ババ抜き
西部絢爛賭場、ラスベガス──それはアメリカ西部の砂漠地帯に現れた、例の如き微小特異点である。他の特異点との差異を挙げるなら、その限られた期間だろう。カルデアに召喚されたサーヴァントがこぞって羽目を外す、長く短い一夏を彩る祭り舞台。男女問わず水着に着替え、プールやカジノや趣味に浸る、まさに狂乱と快楽の都市。
そこにギャンブルを知らないサーヴァントが迷い込んだ。
*
「水着、剣豪……???」
セニカは思わず復唱した。抑止から特異点の情報をもらったはいいが、内容がさっぱり理解できない。これまでいくつか特異点を渡り歩いてきたが、今回は水着のサーヴァント七騎が頂点を決する特異点らしい。しかし水着である必要はあるのだろうか。まさか戦闘ではなく、水着のデザインを競ってナンバーワンを決める試合ということか。しかし何を以て剣豪と言うのか謎である。
順当に考えるなら、同じように水着になって勝負に挑むべきなのだろう。黒幕やフィールドそのものを破壊する手もあるが、これまでの経験上うまくいかないことの方が多かった。
しかし普段から露出を控えるセニカにとってビキニの布面積は最大の難関である。マーリンに出場させよう。まさか七騎のサーヴァントが全員女性であるとは知らず、セニカははぐれたマスターに任せることにした。
方針が決まれば、あとは計画を練るだけである。まずはフィールドワークついでに水着剣豪について調べよう、とさっそく道なりに歩き始めたセニカだったが、「おい!」と誰かに手首を捕まえられた。
「モードレッド……?」
ぽつりと零れ落ちた言葉に、モードレッドは不機嫌そうに眉を寄せた。
「お前なんでこんなところでほっつき歩いてるんだ?マーリンの野郎、もったいぶって何してんだか……あ、特異点のこと覚えてるよな?」
「もちろん覚えていますが……どうしてスーツを?この特異点にはスーツ剣豪なる者もいるのでしょうか」
「はあ?んなわけねーだろ。これは大人の父上が着ろって言うから仕方なく着てやってんだよ」
「大人の父上……?アルトリア以外に父親はいないはずですが」
「父上が霊基変換すると大人になるんだよ。今はバニーでルーラーだけどな」
「よくわかりませんが、聖剣返還後のアルトリアですか……綺麗な女性に育っているんでしょうね」
「じゃあ決まりだな!父上んとこ行くぞ!」
「では道案内をお願いします」
上機嫌になったモードレッドの隣に並びながら、セニカは目的地らしい大きな建造物を見上げた。
マーリンが何やら関わっているようだが、口ぶりからしてサプライズで円卓と会わせようとしていたのだろう。勝手に会ってしまうのは申し訳ない気もするが、アルトリアに会いたい気持ちには勝てなかった。
「フライングで見たらアイツら腰抜かすかもな!」
「あなたも腰を抜かしましたか?」
「別に、ほんのちょっと驚いただけだ。もう来てるってことはわかってたしな」
「?私が来たのはつい先程ですが」
「……。」
ピタリと立ち止まり、たっぷり時間をかけて言葉の意味を理解したモードレッドは、青空に向けてマーリンの名を叫んだ。
カジノ・キャメロットと呼ばれる建物の最奥、極一部の勝者だけが出入りを許されるVIPルーム。そこで身長的にもバスト的にも成長したアルトリア達と対面しつつ、セニカは再会を喜んでいた。
だがしかし、感動の再会も衣装次第では涙が引っ込む。特に水着ですらないアルトリアには疑問しか浮かばない。
「この特異点にはまともな格好をしていると殺されるルールでもあるんですか?」
「いえ、これはガウェイン卿とランスロット卿に教えて頂きました。華やかな場にはバニーの装いこそふさわしい、と」
「初耳ですが……」
ガウェインとランスロットに疑いの目を向けると、二人は慌てたように声を張り上げた。
「華やかな場と言いますか、これはカジノにおける暗黙のルールなのです!」
