海に落ちることはなかったが、まさかの船上にレイシフトしてしまった立香とマシュは、ある島に漂着する。
そこはイギリスを大英帝国たらしめた航海者、フランシス・ドレイクの拠点だった。早速協力を願い出るも、話は私に勝ってからだと言わんばかりに勝負を挑まれる二人。そしてドレイクが生身の人間でありながらサーヴァントに対抗しうる魔力を持つことに驚きつつ、遂に辛勝を掴んだのだった──。
「アタシの負けか。ったく、可愛い顔して粘るじゃないか!いいよ、気に入った!」
ドレイクは清々しい笑みを浮かべた。
勝敗を受け入れた上で相手を認めるサッパリとした性格。それは彼女が船長として畏敬の念を集めている理由の一つだ。
「ではこの世界の異常について──」
「さあ野郎ども、宴を開くよ!新しい仲間に乾杯だ!」
「新しい仲間バンザーイ!」
「え、あの……」
何か不審な出来事はなかったか聞き込みしようとしたマシュだったが、ドレイク達の気はすっかり宴に向いていた。船員達からは既にどんちゃん騒ぎに混ざって合唱も聞こえてくる始末。もはや特異点調査どころではない。
「これでは調査が進みませんっ。先輩、どうしましょう──あれ?先輩?」
マシュは振り返った先に立香の姿が見えず、辺りを見渡した。
「マシュ!これおいしいよー!」
声が聞こえた方──外に設置されたテーブルに並ぶ宴会メンバーを注視していくと、船員に混ざって料理に手をつけている立香がいた。思わずズッコケるマシュ。フォウはそんな彼女を慰めるようにテシテシと肉球で叩いた。
「アンタいい食いっぷりだねぇ!安心しな、料理はたんまりあるよ!」
「さすが姐御が見込んだ人物!アッシらの命を助けた懐だけじゃねぇ、胃袋も大きいと来た!」
「えへへ、照れるなぁ」
「先輩!何をしているんですか!照れている場合じゃありません!」
「むぅ」
ぴしゃりとマシュに叱られ、立香は先生にスカート丈を注意された女子高生のように頬を膨らませた。確かに大勢で和気藹々と昼食を取る時間は、高校の昼休みに見えなくもないだろう。クラスメイトが海賊であることに目をつむれば、だが。
しかし高校生活などフィクションの域にあるマシュが気づく筈もなく、ちゃっかり順応しているマスターに困惑の表情を浮かべた。
「ほら、マシュだっけ?こっち来な」
手をこまねくマシュを呼んだのはドレイクだった。
何でしょうと隣に腰を下ろすと同時に、酒が並々と注がれた杯を目の前に差し出される。その杯は太陽の光を反射して黄金に輝いていた。
……黄金に輝いていた。
「こ、こここここれは」
「ラム酒さね。ほら、ぐびっと飲んじまいな!」
「せせせせ先輩!せっ、聖杯が!聖杯が!」
「うん、絶対手に入れるよ!今まで協力してくれたみんなのためにも!」
「そうではなく!聖杯が!」
「腹が減っては戦はできぬってね!マシュもしっかり食べるんだよ!」
「聖杯を見つけましたッ!」
「何だってーーーー!?」
料理に夢中の立香に痺れを切らしたマシュが声を張り上げ、立香はようやくドレイクが持つ聖杯を見て目を剥いた。オルレアンでもセプテムでも聖杯に辿り着くまで紆余曲折あったというのに、今回は最短記録である。
一方ドレイクはマシュが受け取りそうにないのを見て杯を飲み干した。しかし持ち主の要求を叶えるべく、杯はすぐにラム酒で満たされ、空になった皿には次の料理が追加されていく。紛れもなく聖杯だった。
「ドレイク船長!それをどこで!?」
立香は身を乗り出して尋ねた。
「これかい?たまたま拾ったんだけど、料理は尽きないわ酒は無限に出るわ、便利なもんだよ」
「なに言ってんスか姐さん!たまたまじゃねぇ、とんでもない大冒険だったじゃないっスか!」
平然と語るドレイクに対し、立香とマシュを案内してくれたボンベは熱意と興奮に彩られた表情で否定した。他の船員達も同感らしく、酒の入った瓶を高く持ち上げると、口々にドレイクの武勇伝を話し出す。
それは要約すると「ドレイク船長が海底都市アトランティスを沈め、ポセイドンを名乗る者から聖杯を奪った」という、到底信じがたい話だった。
「船乗りに海神ポセイドンなんて名乗るからいけないのさ。だから邪魔した。お宝もこうして奪ってやった。ついでに都市ごと渦に沈めてやった!最っっ高だねぇ!」
