「何者だ、お前ら……」
「アンタ喋れたのかよ!?」

 泥で黒化したセイバーによるシリアスムーブは第一声で粉砕された。
 そもそも隣でお茶会をしている三人組がいるのでシリアスも何もあったものではない。しかも一人は玉座に、二人は精巧なウッドチェアに座り、テーブルにはインテリアなのか水晶まで置いてあるという徹底ぶりである。

 ちなみに聖杯を奪い大聖杯を「過ぎた力は破滅を呼ぶ」と洞窟ごと壊そうとする三人にセイバーが「せめてカルデアの実力を測らせてくれ」と頼まなければ、藤丸達は運悪く生き埋めになっていただろう。

「クー・フーリン……こいつらはお前の手引きか?手応えの割に戦意がまるでない」
「マイペースの塊だからな。だが悪い奴じゃねぇよ」

 キャスターはセイバーそっちのけで話し合う三人を見た。

「馬に骨あげたら喜ぶと思うか?」
「ボクは微妙かな」
「お前はいつから馬になったんだよ」
「犬は好むと聞くが、馬は知らんな。急にどうした」
「いや……こんだけ骨が多いなら一本くらいブネネの土産にできないかと思ってな」
「女主は謙虚だね。ボクに言ってくれれば一万は集めるよ?」
「やめんか。どうせ我に預けるのだろう。宝物庫を棺桶にする気か」
「「それだ」」
「それだ、ではない!誰が片付けると思っておる!」

 エルキドゥと女主は同時に人差し指を向けた。

「よかろう。まずはお前らを骨にしてやる」

 見なきゃ良かった。
 キャスターは心からそう思った。

「悪い奴らじゃねぇんだよ……ちょっと空気読めないけど……」
「キャスターでも苦労しているのか」
「慰めるなセイバー……それに聖杯の行方はこいつら──カルデアが回収する約束だ」

 キャスターがオルガマリーを乗せた肩を揺らすと、セイバーはオルガマリー、マシュ、藤丸と順に見て、再びマシュを──正確には彼女の盾を見た。

「なるほど。いいだろう。貴様に譲り渡してやる」
「えっ……」
「ただしこの攻撃に耐え切れたら、だがな」

 セイバーは立ち上がり、剣を構えた。

「来るぞ!」

 キャスターが声を上げてオルガマリーを投げた。それを藤丸がよろけながらキャッチし、肩に腕を回して支える。

『魔力数値が急上昇している!間違いない、宝具を打つ気だ!』
「お嬢ちゃん、構えろ!マスターは魔力の準備だ!」
「「はい!」」

 セイバーの剣に黒いオーラが収束する。

 そして──


約束された(エクスカリバー)──────勝利の剣(モルガン)!」


 漆黒の魔力の奔流が迸り、カルデア一行を飲み込まんと襲いかかる。
 キャスターが後方からルーン魔術で威力を落とし、削ぎ切れなかった魔力をマシュが盾で受け止める。だが力の差は少しずつ表れていた。
 セイバーが振るう宝具「エクスカリバー」は並の英霊では太刀打ちできない星の聖剣だ。まして宝具を使えないマシュでは、押されているとはいえ立っていられるのが奇跡だった。

「うぅ……ッ」
『マシュ、今は耐えてくれ!大丈夫、君の中の英霊は聖杯に選ばれた英霊だ!』
「ですが……」

 苦しそうに顔を歪めるマシュを前に、藤丸は歯軋りした。
 この特異点に来てから、サーヴァントだからという理由だけで戦いに震える女の子に守られている。
 悔しくて仕方ない。しかし人間の藤丸にできることは魔力の提供のみ。

 ──本当にそれだけなのか?

 魔力の奔流の最中にあってなお、藤丸は考え続けた。

「マシュ」
「先輩……?」

 そして盾を構えるマシュの肩に、自分の手を乗せた。互いの死を覚悟しながら、せめて安らかであれと願ったあの時と同じように。

「俺は──今度こそ助ける!」
「私は──先輩を守ります!」

 彼らの声は魔力の轟音に負けずセイバーの耳まで届いた。

「そうか──」

 セイバーは剣を下ろし、ふっと微笑んだ。

「結局、私ひとりでは同じ結末を迎えるか」

 彼女の体が光の粒子となって溶けていく。
 それは聖杯戦争の終結を意味していた。

「見事だ。お前達なら預けられると確信した」
「それって……!」
「だがこれは私の敗北ではない。今の攻撃は残りカスのようなものだ。そこで茶会を開いているアホ共に魔力を浪費させられた挙句、聖杯を奪われバックアップが消えたせいで竜の心臓が使えなかった──つまり不戦勝だ。いいな?本来ならお前らなど一秒と持たず吹き飛ばしていたこと、ゆめ忘れるなよ」
「セイバーってもしかして負けず嫌い……?」

