上段(馬で来た)の過去篇
冬木市──かつて魔術師同士で聖杯を巡る聖杯戦争が繰り広げられていた、日本の地方都市。魔術に伴うオカルトめいた事件が頻発する、一般人に優しくない場所である。
謎の爆破により、藤丸立香はデミ・サーヴァントとなったマシュ・キリエライトと共にこの特異点にレイシフトしてしまう。
そこで彼らが目にしたのは、人ひとりいない、火の海と化した冬木市だった。
平凡で平均的な凡人である藤丸の生存率は低かったが、マシュのマスターとなったこと、相手が低級の怪物ばかりだったことが幸いし、なんとか所長のオルガマリー・アニムスフィアと合流。そこで医療トップのロマニ・アーキマンから通話が入り、三人はカルデアの惨状を知る。
一先ず特異点の調査を目的として行動することにした三人は黒化してシャドウサーヴァントとなったライダーと交戦し、なんとかこれを撃破。しかしその後アサシンに襲われ、ランサーの増援あり、もはやこれまでかと失望したとき、謎のキャスターが現れる。
──本来なら「キャスターから事情を聞いて大聖杯に座すセイバーから聖杯を受け取ることに成功するも、オルガマリーがレフ・ライノールによって分子レベルで分解される」という結末を迎える。
しかし、ここで一つのイレギュラーが発生した。世の超常現象を人型に押し詰めたような三人組が、カルデアに迫ろうとしていた。
*
「何よアレ!?」
オルガマリーが取り乱したように叫んだ。
視線の先では雲に届きそうな程高く伸びた木が、光と見まごう白い炎で燃え盛っている。建物もほとんど崩壊しているこの地では、存在感において右に出るものはないだろう。
遠く離れている筈なのに、そんな距離など知ったことかという圧迫感に襲われ、全員顔を顰めた。
『映像にノイズが走ってよく見えない!一体何が起こったんだい!?』
「なんだあれ……」
「信じられません!いきなり富士山並みの大樹が生えて燃え始めました!」
「イヤ……もうイヤ……」
「所長、しっかりしてください!」
大樹が放つ魔力が空間を歪ませ、シバが安定しない。もうこの特異点で映像を拾うことは不可能だと思った方がいいな、とロマニは唇を噛んだ。
「ありゃセイバーが聖杯を使ったのか?居場所を教えるようなもんだが、こりゃ誘われてんのかね」
「冗談じゃないわ!この戦力であんな化け物がいる場所に向かうなんて自殺しに行くようなものじゃない!」
「ですが、他に手がかりはありません」
「っ……」
事実を突きつけられ、オルガマリーは言葉に詰まった。
特異点の原因解明のためには行くべきだとわかっている。だが賛同できるかは別なのだ。キャスターが一騎討ちを避ける程の相手に対し、こちらは数では優っているが、マスターとしてもサーヴァントとしても素人な二人と礼装もないオルガマリーでは足手纏いになるだろう。
オルガマリーはまだ死にたくなかった。
しかし他に手がかりないのも事実。追い討ちのようにキャスターに「約束を反故するなら俺は勝手に動くぞ」と言われ、渋々了承した。
「で、お前さんは……っていねぇ!?」
キャスターは周囲を見渡したが、目当ての人物が見つからず「どこ行きやがった」と杖で肩を叩いた。
「誰か一緒だったの?」
「ああ、お前らみたいに突然来た奴なんだが……どっか行っちまうたぁな」
太陽のように輝く黄金の髪に、見る者を惑わす深紅の双眸。そしてアラビアンな衣服を纏う奴だとキャスターが説明すると、オルガマリーとマシュは首を傾げた。
「Aチームに──というかカルデアにそんなメンバーはいないわ」
「わたしもそのような人物は記憶にありません。この世界で生き残った方でしょうか?」
「さあ、人探し中ってことしか聞いてねぇな。『金髪の白い奴と緑髪の白い奴』を探してるみたいだったんだが、知ってるか?」