「いやぁ、あん時の姐さんすげーカッコ良かったっスよ!絶対何かの間違いなんスけど、世界を救った大英雄じゃないかって思いやしたよ!」
「ドレイク船長バンザーイ!」
彼らに嘘をついている様子はない。マシュは「は……」と開いた口が塞がらず、立香は「すごいの極み」と語彙力を喪失した。
「で、アンタらはこれが欲しいのかい?まあ負けたのはアタシだからねぇ……ほらよ。受け取りな」
「わわっ」
マシュは再び差し出された聖杯を今度こそ受け取った。
席を移動した立香が覗き込むと、杯を満たしていたラム酒がスッと消え、外見と同様の黄金に輝く底が見えるようになった。
「ドクター、何か変わった?」
『ごめん、ちょっと計測の調整してて……なぜか立香ちゃんの目の前に聖杯があることになってるんだ』
「……いえ、おそらく計測器は正常です。聖杯は私が持っています」
『何だってーーー!?』
マシュが伏し目がちに伝えると、宴会中にロマニの叫び声が浸透した。
一瞬何事かと船員の視線が集まるが、ドレイクが動じていないのを見るや否や興味を無くしたようにどんちゃん騒ぎに戻る。船長の命令がない限り、彼らは宴を楽しみ続けることだろう。肝が座った海賊たちだった。
「でも特異点が修復されないってことは……」
『おそらくその聖杯はこの時代に元からあったものだろう。黒幕が持ち込んだ聖杯は別にあるみたいだ』
「また聖杯探しかぁ」
「いつも通りですね。ということで、こちらはお返しします」
「あ、ああ……」
マシュと立香が求めているのは人理を乱す聖杯であり、ドレイクが持つ聖杯ではない。となれば、元の持ち主に返すのは当然のことだった。
しかしドレイクにとって聖杯は一獲千金のお宝の一つ。それをあっさり返されてしまい、複雑そうに愚痴を零した。
「ったく、最近は妙なことばっかりだよ。こんなにアッサリお宝を渡すのも返されるのも二回目さ」
「そういやアイツ、どこまで行っちまったんスかね。やっぱ魔法が使えるからって船なしで海に出るなんざ自殺行為だったんスよ」
「先輩」
「うん」
魔法という言葉にピンときた立香とマシュは顔を見合わせた。
特異点では聖杯によってサーヴァントが召喚される。おそらくその英霊もドレイクが持つ聖杯に気づき、しかし聖杯違いで返却したのだろう。
「それどんな人?名前は?」
「そういや聞いてなかったね。アンタらの探し人なのかい?」
「できれば会いたいな。多分その人なら、特異点の事情を知ってるかも」
『まずはこの特異点で何が起こってるか情報を集めたいんだ。ミス・ドレイク、この辺りでおかしいことはあったかい?』
「海がおかしいって話かい?』
「気づいていたのですか!?」
なんとドレイク一行は異変を認識しておきながら何事もないかのように騒いでいたのだ。マシュには考えられない行為であり、大きな目を見開いた。
「なんでかイングランドどころか大陸だって見当たらないし、大砲浴びてもピンピンしてる超人がウヨウヨいる。こんなに面白おかしい話はないよ!」
「おかしいって、そういう……」
海賊としての矜恃を持つドレイクらに「海が奇妙なことになってるから陸で大人しくする」などという消極的な選択肢はない。むしろ特異点化した海の危険性を承知の上で航海を楽しんでいるのだ。波がどうあれ、敵がどうあれ、海と共に生きる。それが海賊である。
「一応ここで情報を整理して、明日からまた海に出る予定だったんだよ。そこにアンタらが来たって訳さ」
「なるほど……」
その時、宴に負けないくらい海岸方面が騒がしくなった。
「姐御ォ!例の優女が帰って来やした!なんか妙な女も連れてます!」
そう叫びながら、見張りの一人がやってくる。その後ろには金髪の美女と白髪の美女が続き、白髪の女性はなぜかクマのぬいぐるみを幸せそうに抱きしめていた。
「来たねぇ。ほら、あの金髪の優女がアタシと戦った奴さ。結構な腕利きだから採用したかったんだけどねぇ。他当たれって断られちまった」
「う、急に不安になってきた……」
「大丈夫です、先輩の話術が急成長すればいけます!」
協力してもらおうと意気込んでいた立香とマシュは雲行きの怪しい情報に慌て出した。たとえ一人でもサーヴァントが敵に回ると厄介なことは十分経験している。
