乱する諸侯も、彼女の定義では悪にならない。

「嫌がっても不満なんですね」
「そうだね。不満しかないよ」

 何度助けたいと思ったことだろう。だが助けるには出会うのが遅すぎた。マーリンがおとぎ話のように颯爽と登場してセニカを守れるのは、悪夢の中だけだ。その記憶も自分が消しているのだから、誰にとっての悪夢なのやらと渇いた笑みがこぼれてしまう。

 実際にセニカを助けたのは別の男だった。王子様のように現れることもなく、剣や魔術を使うこともなく、ただ天から声を届けるだけで救ってしまった救世主。今も敬虔な祈りを捧げ、彼に倣うように言葉で人を動かすのだから、影響力は絶大なのだろう。その役は自分が引き受けたかったと思ってしまうのは、傲慢だろうか。

「人間なんて不満だらけの生き物ですよ。でもその不満さえ解決すれば願いが叶うかもしれません」
「解決しなかったらどうするんだい?」
「解決するまで粘るだけです」
「それはいいことを聞いた。ぜひ付きまとってくれ」

 セニカは「では早速」とマーリンに抱きついた。唐突のデレに固まるマーリン。
 だが淡い期待はすぐに飛んでいった。セニカは強化した腕でマーリンをぬいぐるみのように井戸から抱え下ろしたのだ。

「あなたはランスロットを起こしてください。その間に水を汲んでおきますので」

 油断している隙に動かしてしまおうと思ったのだろう。許容範囲を知れたことは大きいが、何か敗北したような悔しさがある。これさえすれば動いてくれると思われているような気がしてならない。

「なんて巧妙な罠なんだ……」
「あ、見ましたか?今回のは自信作ですよ」
「でも柔らかかった……」
「もっと硬化すべきでしょうか」
「……いや、今のままでいいよ」

INDEX

TOP