「……金髪には心当たりがあるけど、『白い奴』かはわからないわ」
オルガマリーが自分より優秀な魔術師を思い浮かべながら答えると、キャスターは「そうかい」と興味なさそうに返した。
「まあ図太そうな奴だったし、大丈夫か」
そう締めくくり、彼らは燃え盛る大樹の方へ──大聖杯の下へ向かった。
*
おかしい。
最初にそう思ったのはキャスターだった。
彼が最初に気づけたのは、長らくこの特異点にいたからだった。ルーンの使い手とはいえ、この地に完全に身を隠す安全地帯はないため、辺りを徘徊するスケルトンを倒した数はレイシフトしたばかりのマシュと比べ物にならない。
──スケルトンの数が少なすぎる。
これもセイバーが聖杯の力を使っているのだろうか。だがそれにしても目的が見えてこない。罠だとしたら露骨過ぎるが、降伏だとしても今更「やっぱり聖杯を守るのはやめました」なんて放り出すような奴ではない。
こちらを混乱させるのが狙いなら、セイバーの策は成功だ。
しかし「運が良いですね」と安堵するマシュを見て、キャスターは考えるのをやめた。
わからないなら考えるだけ無駄だ。余計な魔力を消費しなくて済んだ、程度に流すべきだろう。
『みんな止まってくれ!魔力反応だ!』
ロマニの制止を受け、全員足を止めた。
この瓦礫を曲がれば大樹の根を肉眼で見ることができるだろう、という一歩手前。
『大樹の近くに魔力反応が──うわ、なんだこの数値は!?ていうか大樹の魔力数値もすごいな!?』
「なんなのよ、もっとハッキリ言いなさい!」
『敵性反応はないけど、膨大な魔力を持った生命体がいる!注意してくれ!』
キャスターが先立って物陰から覗き込む形でそっと確認すると、そこには三人が顔を合わせていた。
その一人は先程まで行動を共にしていた人物であり、他二人は彼が言っていた特徴に当てはまる二人組だった。
「大丈夫だ、一人は顔見知りだ」
「あっ、待ってくださいキャスターさん!」
マシュの呼びかけに片手を振って、そのまま歩いて行くキャスター。
仕方なく後をついていく形でマシュと藤丸、その後ろにオルガマリーが続いた。
「よぉ、合流できたみてぇだな」
「?……ああ、一声かければ良かったな。目印が見えて忘れておったわ」
「目印?」
キャスターが聞き返したが、赤を基調とした羽織を着た男は「大変だな」と赤目を藤丸達に向けるだけだった。
「そうだ、お前も手伝ってくれよ。この聖杯戦争を終わらせなきゃなんねぇんだ」
「なぜ我が手伝わねばならんのだ」
「いいだろ?なんかアンタ暇そうだし。そっちの二人も──ん?」
キャスターは残る二人のうち、金の長髪を持つ人物に目を止めた。
「不躾に見ないでくれるかな」
するとその視線を遮るように、もう一人が前に出た。
「気を悪くしたなら謝るぜ。だが珍しいモンは勝手に目玉が動いちまうだろ?」
「キミだけじゃない。後ろの荷物もだ」
「!」
中性的な美しい顔立ちから漂う殺意に、藤丸とマシュとオルガマリーの肩は大きく跳ねた。
殺意に呼応するように地面が局地的に揺れ出したのも、恐怖に拍車をかけていた。
「待て。むやみに殺すでない」
「ああん?」
「敵意はなさそうだし、そう警戒すんなって」
「わかったよ!」
態度が変わり過ぎる。
藤丸達は揃って心の中でツッコんだ。どうやら緑髪の人物は金髪の彼女に弱いらしい。
「見たところ、アンタら相当できるだろ。ちょいと人助けと思って手伝ってくれねぇか」
『僕からもお願いするよ。君達は魔術師なんだろう?是非、藤丸君の力になってくれ』
「ほう、ここまで届くのか」
「魔術師だって。ギルの出番だよ。シッシッ」
「何を言っておる。お前も道連れだ」
「うわ、今の聞いた?面倒事ってわかってて巻き込むとか最低だよね」
「ん?ごめんな、聞いてなかった」