「今日のランスロット卿は冴えている!そう、カジノです!セニカ殿はギャンブルとは無縁ですから知らなくても無理はないかと!」
「カジノのしきたりでしたか。疑ってすみません」
「「いえいえ!」」
二人は満面の笑みで片手を挙げ、互いの手のひらをぶつけて大きな音を鳴らした。もはやバニーの真実を死守していると言ってもいい。
モードレッドはダメだこいつら、と呆れたが、当のアルトリアが満足そうにしているのを見て何も言わなかった。
「あの、水着剣豪とはどういう存在なのでしょうか」
「そう焦らないでください。マスターが動いていますし、解決するのも時間の問題です。ここで貴方はすべきことは、我々と歓談することですよ」
そう言って緩んだ頬をさらに破顔させるアルトリア。散々迷惑をかけた円卓の、まして彼女の提案とあってはセニカに断れるはずがない。しかも特異点の解決は早急ではないと来た。
「では、少しの間お世話になってもいいでしょうか」
「少しと言わず、ずっといてください。魔力が足りなくともマスターはカルデアにもいますよ」
「せっかくのお誘いですが、私のマスターはあの人だけです。少なくとも私から契約を切ることはありません」
その言葉に、バニーガールは騎士王の片鱗を見せる。
「……でも貴方を放って取り返しにも来ない」
アルトリアは苛立ちを隠さずに言った。何やら暗躍しているようだが、どこをふらついているのやら。セニカに関することなら信用できると思っていたが、モードレッドの話によれば召喚されたばかりらしい。これでは数日前の「安全な場所で待機しているよ」という言葉さえ疑わしい。
「私は単独顕現できますし、別々に飛ばされるのはよくあることなので気にしないでください」
「……いいでしょう。我々にも策があります」
セニカはどんな策か気になったが、ホールに女性が溢れていると連絡が入り、それどころではなくなった。アロハ三騎士とモードレッドが部屋を後にする。
しかしアルトリアは優雅にトランプを取り出した。
「行かなくて良かったのですか?」
「私はVIP客の相手をしなければいけませんからね」
「ギャンブルをしたことがないVIP客ですけどね」
「ではレクチャーしましょう。まずはババ抜きでもしましょうか」
「トランプもギャンブルになるのですか?」
「!?」
バサバサッとカードが床に散らばった。
「アルトリア?」
「し、失礼、予想以上に初心者だったので……」
「今まで覚えようとしていませんでしたからね。でもアルトリア先生が教えてくれるなら覚えますよ」
「先生……いい響きですね。もっと呼んでください。バニーの次は教師を目指します」
「アルトリア先生は多才ですね」
別の扉を開いたと気づかないまま、配られたカードを手に取りつつセニカは尋ねた。
「ところで、ベディヴィエールは?」
「……気になりますか?」
意味深長に真剣な顔をするアルトリアに、「ええ」と肯定を返す。円卓の中で一番交流があった人物が一向に現れないのだ。彼の性格からして避けられているわけではないのだろうが、近いからこそ失望させてしまったかと不安がよぎる。
「今は休憩で席を外しています。そのうち戻って来ますよ」
「そうですか」
「……実際のところ、どう思っているんですか」
表情から緊張が抜けたセニカを、アルトリアは静かに観察する。自分に向ける無条件の甘さとは違う、しかし言葉少なながらに確信したマーリンへの忠誠とも別種の何か。それこそが本当の思いなのではと穿ってしまうのだ。カルデアでベディヴィエールから話を聞いて、その疑惑は深まっていた。
「あなたと恋バナをするのは初めてでしたね」
「……そうですね。ギネヴィアの惚気は散々聞かされましたが、私も貴方も縁がなかった」
「何もありませんよ。ベディヴィエールは善意から私を助けようとしてくれた。そこに感謝はあっても、マーリンを上回ることはありません」
「ではもしマーリンがいなかったら?」
「意味のない仮定です」
