アンティ
最後の水着剣豪が待つカジノ・キャメロットの視察にやって来たマスター一行は、門の前で見覚えのある人物を見つけた。
足首まで届く白い長髪、身の丈ほどの杖、足元に咲き乱れる花──
「マーリン!」
「マーリンさん!」
「フォウ!フォフォーウ!」
真っ先に駆け寄った立香とマシュだったが、何やら様子がおかしい。恨みがましい視線をカジノ・キャメロットに投げ、ブツブツと不穏な詠唱を呟き、地面には紫紺の紋様が浮かび上がっている。
「あ、あのー……?」
「ああ、キミ達か。悪いけど再会を楽しんでいる余裕はないんだ」
立香とマシュを一瞥してそう言うと、また作業に戻ってしまった。第六特異点ぶりに会ったというのに、辛辣な対応である。
マーリンとセニカには山ほど言いたいことが……と腹を立てると同時に、二人はいるはずの人物が見当たらないことに気づいた。
「セニカは?」
不意に不気味な詠唱が止まる。
街の喧騒が遠のき、嫌な予感が首筋をかすめた。
「私にもわからないんだ。アヴァロンにいるはずなんだけど……」
「では、マーリンさんはここで何を……?」
「探知したらここに入った形跡があってね。でもこの壁が入れてくれないし、とりあえず従業員の眼球を風船に変える魔術でもかけようかと思って」
「ヒエ……」
最大の幸運はここにナイチンゲールやアスクレピオスがいなかったことだろう。もしこの場にいたらナイチンゲールは何が何でも阻止しようと殴りかかり、アスクレピオスであれば「症例が増えるなら大歓迎だ」と意気揚々と手伝ったはずだ。
「その探し人は客ってことかい?従業員ならひでぇ目に遭っちまうみてぇだが……」
追いついた北斎が聞き取れた言葉に反応する。エキセントリックな嫌がらせをスルーできたのは、芸術家としての視点ゆえか。
「なるほど、その可能性は思いつかなかった。危ない危ない、セニカに叱られるところだった」
「発言と殺気が一致してないぞ……」
冷静に分析するジークフリート。叡智の結晶たる眼鏡の輝きは、今のマーリンをシグルドに対するブリュンヒルデと重ね合わせていた。完全に一致するわけではないが、「敵に渡るくらいなら私が殺すよ。当然だろう?」とか言い出しそうな雰囲気である。
「何を騒いでいるのですか」
まるで惑星がのしかかったような、圧倒的な質量。凍てついた氷柱のように肌を貫く鋭い殺気。美しい容貌を際立たせる翡翠の瞳は、激しい憤怒によって静かに煮え立っている。
「出たな、水着獅子王……!」
「んん?な、なんかやる気すごくない?」
伊織ちゃん(仮)が狼狽るが、当の本人はただ一人──マーリンを冷ややかに見据えている。何やらただならぬ様子の円卓関係者に、割り入って事情を聞き出す命知らずはここにはいなかった。
「貴方でもこの壁は超えられませんか。モルガンの知恵を応用した甲斐がありました」
「いいや、この程度なら冷凍庫に入れた板チョコよりも簡単に割れるよ。でもラスベガスが消滅したら困るだろう?」
「それはお互い様でしょう。おかげで二人きりで教える予定が台無しです。席を外したのは一瞬だというのに、どうやって攫ったのですか」
「私のセリフを取らないでくれ。マスター権限すら使えなくするのはやりすぎじゃないか?」
「何のことでしょう。彼女、貴方がいなくても楽しそうでしたよ。守れないなら鎖を解いてはいかがですか?」
「その霊基は随分強気だね。母性と友情を取り違えているみたいだ」
「誤魔化さないでください。私が要求することはただ一つです」
「気が合うね。私も言いたいことは一つだけだ」
「セニカを返しなさい」
「セニカを返してくれるかな」
沈黙が訪れる。
見守っていた面々も、ぽかんと口を開けるしかなかった。
「どういうことですか。私は貴方が連れ帰ったものだと……」