 セイバーは無言のまま、不敵な笑みを浮かべることで返事とした。

「くそ、俺もここまでか」

 藤丸の後ろで、キャスターの体も淡く光っていた。

「お嬢ちゃん、次会った時は修行つけてやるよ。新米マスターも達者でな。できればランサーで喚んでくれや」
「私も今のが本気と思われるのは不愉快だ。気が向いたらお前達のグランドオーダーに協力してやる」

 そう言い残して、二人は消えていった。

「むにゃ……はっ、ここはどこ!?」
「おはようございます、所長。朝ではありませんが吉報があります。セイバーに勝利しました」
「は?」

 オルガマリーの視線は藤丸とマシュを往復し、たっぷり十秒かけて状況を理解した。ついでに腰に回されていた藤丸の手を叩き落とした。

「そ、そう。よくやったわね。少しだけ認めてあげるわ。で、肝心の聖杯は?」
「あっ……忘れてました」
『それなんだけど……反応から見るに、セイバーの言葉を借りると茶会を開いてるアホ共が持ってるんだよね』
「は?だってあいつら手ぶらだった……」

 オルガマリーは何度も目を擦ったが、現実は変わらなかった。
 神代から生き続けた並行世界の英雄達が囲むテーブル。その上に置かれた、一つの水晶体。それこそがこの特異点における聖杯だった。

「マシュ、アンタでもいいわ!聖杯をさっさと回収し、て──え、レフ?」

 いつの間にやら増えていた椅子に座る……というか蔓でガチガチに拘束されて口から泡を吹いている人物を見て、オルガマリーは喜色を浮かべた。

「やっぱりレフだわ!あなたも無事だったね!ああ良かった、カルデアが大変なことになってるのよ。私はどうしたらいいのかしら。いつもみたいに助けて頂戴!」
『レフ教授もいるのかい!?良かった、これでカルデアのトップ2が僕じゃなくなる!』
「ドクター……」
「ぶっちゃけるね……」

 カルデアの面々がそれぞれ反応を示す中、とある発言がほのぼのとした空気を凍らせた。

「珍しいな。魔神柱も雇用対象なのか」

 発言者はマイペースな三人の中でも飛び抜けてマイペースな女主だった。

「まじん、ちゅう……?」
「所長!しっかりしてください、まだ決まった訳ではありません!」
「いや、真実だ」

 頬杖をついたギルガメッシュは横目で藤丸達を見る。

「やはり裏切り者だったか。カルデアの次は人類史を焼くのだと吶喊しておったわ」
「身分を隠してたにしちゃ、さっき堂々と『魔神柱たるこの私が惨殺してやる!』って名乗ってたじゃねーか」
「斬新な自己紹介だったよね」
「ああ。驚いたぞ」
「……揃って名乗り出したかと思えば、そういうことか」

 ギルガメッシュは失笑した。

「あれは悪役が満を辞して正体を明かす時の口上のようなものだ。名を告げている訳ではない。よってお前らも名乗り返す必要はないのだ」
「「なるほど」」

 この神様と神造兵器はちょっと天然だ、と藤丸は思った。

『いやいやいや!さっきから爆弾発言の連続で理解が追いつかないぞ!?君達は生きた並行世界の英雄で、レフ教授はカルデア爆破の犯人で、実は人類史を燃やそうとしていた魔神柱だって!?』
「う、嘘よ!レフはそんなことしないわ!」
「ならば当人に尋ねればよかろう」

 ギルガメッシュがそう言うと、エルキドゥは「えーい」という気軽なかけ声と共にレフを椅子ごと放り投げた。
 未だ気絶中の彼は受け身を取ることもできず、岩肌に叩きつけられる。
 だがその衝撃で意識を取り戻したのか、小さく呻き声をあげた。そんな彼に駆け寄る人物が一人。オルガマリーだ。

「ねぇレフ、嘘よね?あなたが魔神柱だなんて、性質の悪い古代ジョークよね?だって今まで助けてくれたじゃない。今回だって私を助けてくれるんでしょう?」

 オルガマリーは懇願するように震える手を伸ばした。

「ああ、オルガ──君は本当に馬鹿だな」

 しかし彼女の願いは叶わない。
 レフは人の良さそうな笑みを邪悪なものに変え、ギョロリと目玉を動かした。

「レフ……?」

 そしてパキパキと自らを拘束する枝を折りつつ人型の衣を破り、秘匿していた異形の姿を露わにする。
 そこにレフ・ライノールというカルデアの教授の姿はなく。ただ大きな触手に夥しい数の赤い目玉を宿した怪物が佇むばかりであった。

「私の名はレフ・ライノール・フラウロス。人理焼却のため2015年を担当する魔神柱である」

 彼をよく知るオルガマリーとマシュは青ざめた顔で「そんな……」と溢した。
 魔術師としては初心者の藤丸も、魔神柱の意味を知らないながらも彼が良くないものだと感じ取っていた。

