叩けよさらば開かれん

 ニトクリスとイフリータを降し、後に控えるオジマンディアスにも辛勝した立香たち。喜び半分、内心「勝ったら機嫌損ねて協力してくれないとかないよね?」とヒヤヒヤしながら待っていると、オジマンディアスが再び玉座に座り直して言った。

「ふむ、大体把握した。余としてはまだ準備運動にもならんが、今は神殿を破壊する訳にはいかんのでな。ここらが引き際というものだ」
「ですがオジマンディアス様、彼らはスフィンクスの質問に答えていません!というかなぜあなたたちはスフィンクスに遭遇していないのですか!?」
「なんででしょうね……」

 ニトクリスがかわいそうに思えてきて、立香は申し訳なさそうに答えた。神殿の見張りを任せていたスフィンクスが軒並み侵入者を──それも三人もスルーしたとあれば、どうしてと叫びたくもなるだろう。

「そう声を荒げるな。お前ほど聡明であれば簡単であろう。あの賢人は質問の答えが長いばかりか暇さえあれば延々と独り言を垂れる。そう言っていたではないか」
「確かにそう申し上げましたが────まさか!相手は神獣ですよ!?」

 ニトクリスは大袈裟にも半身になって驚いた。

「それだけ奴は規格外だということだ。神獣といえども面倒に変わりはない。まして知性があるならなおのこと。大方魔力を感知して避けたのだろうよ」

 ニトクリスは「神獣に嫌われる聖女ってどうなんですか……」ともっともなことを言っていたが、マシュも立香も苦笑するしかなかった。

「なるほど、だから魔物に遭遇しなかったのか。確かに彼女の言葉は魔力のようなものだったが、言霊と考えれば合点がいく」

 ブリテンの策士として名高いセニカが言葉を武器にするというのは十分あり得る話だ。スフィンクスに「こいつ相手にしたくねぇ」と思わせる話術も気になるが、はたして一体どこからどこまでが彼女の掌なのやら……カルデアを案内することも見越してスフィンクスに接触していたのではと疑ってしまう。

「言霊か。良い着眼点だ、美しき者。名は何という」
「レオナルド・ダ・ヴィンチ。人呼んでダ・ヴィンチちゃんさ」
「あの……では人影すらなかったのはなぜでしょうか。彼らもセニカさんを避けていたのですか?」

 市民は住み着いていないようだが、スフィンクスの問いかけ(戦闘)に答えられれば兵士も、ここにいるらしい他六人のサーヴァントも出入りできるはずなのだ。

「そのような話は聞いていません。人除けの呪文を施していたのでは?」
「いや、それはないだろう。私たちは何一つ隠密行動をしていない。確認済みだ」

 あの時、結界も幻術も使っていなかった。となれば、一体どうやって人を遠ざけたのだろう。

「セニカが聖杯の所有者とか……?だとしたら突然消えたのも納得できるし……」
「ですが先輩、セニカさんの仲間という可能性もあります。聖杯で呼び寄せたかもしれません」
「フッ。矮小な魔術師かと思ったが少しは見る目があるらしい。気になるならあの賢人の霊基を見ておけ」
「霊基……?」

 だがオジマンディアスはそれ以上説明する気はないらしく、次の話に移った。

「真の聖杯は余が保管している」

 そう言ってオジマンディアスが取り出したのは黄金に輝く杯──聖杯だった。

「ではやはり神代が混在していることが人理崩壊に……?でもそれだけで人理定礎値がEXになるでしょうか……」

 違う時空が転移すれば特異点にはなるだろう。だがオジマンディアスが聖杯を管理しているなら、人理定礎値がEXになるのはおかしい気がした。

「ダ・ヴィンチちゃんは何かわかった?」
「……まだ確証はない。かなりぶっ飛んだ仮説だが、聞いてくれるかい?」
「うん」

 立香は即答した。なんでもいいから情報がほしいというのもあったが、ダ・ヴィンチちゃんを信じているからこその即答である。
 その信頼に心地よさを感じながら、ダ・ヴィンチちゃんは口を開いた。

「オジマンディアス王が持つ『真の聖杯』は第六特異点の聖杯──魔術王が送ったものだろう。そして……おそらくセニカも聖杯を持っている。それも特異点のものより数段強力なものだ」
「えっと……ドレイクみたいにこの時代の聖杯を手に入れて強くしたとか?」
「この時代のものじゃない。にわかには信じがたいが、彼女は一から作ったのさ」

 立香もマシュもきょとんとした顔でダ・ヴィンチちゃんを見た。カルデアにいるサーヴァントが聖杯を拾ってくる事態は何度かあるが、自作するとはどういうことか。

「砂漠で大型動物の骨を風除けに使ったのは覚えてるかい?実はあの骨、不自然に削れていたんだ。
 オジマンディアス王に聖杯を奪われたセニカは自ら聖杯を作り、聖都を建てた。そして聖杯を強化し、今度は世界を不毛の砂漠で覆おうとしている……これが私の仮説さ」

 立香の脳裏に蘇るは魔獣が跋扈し、砂嵐が吹き荒ぶ果てしない砂漠。もしあれが地表を覆えば未来の発展は大きく遅れ、人の住処も僅かとなってしまうだろう。

「なかなか良い筋書きだが、二つ間違いがある」
「砂漠と砂嵐は私の防衛魔術です。セニカが滅ぼそうとしているのはもっと別の、目に見えないものなのです」
「そしてこの聖杯は賢人から奪ったのではない。余を召喚した者共に献上されたのだ」
「召喚した者……?キミは聖杯に喚ばれたんじゃないのかい?」