しかし慌てるばかりでは話すら聞いてもらえない可能性だってある。さらに見たところ二人連れということもあり、このチャンスを逃すまいと立香は頭を振って決意を新たにした。
一方ドレイクは「交渉かい?なら見物するかね」と野次馬になる気満々だった。海賊は財宝を奪うのが定石だが、時には商売じみた交渉も行う。ドレイクは自分の観察眼をもって立香を見極めようとしていた。
「あ、いたいた」
その人物は黄金の長髪を無造作に靡かせながら、奥にいたドレイクに筒状の紙を投げ渡した。広げるとそこには島の地形、気候、植生、住み着いている生物……とデータがぎっしり書かれてある。海賊生活一日目の立香でも一瞥して海図だとわかった。
「へぇ、思ったよか上手いじゃないか。ますます欲しくなっちまうよ」
「さいですか」
本当に興味がないらしく、彼女はドレイクの賞賛を適当にあしらった。
きっとこの人がドレイクの言っていたサーヴァントなのだろう。しかし断る割に海図は広域を手書きしたものを届けている。さてはツンデレか?と立香は訝しんだが、「なんでこんなことしてるんだろ……」という呟きが聞こえてすぐさま訂正した。
現代風に例えるなら隠れ優等生といったところだろうか。もっと細かく言えば、全くやる気がないのに有能だからと実行委員に推薦されるタイプ。そういう生徒はどうあがいても振り回される運命なのだ。立香は一気に親近感が湧いた。
「後ろのはなんだい?」
「拾ってきた」
「拾われちゃった!」
「犬か」
にぱっと花が咲くような笑顔で言い切った美女に、ドレイクの冷静なツッコミが入る。
「犬だって、ダーリン!私達まだ飼い主もいないのにね!」
「あ、あのっ」
立香は勇気を振り絞って、脱力系優等生とぬいぐるみに話しかける電波系美女の前に出た。
「まあ!ピンクのサーヴァントとオレンジの人間!じゃあ貴方がニケが言ってたマスターね?」
「多分そうです!聖杯を探して何千里。時代を超えて頑張るマスター、藤丸立香です!よろしくお願いします!」
「選挙カーの宣伝かな」
「え?」
この金髪の英霊、今なんと言ったか。立香は敬礼のポーズのまま固まった。まさか英霊の口から「選挙カー」などという現代の単語が出てくるとは。
「私はね、アルテミスっていうの!」
「オリオンです」
「はぁ!?」
「フォウ!?」
「ぬいぐるみが喋った!!?」
上からマシュ、フォウ、立香である。
「ぬいぐるみじゃ……いや自分でもぬいぐるみっぽいと思うけど……」
オリオンはアルテミスの腕の中で虚空を眺めた。全身から哀愁が漂ってくるが、動くぬいぐるみと思えば可愛いものだ。可哀想でもあるが。
しかしマシュが驚いたのはぬいぐるみに対してだけではない。彼らの真名が神話の中でも群を抜いて有名だからだった。
「ったく、何かやらかしそうだとは思ってたけど、とんでもない大物を拾ったねぇ……」
「アルテミスにオリオン……ギリシャ神話の中心人物ですね。ランクダウンによる英霊召喚、ということでしょうか」
本来召喚されるのは英霊であり、神を召喚するとなると膨大な魔力が必要となる。しかし神性やコストなどを削減し、サーヴァントという型に無理やり押し込む場合はその例ではない。
現に立香はセプテムにてゴルゴン三姉妹の長女ステンノと会っている。もっとも、召喚されたからといって素直に協力してくれるとは限らないのだが。
「ダーリンが召喚されるって聞いて、代わってあげることにしたの!」
「代わられちゃったの……」
要は本来召喚される筈のオリオンのコストをアルテミスが請け負った代理召喚である。そのせいでクマのぬいぐるみになってしまったのは、ご愁傷様としか言えないが。
これも人類が「人理焼却」という緊急事態に瀕している影響だろう。次の特異点では別のサーヴァントにタダ乗りして現界したサーヴァントがいるくらいだ、この程度のバグは朝飯前なのかもしれない(メタ)。
「事情はニケちゃんから聞いてるぞ。世界規模の聖杯戦争なんだって?すげーことになってんのな」
「どうしてカルデアの事情を……」
「聖杯の知識」
ニケはピースサインを作ってみせた。
『嘘をつけぇ!』
時空を超えて盛大にダウト発言したロマニ。ドレイクに事情を尋ねてから押し黙っていた彼がなぜ取り乱しているのか、この場に理解できる者はいなかった。唯一察することができたのは、後ろで笑いを堪える天才くらいなものだろう。