セニカはきっぱりと言った。だがアルトリアには考えないことで逃げようとしているとしか思えなかった。
自分でも気づいたのか、セニカは「ですが、」と言葉を続ける。
「もしマーリンがいなかったら、と考えたことはあります。心が手元にあれば、ベディヴィエールの優しさに気づけたかもしれない、と」
おそらくマーリンも聞いたことがない本音を吐露している。そのことに若干の興奮と優越感を覚えながら、アルトリアは耳を傾ける。
「でも気づかなくて良かったんです。今の幸せを手放す方が、ずっと恐ろしい。ベディヴィエールはほんの少し特別な存在ではありますが、私が好きなのは──愛したいと思うのは、マーリンだけなので」
「……貴方から惚気が聞けるとは」
「この程度で惚気になるんですか?ギネヴィアには永遠に勝てそうにありませんね」
「あれは呪詛の域に達しています。同じ土俵に立つことすら難しい」
ギネヴィアに会いに行っていた、というよりは、惚気を聞きに行っていた、と言った方が正しいくらいだ。おかげでアルトリアもセニカも、ランスロットのどうでもいい情報まで知っている。
「あなたも王を退いてからモテモテだったと聞きましたよ。求婚に応じなかったのですか?」
「乗り気ではなかったというのもありますが、モルガンとモードレッドだけになると何をしでかすか……」
「モルガンは面白い人ですからね。暇つぶしにドラゴンの栽培とか始めそうです」
「それはもうやりました」
「やっちゃいましたか」
「毎日肝を冷やしましたよ……不可視の結界があるとはいえ、庭で炎の息吹が乱発しているんですよ?」
「悠々自適な隠遁生活ですね。カルデアにモルガンが召喚されたらどうなってしまうのでしょう」
「貴方が言うと実現してしまいそうです」
アルトリアはものすごく嫌そうに言った。モルガンがいるカルデアを想像してしまったからか、ジョーカーを引いてしまったからか……十割前者だった。
「スキルを使えばできますが……やめた方がよさそうですね」
「そうしてください。カルデアを侵略されるのも困りますし、カジノ・キャメロットを乗っ取られるわけにもいきません」
「特異点の解決が遠ざかるのは確実ですね。私も仕事が増えるのは遠慮したいです」
「仕事?マーリンから何か頼まれているんですか?」
「いえ、抑止からの依頼です。そういえば説明していませんでしたね。私もマーリンも、抑止の守護者になったんですよ」
「よくしのしゅごしゃ」
さらりと言う割に重大なカミングアウトである。そういうことは早く言えと取り乱したくなる気持ちを抑えつつ、アルトリアは額に手を当てる。
「だから単独顕現……飛ばされるとは、抑止にでしたか……それにしてもマーリンが抑止の守護者とは似合いませんね」
「最初は私一人で守るつもりでしたが、巻き込んでしまいました」
困ったような、けれど嬉しさを滲ませてセニカは微笑んだ。聖母の絵画とは似つかない、人間らしい表情を見て、アルトリアは安堵の息を零す。
「やはり貴方はこちらの方がいい」
「私もそう思います。今振り返っても、ブリテンを追い出されなかったのが不思議なくらいですよ」
「……確かに貴方は間違えていた。しかし、その過程で救われた人達がいたことも確かです。私もその一人でした」
互いの手札が終わりに近づく。
「そうですね、負けたら一つ質問できる。勝った方は絶対に答える。これでどうでしょう」
「逆ではありませんか?」
「いいんですよ」
アルトリアはセニカが負けようとしていることに気づいていた。奥底にある罪悪感がそうさせているのかもしれないが、そんな気遣いは欲しくない。
ジョーカーを引かれても、次の番で引き返す。今のアルトリアはルーラーにしてカジノのオーナーでもある。曇り顔になっていくセニカを見れば、どのカードがジョーカーか見極めるなど容易いことだった。
そして──
「私の負けです」
対マーリン用に千里眼防止結界を編み込んだVIPルームで、アルトリアは嬉しそうに最後の一枚をテーブルに置いた。