 オジマンディアスは聖杯を仕舞うと、カルデアが来る前の出来事を語り始めた。

「魔術王は『偽の十字軍』を召喚し、これに聖杯を授けた。貴様らが戦うはずだった相手だ。奴らは西方の遠征軍を取り込みながら聖地を占領し、特異点が形成されるに至った」

 立香やマシュなど現地に立つ者はもちろん、カルデアのスタッフや待機中のサーヴァントも全力を尽くしている。それでも特異点修復という大役は時間がかかってしまうものだ。

 そして時間があればあるだけ、特異点にはイレギュラーが発生しやすくなる。

「だが『偽の十字軍』の首魁はあの賢人に敗れた。魔神の如き強さであったにもかかわらず、だ」
「すごく気になるけど今は聖杯を辿ろう。セニカの手に渡ったのかい?」

 ダ・ヴィンチちゃんが難しい顔で問う。

「渡ったとも。だが奴はあろうことか依頼主に渡した。ゆえに余が召喚され、『偽の十字軍』の残党狩りをしてやったという訳だ。本来なら後は貴様らの到着を待つだけで良かった」
「けどセニカは聖杯を作り、世界を滅ぼそうとしている……」

 オジマンディアスの言葉を引き継ぐようにダ・ヴィンチちゃんが続ける。
 どうして聖杯を手放したのだろう。後から聖杯が必要になったが、既にオジマンディアスの手に渡ったのを見て諦めたのだろうか。しかし聖杯を作るなど並大抵の作業ではない。それにもし諦めてから聖杯を作ったのなら、そのスピードはあまりに早い。

「魔術王が召喚したのは『偽の十字軍』だけではない。奴らの前、最初に召喚したのがあの賢人だ。その時も聖杯を使うことはなかったがな」
「なんだって……!?」

 魔術王の聖杯は使いたくないということだろうか。だが同じ聖人のゲオルギウスやジャンヌ・ダルクは聖杯を忌み嫌ってはいなかった。謎は深まるばかりだ、とダ・ヴィンチちゃんは難しい顔で腕を組んだ。

「でも……やっぱり悪い人だとは思えないよ。私、もう一度会いたい。会って話したい」
「先輩……」

 拳を握る立香を見て、マシュは決心した。燃え盛る瓦礫の中、そっと手を取ってくれたあの瞬間から、マシュは立香のために生きている。彼女が会いたいと望むなら、その道を切り開いてみせよう。

「「ダ・ヴィンチちゃん」」

 二人の覚悟を決めた瞳を見て、ダ・ヴィンチちゃんは満足げに笑った。

「いいよ。謎を解き明かしに行こうじゃないか。オジマンディアス王、セニカの居場所は聖都かな?」
「そうだ。だがまだ貴様らを送る訳にはいかん。特に軟弱者が二人もいては尚更だ」

 立香もマシュも自分のことだとすぐにわかった。マスターとしても魔術師としても素人な立香と、サーヴァントとしても人間としても無知なマシュ。ダ・ヴィンチちゃんは天才であり、容姿が変わっても芯は変わらない強さを持っているため、除外するまで時間はかからなかった。

「ニトクリスは目に見えないものと言っていたけど、セニカは精神系の攻撃を仕掛けてくるのかい?」
「ファラオ・オジマンディアスは警告しているのです。セニカはその気がなくとも人の心を操作できます。会話はおろか、こうして話題に出すだけでも影響力を持つのです!」
「その割には親密そうでしたが……」
「い、今はこちらを害する気はないと言っていたのでセーフです!問題ありません!」

 カッコいいのに時々抜けてしまうニトクリスは生暖かい視線を浴びた。彼女は知らない。めげずに咳払いをして威厳に満ちた態度を繕うが、追い討ちをかけているだけだということを。

「聖地の人間はセニカが『偽の十字軍』の頭を倒したと知っていながら、様々な理由で敵視しています。聖都についても、まるで憎しみの象徴のように……ですがセニカも聖都も、一度も聖地を攻撃していないのです」

 善行を積んで憎まれるというのは、偶然が重ならなければ起こらない。それも何かしらの、「瀕死の人物を助けたら実は大量殺人犯で、数日後村人が虐殺された」といった理由が必要である。
 しかし「偽の十字軍」の首魁を倒したことは聖地の人間に対して何の不利益にもなっていない。むしろ聖地奪還に感謝するはずであり、もしセニカを憎むとしたら偽の十字軍の兵士か、彼らに取り込まれた遠征軍──どちらもオジマンディアスが一掃したが──であるはずなのだ。

 ただセニカの恐ろしいところは、全てが彼女の策の内だとしてもおかしくないという点だ。何か企んでいて、わざと敵意を集めていたとしてもおかしくない。

 しかしどんな思惑があろうと、人理を焼くのなら止めるまで。立香とマシュは顔を見合わせ、大きく頷いた。

「私たちの心、びしばし鍛えちゃってください!」
「是非ともご教授お願いします!」
「良かろう。では貴様らには聖地復興を命じる!」
「「はいっ!!」」

 立香は令呪の宿る拳を握った。先の見えない旅だが、これで一歩前進した気がする。

「だがまずは英気を養ってもらうぞ!作業前に死なれては困るのでな!フハハハハハ──!!」
「あ、もてなしてくれるんだ」

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