「どいつもこいつも好き勝手動きやがって。君達人間を見ていると心底吐き気がするよ。そんなだから王に見捨てられるんだ」
『王……?』
「この声は──君も生き残ってしまったのか。どうやら私の命令に従わなかったようだね。全く、つくづく腹が立つ」
「誰よ……あなた誰!?レフをどこにやったの!?」

 しかしカルデア組が混乱する一方、マイペース組は通常運転だった。

「この特異点はユニバースのお化け屋敷に似ているね」
「……なんつーか懐かしいな。また行けたらいいんだが」
「たまには他のテーマパークで遊んでみたいな。ケモ耳カチューシャつけて写真を撮ろうよ」
「けもみみかちゅーしゃ……?まあ良いけど」

 ぽわぽわと朗らかな空気を感じ、魔神柱フラウロスが彼らに目をつけた。

「小煩いクソどもめ!死を味わうがいい!」

 そう言って、大きな触手で椅子ごと薙ぎ払おうとして──失敗した。まだ触れてすらいないにもかかわらず、触手は彼らに届く前にバラバラに切り落とされたのだった。

 フラウロスは重大なミスを犯していた。

 一つは彼らの正体を知らなかったこと。
 もし彼が移動を遅らせ、シバを通して特異点Fをギリギリまで監視していれば、洞窟外の異変が彼らの仕業だと警戒できていただろうが、現実は違った。
 彼は魔神柱であることを驕り、人間に偽装した彼らを下に見ていた。
 もっとも、彼らは不穏な気配を察知して放出する魔力量を人間大に減らしていたので、フラウロスが「運悪く特異点Fに飛ばされ、運良くセイバーに勝てた狂人」と勘違いしてしまうのも仕方ないことだったかもしれない。

 もう一つは暴言を吐いてしまったこと。
 女主はギルガメッシュとエルキドゥにとって唯一にして絶対の恩師である。そんな彼女が貶されて黙っていられる筈がない。
 さらにフラウロスの暴言が見事に二人の地雷を踏み抜いていたことも良くなかった。

 しかし当の本人は全く気にしていないうえ、二人の怒りを理解していないと来た。神ゆえに感情が欠落しているのか、気づこうとしていないからか……。

 ともかくギルガメッシュとエルキドゥの目は暗く輝き、もはやフラウロスの生存を許していなかった。

「どこから削いであげようか」
「我が手ずから打擲してやる」

「「楽に死ねると思うなよ」」

 のちにマシュは語る。
 所長が少し漏らしていました、と。







 三分クッキングのオープニングも終わらないうちに魔神柱は解体された。その残骸に名前をつけるなら「フラウロスの微塵切り〜素焼き・氷漬け・粉末のフルコース〜」といったところだろう。

「レフ…………」

 生来頼ってきた人物の裏切り。さらに彼は消滅する間際「まだ終わりではない」と不穏な言葉を残していた。
 しかしオルガマリーはカルデアのトップに立つ者。感傷に浸る時間も許されないと思い、なけなしのプライドを以て聖杯を優先することにした。
 そうしていち早く着替えたい気持ちを押し留め、生きた英雄達に向き合う。

「どうぞ」
「ええ、確かに受け取ったわ」

 太陽神シャマシュから聖杯を受け取る。
 魔術協会が聞いたら卒倒するか連れ帰れと騒ぎそうだ、とオルガマリーは思った。

『レイシフトの準備ができたよ!これでカルデアに帰れる筈だ!』

 喜びで声を弾ませるロマニと対照的に、オルガマリーはどんよりとした声で現状を振り返った。

「はぁ……マスター47人は瀕死で、職員もほとんど爆死してるのよね……なんだか帰りたくないわ……」
『ええっ、それは困る!ボクに指揮を預ける気かい!?』
「わたしもドクターでは不安です!指揮系統は所長が適役だと思います!」
「そうね、責任者は責任を取らないといけないものね……47の命……フフフ……」

 何やら良からぬ方へと思考を巡らせるオルガマリー。
 そんな彼女に藤丸の訂正が入る。

「責任とかじゃなくて、みんな所長だから任せたいんですよ。俺もマシュのマスターとして魔術とか教えてもらいたいし……だから一緒に帰りましょう」

 正面からあなたが必要だと求められる。それはオルガマリーが体験したことのない信頼だった。

「オルガ所長」

 突然女主に呼ばれ、オルガマリーは戦々恐々ながら「な、何かしら……」と返す。オルガはニックネームでオルガマリーが正しいのよ、とは神代が終わっても現界し続けている神様相手ではさすがに言えなかった。