『……マシュは聞いたことあるかな。カルデアにまつわる怪談を』
「ロストルームの噂は聞いたことがありますが……」
ロストルームとは、マリスビリーが所長を勤めていた時に使われていた談話室の別名である。彼の死後は古い物置になっているが、所員の間で「午前0時に入ると失われたものを見る。あるいは失うものを見る」という怪談が広まっているため、基本的に近づく者はいない。マシュもその一人だ。
ちなみに、以前はマシュの前にしか姿を見せなかったフォウも半ば怪談扱いされていた。
「あっ。ドクターにしか見えない幽霊の話ですね?」
『そう!謎だらけの幽霊こそ、そこのニケとかいう──ニケ?』
再び沈黙したロマニ。その意図を解説するように、マシュが言った。
「……はい。ニケというのは、ギリシャ神話における勝利の女神と同じ名前です」
ニケ。どこで聞いたのかは思い出せないが、魔術師素人の立香でも聞き覚えのある名前だった。
「サモトラケのニケ、と言った方がわかりやすいかもしれませんね。頭部と左腕は欠損していますが、ルーヴル美術館に展示され、今なお多くの人を惹きつけています」
「ああ、あの!」
立香の中で目の前のニケと翼を生やした女神像が一致した。女神ニケは勝利の女神として崇拝されたことと現存する女神像が有名な反面、神話のインパクトが薄い神様だ。マシュの説明は妥当なラインだろう。
『やっほー。みんなの天才、ダ・ヴィンチちゃんだよ。
ところでニケ君に聞きたいんだが、キミは何者なのかな?キミが、もしくはキミの姿をした何かがカルデアで確認されているんだ。キミを騙る何者かの可能性もある。何か知っていることがあれば教えてくれ』
ダ・ヴィンチちゃんは真性の天才だ。ロマニから話を聞いて「実在する幽霊ならカメラにだって映る筈さ」と隠しカメラを作り、噂の幽霊を映像に収めることなど赤子の手を捻るようなものだった。
しかしそんな天才でも、幽霊の姿から正体を突き止めることはできなかった。彼女は現れても当たり障りのないことを話し、自分については名前すら明かさず、菓子を残して忽然と消えるのだ。
「ニケちゃんは私と同じ女神よ?幽霊じゃないわ」
「聞いてるのはそういうことじゃないんだよなぁ……」
いつも通りの二柱の隣で、ニケは少し考えてから尋ねた。
「その『幽霊の私』はいつ現れたの?」
『最近だと三ヶ月前だ。最初に見つけたのは七年前だね』
「身内の変装だと思ってたけど、違うか。みんな飽き性だし」
『じゃあキミはカルデアに出没する謎の人物と同一人物、ということでいいのかな?理由が知りたいけど、まあそれはロマンに聞かせよう。
で!一つ気になるんだが、キミはどうやって勝利をもたらすのかな?「キミが味方をするから勝利する」のか「キミが勝者の元に訪れるから勝者である」のか是非教えてほしい』
「……役目が……………………後でいい?」
『短っ!?さては説明がめんどくさくなったな!?』
「どっちでもよくない?」
『どっちでもよくない!?』
私には重要なんだよぉぉぉ!と叫び声が遠ざかっていき、今度はロマニが戻ってきた。一体カルデアでどんな攻防があったのだろうか。
『とにかくキミはカルデアの味方なんだね?なら立香ちゃんとマシュに協力して、特異点の修復を手伝ってくれないかい?勿論アルテミスとオリオンにも頼みたい』
「……そういうことなら」
「私もダーリンと一緒なら協力するわよ!」
「あ、俺に戦力を期待しないでね?今の俺はアルテミスに超依存してるので。マスコットくらいしかできないので」
「もっと依存してもいいのよ?」
「自立したいなァ……」
「フォーウ……」
フォウが気遣わしげに鳴いた。
しかしそんな寂寥も何のその。彼らを乗せることになった船長、ドレイクは笑い飛ばした。
「アッハッハ!愉快な仲間が増えたねぇ!こりゃ面白い船旅になりそうじゃないか!」
未来から来た人間二人と個性的な神様が三柱加わったというのに、この豪胆ぷり。実は一番の大物はドレイクなのかもしれない。
脱力系有能とドレイク姐さんが書きたかった。ロマニの下りは削りたかったけど書き直すのが大変だったので無削除。これは続かない。