「ほら、女主もアンタみたいなクズとは別居するわって言ってるよ!」
「私に内緒で閠を共にしただと!?その女主とやらを連れて来い」
「鏡を見ろ」
「ギルが節操なしっていうのは知ってたけど、これじゃ愛想尽かされるのも仕方ないね」
「法螺を吹くでない!我が嫁は女主のみだ!」
「愛人は嘘か。なんだ、せっかくだし何か贈ってやろうと思ったんだが」
「なぜ祝う!?嫉妬しろとは言わぬが……言わぬが!言わぬが!お前以外を娶る気はないと何度も言っておろう!」
「またエルキドゥの嘘に黙れちまったな」
「何をしてくれている我が朋よぉぉぉぉ!!」
「残念だったね、今のボクには何も聞こえないよ」
まさか体の構造を変えて耳ごと聴覚をなくしていたなど露知らず、置いてかれた藤丸達は呆然としていた。
『すっごく個性的な人達だ……』
「同感だ。アンタと気が合うのは釈然としないが」
『その一言いらないよね!?』
ロマニが軽く傷心したところで、男が「条件がある」とオルガマリーに申し出た。
「天文台の通信技術を教えろ。であれば聖杯を奪うまで力を貸してやる」
「……待って。私達は何も明かしてないのに、どうしてその名前を知ってるの?」
「どうして、か」
彼は意味ありげに復唱した。
「ならば貴様らに問おう。我らが普通に見えるのか?」
「……」
見えない。
サーヴァントに通用する気配遮断といい、大樹を生やした能力といい、それを丸呑みする炎の魔力量といい、こんな状況でふざけていられる精神といい、彼らは異常だ。ただの人間に──たとえ熟練の魔術師であっても、そんなことできる筈がない。むしろ「こういう状況」に慣れているようにすら見える。
『でもキミ達は一応人間……人間?ちょっと待て、この反応は──』
「ドクター?」
「ほう、観測機もなかなかのようだ。この術を破るとは興味深い」
『なんだこれは!サーヴァント反応はないのに戦闘力は並みのサーヴァントを上回ってるぞ!魔力も神霊クラス──いやコレそこらの神よりすごくないか!?キミ達ほんとに何者だ!?』
「ただの半神だ」
「ちょっとした神造兵器だよ」
「しがない太陽神だ」
「────」
斜め上を行く回答の連続に、全員叫ぶことすら忘れた。
『いやいやいや、え、神造兵器でエルキドゥ……?じゃあまさか、そこにいるのは──』
「そうだな、この場なら隠す必要もあるまい。我が名はギルガメッシュ。霊薬により不老不死を得た裁定者だ」
「ボクはエルキドゥ。その霊薬を見つけてあげた兵器だよ」
「元シャマシュだ。冥界で隠居してたら追い出されちまった」
『んんんんん? 聞き逃せない言葉が連発したぞ?』
「世界線が異なるのだ、そのような差異もあろう」
「────」
またもや絶句。オルガマリーに至っては「へいこう、せかい……?」と呟いたきり失神した。
『じゃあキミはエルキドゥが死んだことで不老不死を探す旅に出て霊薬を見つけたけど水浴びで目を離した隙に蛇に食べられちゃってウルクに帰還してから国の再興に専念したこの世界のギルガメッシュじゃないっていうのか!?』
「ボク死んだの?兵器なのに?」
「エルキドゥを死なせるとかこの世界の私はポンコツか?」
「我には何かないのか」
「蛇に負けた男が何か言ってるよ」
「水面に写る自分の筋肉に見惚れてたんだろ」
「もういい、何も言うな……」
偉大なる最古の王は哀愁を漂わせて洞窟に入っていった。
味を占めたのか、その後ろをエルキドゥと女主が貶しながらついて行く。
「…………俺達も行くか」
「「は、はい!」」
気を失っているオルガマリーをキャスターに担いでもらい、途中目を回しているアーチャーの横を通り過ぎる。
そうしてようやくマシュと藤丸がギルガメッシュ達に追いついたとき、既にセイバーは膝をついていた。