「それはキミ達だろう。私はこの特異点でセニカに会ってない。わかっているのは最後に足を踏み入れた場所がここってことだけだ」
「…………。」
「…………。」
急速に怒りがしぼみ、不吉な気配が舞い上がる。
誤解が解けた今、残ったのはセニカが行方不明という事実のみ。
「葛飾北斎と言いましたね」
「お、おう!なんでぃ!」
「試合は無期限で延期とします。気に入らなければ貴方の不戦勝でも構いませんが……」
「ここまで来てンな卑怯な真似できるかってンだ!正々堂々戦ってやるサァ!」
「ではそのように。私はセニカを探します」
「ああ待って!」
伊織ちゃんが踵を返そうとした水着獅子王に待ったをかける。
実は彼女には重大な秘密があった。日の本一と謳われる剣豪、宮本武蔵の縁者を名乗る伊織ちゃんだが、その正体はなんとご本人である。そしてこの特異点を生み出した元凶でもあり、もう一人の自分を何とか打倒してもらうため、アルトリアにもマーリンにも協力してもらっている。
その二人が困っている。ならば手伝わない選択肢など存在しないも同然だった。
「ねぇマスター、私達も手伝いましょう?人探しは人数が多い方がいいって相場が決まってるもの!」
「そうだね。分担して探そう!いいかな、みんな」
マスターの問いかけに、ある者は快諾を、ある者は渋りつつも賛成する。
マシュと立香以外は対面したことすらなかったが、円卓の話によく出てくる人物なのは知っていた。そんな彼女が消えたとあらば円卓が動くのはわかっていたし、放っておけばラスベガスが消滅の危機に陥ることはさっき目の当たりにしていた。
「私は円卓と合流します。貴方たちはどうしますか?」
「マーリンさんとご一緒するか、別々に探すか、ですね。ここはご一緒した方がいいかもしれません」
「そうだな。俺達は彼女を知っているが、行動を予測することは難しい」
「じゃあ決まりね!水着獅子王さん、見つかったら教えて頂戴!」
伊織ちゃんの言葉に片手を挙げて応じ、そのまま消えたアルトリア。その姿は美人画も嗜む北斎の芸術魂に直撃した。
「痺れるネェ。ああいう美女を描いてみたいもンだ」
「でも美人が怒ると怖いって言うけど、姫もあれは想定外かも……」
「霊基のせいもあるんだろうね」
するりと会話に混ざったマーリンに、全員の視線が集中する。
「水着獅子王がカジノディーラーになったのは副作用みたいなものでね。本質は色々拗らせてるだけなんだよ」
「それは貴方も同じじゃなくて?」
ずっと静観していた謎のアルターエゴが口を開いた。
「大体そんなに大事ならちゃんと見張っとなさいよ。彼女が消えた時、貴方何をしていたの?」
ごもっともな意見に、マーリンはため息交じりに「準備さ」と肩をすくめた。
「用意が整うまでアヴァロンにいてもらう予定だったんだけど、抑止が勝手に飛ばしたみたいでね。まったく、私の千里眼も万能じゃないっていうのに」
「随分と落ち着いているが、居場所がわからない方が問題じゃないのか?セニカはキミの大切な人なのだろう?」
円卓からエピソードを聞かされていた一人、ジークフリートが表情を曇らせる。行方不明だと判明したのに、今のマーリンに焦りは見られないのはなぜだろう。
「そういうのは魔術で抑えたからね。ついでに令呪で呼び寄せたいけど、残さないとだろうしなぁ……」
マーリンの手の甲に刻まれている令呪は、残り一画となっていた。まだ契約は切られていないのだ。そして特異点が解決していないということは、まだラスベガスのどこかにいる。
証拠とするには頼りないが、何が琴線となるかわからない以上、それを指摘する愚か者はいなかった。
「それにしてもセニカさん、何も言わずにいなくなってしまったのでしょうか……」
「フォーウ……」
