小田原評定
立香とマシュが土木作業の手伝いを終えたのは夕暮れ時のことだった。
「終わったーーー!」
開放感と共に立香は両腕を突き上げた。聖地郊外──朝一番にニトクリスの巨大像(おそらく幻術の類だろう)に指定された場所に来て、現地の人やサーヴァントと協力して東奔西走すること数時間。これまでの特異点修復で長距離を移動してきたものの、運搬となると違う筋肉を使うため、その体にはすっかり疲労が溜まっていた。
ちなみにダ・ヴィンチちゃんは何やら気になることがあるからと、朝早くニトクリスを連れてどこかへ行ってしまったため不在である。
『二人ともお疲れ様。あとは神殿に帰るだけだね』
徹夜など感じさせない声でロマニが話す。神代の時空は神殿周辺だけだったこともあり、離れればカルデアと通信できるようになったのだ。
今朝カルデアスタッフは事の顛末を聞き、第六特異点の原因について一つの推測を出した。
それは「本来は存在しない、望まれた姿のセニカが原因である」というものだ。第一特異点で反英霊となったジル・ドゥ・レが聖杯によってジャンヌ・ダルクのオルタ化を生み出したように、黒幕が聖杯に願ってブリテンの民に殺された復讐心を原動力とするセニカを作り出したのかもしれない、という仮説である。これはゲオルギウスやジャンヌ、マルタといったオルレアンで縁を結んだ聖人組の「仮にも我々と同じ聖人が敵側に屈するはずがない」という脅迫……もとい意見を参考にしたものであり、スタッフが疑問視していた「ブリテンの賢人が世界中を空白に染める大虐殺に加担するだろうか」という課題もクリアする。
ただし実際に対面した立香やマシュの主観──ジャンヌ・ダルク・オルタのようなアヴェンジャーには見えなかったこと──にはそぐわず、また「そんな黒幕にセニカが聖杯を作って渡すだろうか」という問題も残ってしまうのだが、今は他に考えられなかった。
何しろセニカについては記述が少ないのだ。あったとしても円卓の悩みを解決したり食料事情に尽力したりと、数多くのバリエーションが書かれているアーサー王伝説にしては珍しく、まるで何者かが操っているかのように、抽象的で曖昧なものしか残っていない。
しかし今日セニカと会ったことがあるというサーヴァント六騎と対話して、この推測は一気に支持を失った。
宗教は違えど彼女と同じ信徒である玄奘三蔵や偏見を持たない俵藤太、敵意や害意に聡いハサンの者たちが一様に「どうして聖地の人間が彼女を憎むのかわからない」と首を振ったのだ。千里眼を持つアーラシュも詳細な発言は避けつつ「なんつーか、生きづらそうな奴だったな」と心配するようなことを言っていた。
さらに、普通サーヴァントは反転すると外見に大きな相違が見られる。体から服までエーテル体で構成されているから当然の変化なのだが、だからこそ黒化していないセニカはオルタではないという結論に至ってしまうのである。今や頭の片隅に留めるのは、自分の知っている人物像と何か違うという現象をリアルタイムで体験中のロマニくらいなものだろう。
「立香殿、少しお話が」
現地の人たちの感謝の言葉を思い出せば、この程度の疲労などなんてことない。そう己を鼓舞して歩き出そうとした立香を、呪腕のハサンが呼び止めた。後方には百貌のハサンと静謐のハサンが待機し、何か期待するようにチラチラとこちらを見ている。
「あなた方は彼らと戦うおつもりなのですよね?実は私どもは何度か潜入しておりまして、もしかしたら我々の情報が役に立つやもしれません」
「聖都の情報?聞かせて」
「静かに。ここでその名を出すのは良くありません。我らの拠点に案内しましょう」
呪腕のハサンが仮面越しに目くばせすると、百貌のハサンと静謐のハサンが無音で立香とマシュの後ろに立った。
「ここに敵はいないが念のためだ。ジロジロ見るなよ」
「護衛、頑張りますね……マスター」
ツンデレとヤンデレが味方になった。
呪腕のハサンは神殿付近の店に入った。どうやら彼の知り合いが経営しているらしく、母親と思われる女性と子供らしき少年が奥に通してくれた。
「すみません、百貌の手料理の方がいいだろうと言ったのですが」
「ち、違う!静謐に作らせるなと言っただけで、作りたいなど一言も……!」
立香とマシュは確かにと頷いた。静謐のハサンはその体質上、触れた生物を毒死させる。そんな彼女が手料理をふるまえば殺人事件になること間違いない。
「さて、まずは聖都に聳える城について──彼らはあれをキャメロットと呼んでおります」
「キャメロット……!」
妖精が一夜で建てたと言われる白亜の城。円卓の騎士による栄華の中心となった舞台。それこそがキャメロットである。
「あそこにはサーヴァントが八騎。その全員が円卓の関係者です。真名が判明しているのはセニカ、アーサー王、ランスロットの三名ですが、おそらく皆精鋭でしょう」
騎士王と名高いアーサー王は言わずもがな、ランスロットは湖の騎士の肩書を持ち、神秘の終焉を戦い抜いた円卓の騎士の中でも最強と称される騎士である。
「ランスロット……」
「マシュ?どうしたの?」
「いえ、なんだか胸騒ぎがするような、私ではない私がいるような……すみません、上手く言えません……」
妙な感覚を残したまま、マシュは続きを促した。
「こちらの戦力は我々三人と俵殿、アーラシュ殿、発言は頼りないですが三蔵殿。ニトクリス殿とオジマンディアス殿も味方にしたいところですが……」
「ニトクリスはともかく、オジマンディアスは難しそうだなぁ」
「私もそう思います。彼の協力を得るのは至難の業かと……」
「ですが相手が生きている限り、こちらに勝ち目はあります」
呪腕のハサンはそう言って顔を動かした。その先で静謐のハサンが恥ずかしそうに俯く。
「セニカさんと初めて会った時、びっくりして毒を放ってしまって……」
「おそらく向こうはカルデアの戦力を周知しているでしょう。だが我々は彼らの宝具を、五名は真名すら知らない」
現状を整理するほど不利が明らかになっていく。ダ・ヴィンチちゃんが来るまで、五人は談笑を挟みながら話し合い続けた。