命は天にあり

 神殿に入ってもセニカの足取りは勝手知ったるとばかりに迷いがなかった。

 聖賢セニカ──ブリテンの人心を掌握し、円卓の騎士をも導いた策士。アーサー王伝説では魔女として処刑されるが、後世で聖人に登録された聖なる賢人。
 聖人としての知名度はゲオルギウスやジャンヌ・ダルクに、魔術師としての偉業はマーリンやモルガンといった大魔術師に劣るものの、その英邁さは「すべてを知るひと」と語られる英雄である。

 と、ダ・ヴィンチちゃんのレクチャーを受け──

「あれ?」

 立香はふと気づいた。
 人がいないのだ。最高権力者である王がいる部屋となれば第五特異点でメイヴがやっていたように兵士を配置していてもおかしくないのだが、神殿に入ってから見張りはおろか魔物や住民にすら会っていない。

「マシュ、ダ・ヴィンチちゃん、生体反応は?」
「人の気配も魔物の反応もありますが……不自然なくらい遭遇していません。透明人間になった気分です」
「『誰にも見つからず辿り着く』ってだけなら私も余裕なんだけどね。隠密活動は一切ナシとなると、こうはいかない。何か幻術をかけた訳でもない、ただ歩いてるだけだ。それがどれほど異常なことか──」

 ダ・ヴィンチちゃんはこの状況を生み出しただろう犯人の背を見ながら言った。

「セニカ、キミは『知っている』のだろう?誰にも見つからず王に会える方法を」

 神の権限たる全知全能。セニカはその「全知」を持つ英雄ではないかと、ダ・ヴィンチちゃんは踏んでいた。神殿を目指そうと決めたところにタイミングよく現れたのも「そうなると知っていたから」と考えれば納得がいく。

 だが本人は「知りませんよ」とあっさり否定した。

「ですが、やはりそう見えるのですね。これも神の思し召しでしょうか。だとしたら……」
「だとしたら?」
「素敵な恩恵だと思いまして」

 はぐらかされた気がしたが、誰も聞けなかった。またも図ったようなタイミングで目的地に到着したのだ。

「入りましょうか」




 壮観だった。

 千人は入れるのではというほどの面積を白柱が囲み、中央の長く高い階段の先には黄金の玉座が鎮座している。そこに退屈そうに腰掛ける褐色の男。彼こそが──

「我が僕達よ!彼らを──じゃなくて侵入者──は全員でした──とにかく捕らえるのです!」

 かなり残念な命令が響くと、床から幾本もの腕が伸び、立香とマシュとダ・ヴィンチちゃんを拘束した。見下ろせば地面にぽっかりと黒い穴が開き、そこから腕が出てきているではないか。

 声を荒げたのは男の側で身の丈ほどの杖を構える女性だった。男と同じく褐色の肌を持ち、紫色の髪は足首まで伸びている。
 しかし一番目を引くのは天に伸びるウサギのような耳だろう。

「不躾な視線を感じますが、これは天空神ホルスを表した魔術触媒!髪の毛なのでお間違えの無いように!」
「耳じゃないんだ……」

 立香は落胆したように呟いた。髪と主張する割にピョコピョコ動いているような気がするが、本人が言うのだから髪なのだろう。
 失礼ですよ先輩、とマシュが言うように、古き英雄──それも女王と呼ばれる人物に対する態度ではなかったが、ファインプレーではあった。おかげでダ・ヴィンチちゃんが閃いたのだ。

「天空神ホルスの化身で女性。ファラオだとすると──ふむ。キミはニトクリスかな」

 遡ること紀元前二十二世紀。ヘロドトスの『歴史』によれば、古代エジプト第六王朝において僅かながらファラオとして玉座についた女王こそ、このニトクリスである。その神秘性はかなり濃く、現在カルデアで確認されているサーヴァントの中で、実在した人物としてはウルクの王ギルガメッシュに次ぐ歴史を持つ。

 そんな女王は困惑したように眉尻を下げた。

「ええ、そうですが……セニカから説明されなかったのですか?」
「私の説明より実際に見た方が早いでしょう?」

 平然と答えるセニカに、ニトクリスは「あぁ、貴方はそういう人でしたね……」とジト目を向けた。そのやり取りから見るに、二人はそれなりに打ち解けているのだろう。

 だがここにはもう一人主役がいる。

「ニトクリスよ。お前に友ができたのは喜ばしいことだが、些か戯れが過ぎるのではないか?」
「も、申し訳ございません、ファラオ・オジマンディアス。真名を当てられ動揺してしまいました……」
「よい、許す。だが次はその左腕を瓶に詰めて貰うぞ」
「はい。寛大なご判断、感謝いたします」

 左腕を瓶に詰める。未知の領域に立香とマシュは混乱した。
 だがその間にも話は進んでいく。

「さて。賢人よ、なぜ連れて来た」
「最初に伝えたじゃありませんか。『そちらの協力者は連れて行く』と」
「ああ聞いた。確かに聞き届けた。だがそれはサーヴァントの話であろう。此度の行いは貴様の発言に反するのではないか?」
「道案内を頼まれたから応じたまで。救いの手を差し伸べることは試練を与えることと別なのです。何もおかしいことはありません」
「……フッ……フハハハハハハハハハ!!」
「あの、ファラオ・オジマンディアス?どうされました?」

 ニトクリスの声かけにも構わず、オジマンディアスは笑い続ける。

「フハハハハハ!そうかそうか、貴様は聖人であったな!ふむ、よかろう。余はその甘さを認めよう。では異邦の星よ、構えるがよい!」
「「えっ?」」
「なるほど、これは気難しい美男子だ!」

 なんでこの流れで戦闘になるのと目を丸くする立香とマシュ。対してダ・ヴィンチちゃんは納得していた。ファラオの中のファラオ、頂点に君臨する神王に人間の常識など通用する訳がないのだから。

「ニトクリス、拘束を解いてやれ」
「はいっ!」

 ニトクリスが命じると、腕は黒い穴に帰って行った。彼女は死後、冥府で修行を積んだとされる。恐らくこれも死霊魔術、ミイラ辺りだろうとダ・ヴィンチちゃんは考えていたが、今はレクチャーしている場合ではない。

「砂漠以来の戦闘だ!二人共、準備はいいかい?」
「先輩、指示をお願いします!」
「任せて!セニカ、また助けてくれる?」

 立香がセニカを見る。見たところ得物もないようだし、知恵を武器とするなら戦闘向きのサーヴァントではないのだろうと思いつつも、勝率を上げるためなら助けを求めることに迷いはなかった。

「……ごめんなさい。試練に手を貸すことはできません」

 宙に伸ばしたセニカの手に、杖が現れる。

 特異点は戦場そのもの。ゆえに全員が武器を手にしていたため、クラスを隠すために武器を見せないという、通常の聖杯戦争で使う手法を立香は知らなかった。だが武器がない状態で襲われれば不利に追い込まれる可能性が高くなり、ある程度素手で戦える者か、襲われない自信がある者でなければそう使わない手である。

 だがなぜ隠していたのか尋ねる間もなくセニカは言った。

「星の導きを辿りなさい」
「待って!」

 セニカは消えた。
 まるで最初からいなかったように、忽然と消えた。

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