「mysteriousなcrazy lady……shadowすら掴めないcrazy cat……一体どこに隠れたのかしら」
「セニカは猫よりシカっぽいかな。理由はないけど」
crazyは否定しないんだ……。
この場にいる者の心情が一致した瞬間だった。
「私はパスするわ。スタァが駆けまわるなんてはしたないもの」
「ごめんなさい、私もちょっと野暮用ができちゃって……でも決戦までには戻るわ!」
「言い出したのは貴方なのに……あ、もちろん私はご一緒させて頂くわよ?まだ盗めてないもの」
「姫もついて行くよー。原稿のネタになるなら、たとえ火の中水の中!」
「刑部姫さんが原稿に追われない日はあるのでしょうか……」
この時、マシュの疑問も耳に入らないくらい刑部姫はワクワクしていた。今は平然としているが、あの取り乱しようは絶対に良い資料になる。ていうかする。
「ふふん、特等席は死守します!」
「刑部姫がいつになくやる気だ……」
「キミ達、ついて来てもいいけど身の安全は保障しないよ」
「「え?」」
緩み出した空気に冷気が漂う。
戦地に赴くわけでもなく、ただセニカを探すだけだというのに忠告が必要だろうか。確かに大事件の当事者になっていても違和感はないが……。
しかし、刑部姫だけはマーリンの言葉の意味を理解していた。数多の同人誌を読み、描き続けた経験がここで生きる。
「ほら、セニカに何かあったら仕留めなきゃだろう?」
俺が怪我させるってやつだー!と目を輝かせる刑部姫。リアルで聞けた感動で頬が緩みそうになるが、急いでぎゅむぎゅむと揉んで誤魔化した。足を引っ張るような真似をすれば、確実に、爽やかに怒りを散らす魔術師に眼球を風船に変えられるだろう。
「仕留めるって誰を……」
「なんだい?」
「な、何でもないわ」
浮かれる刑部姫とは対照的に、カーミラは深淵を覗きかけた。その先は危険だと察知できたのは思わぬ僥倖だろう。さらに深みに嵌った感は否めないが。
「それで、探す当てはあるのかしら?私は盗むのは得意だけど、流石に知らないものは探せないわよ」
「ああ、それは大丈夫。妙な場所があるんだ」
「妙な場所?」
「ここには妙な場所しかないと思うのだが……」と困惑するジークフリート。この特異点にあるカジノは英霊がオーナーなだけあって、どれも一風変わっている。刑部姫のHIMEJIカジノではサバゲーかできたり、ニトクリスのファラオカジノはメジェドが溢れていたり、と一般的とは言えない代物ばかりである。
「実はカジノ・キャメロットには私の千里眼が通じない空間があったんだけど、似たような建物が他にもあってね。ここにいないなら、そっちにいる……かも」
自信がないのか、煮え切らない態度を取るマーリン。本人は万能ではないと言ったが、千里眼を持つ人物など歴史上に数人しかいない。まして現在を見渡す眼となると、この魔術師の右に出る者はいないだろう。
「他に心当たりはないのだろう?」
「そうなんだけど、セニカ相手じゃ普通に予想を立てても的中しないからね」
しかし、そんなマーリンでさえ手に負えないのがセニカという人物だった。
かつてマーリンに幸せを教えるためだけに魔術王を欺いたのはカルデアもよく知るところだが、抑止の守護者になってからは落ち着いた……と言いたいところだが、むしろストッパーができて自制しなくなったので結局あまり変わらなかったりする。
「よく私を庇って死にかけるんだ。おかげで三画揃ったのは契約初日だけさ」
マーリンの令呪はカルデアの令呪よりも強制力がある。しかしその反面、一画の回復所要時間が長いというデメリットがあり、専ら蘇生だけに使われていた。
「早く見つけてあげないとね」
険しい表情で令呪を眺めるマーリン。
その目に、愛しい姿は映らない。