「地上は滅亡の危機にある。カルデアがこれを回避する方法は一つ。七つの土地を巡り聖杯を奪取することだ」
「は……?」
「私達は世界を渡る身。人理の理を外れ、気ままに生きる流浪の民。だが求められれば応えたくなる生き物でな」
「女主よ、よもや手伝う気ではなかろうな。この世界に飛ぶとは限らんのだぞ?」
「なら縁を結べばいい。神と契りを結べば、それは強固なものになる。というか、そのつもりで聖杯譲渡の契約をしたんだと思ってたが…………どうしたギルガメッシュ」

 ギルガメッシュは額を押さえていた。

「わかっていたならそう申せ。これでは我が道化ではないか」
「お前は敬虔な信者だ。道化なんて思ったことねーよ」
「信仰ではないのだが……まあよい。女主はそこでいじけている我が朋をなんとかしろ」
「はいよー」

 女主は気軽な様子で何か言いたげな目で体育座りをするエルキドゥの元に向かう。
 それを確認し、ギルガメッシュはオルガマリー達を吟味するように眺めた。

「今のは事実だ」
『ギルガメッシュ王、人理焼却とは一体?それにレフ教授が魔神柱だとしても、そんなリソースどこから用意したんだ?』
「案ずるな、数奇な医者よ。いずれ知ることだ」
『教えてくれないのかい?!千里眼を持つ王様なら事前情報が手に入ると思ったんだけど……』
「確かに未来を視ることはあるが、たとえ視えたとしても我が口を開くことはない。あまり肩入れしては星の裁定者でいられなくなるのでな」
『ならそこまでして我々に協力する理由は?先程の宝具の山を見るに、ギルガメッシュ王にはカルデアの技術なんて要らない筈だ』
「そこは気が向いたら話してやる。それより、その呼び方はやめんか。今の我が背負うは国ではなく、神と兵器だけなのだ」

 遠回しに王であることを否定したギルガメッシュに、マシュは目を丸くした。

「伝承のギルガメッシュ像と大きく異なります。本当に違う世界の方なんですね……」
『うんうん。この世の財宝と美女は自分のだ!って豪語していた暴虐な王様とは大違いだ』

 マシュとロマニが驚く一方、叙事詩に残る王の暴君ぶりを聞いた藤丸は頬を痙攣らせた。

「英霊ってみんなそんな感じなの……?」
「全員とは限りません。私を助けてくれた英霊もいますので」
「ああ。貴様の宝具は目を見張るものがある。武力など所詮暴力よ。言葉でわかり合えるならそれが一番だ」

 ギルガメッシュは身に覚えがあるのか、「強大な者同士が剣を交えれば周囲の被害は尋常ではないのだからな」と遠い目で語った。

『ギルガメッシュの武勇伝というと、初対面のエルキドゥと三日三晩戦って引き分けた話かな?』
「なんだと?こちらの我は野蛮だな。我と朋は戦わずして互いを認めたぞ」
『そもそも戦ってなかった!?』
「被害云々は我ではなく女主の武勇伝だ。いや、伝説と言うべきか。神々の戦いと言えば聞こえは良いが……地上の被害は実に散々であった。アレはメソポタミア全域を焼き、イディグナとブラヌナを蒸発させたのだ。ウルクだけでなく、あちこちで深刻な水不足が起きたものだ。あの時ばかりは我も王朝の終焉を覚悟した」
『さすが神代の神様……』

 英雄による地形変化説は珍しくないし、神が地形を作ったという創造神話も世界にありふれている。しかし実在した王が語ると一気に現実味を帯び、未だ戦闘に参加していない、一見穏やかでマイペースな女主もとんでもない力を秘めているのだと実感した。

「一先ずカルデアに帰るわよ。爆破したところを直さなきゃいけないし、魔術協会にも連絡しなきゃ」
『あの……そのことだけど、悪い報告が……』
「何よ、ハッキリ言いなさい」

 オルガマリーは不快そうに腕を組んだ。

『所長の体は爆発で致命傷を負っているんだ。今は精神だけレイシフトした状態……つまりカルデアに帰ると、キミは死んでしまう』


「………………なん、で、すって……?」

 カルデアの爆破。
 それがレフによる意図的な事件だとしたら、その悪意がオルガマリーにも向けられていてもおかしくない。むしろあの場にいたマスター候補47人が瀕死に追い込んでおきながら、所長であるオルガマリーだけ無事で済ます筈がないのだ。サボったり部屋で休憩していたりというイレギュラーがない限り。

「死ぬ、なんて──こんなあっけなく終わるの……?だって、今まで頑張ってきたのに……!何よ!私の努力は何だったの!?イヤ……イヤよ!私まだ死にたくない……っ!」

『……』
「所長……」

 ロマニもマシュも、かける言葉を見失っていた。
 そんな中、ギルガメッシュが藤丸に声をかける。

「カルデアのマスターよ。時はお前の味方ではない」

 そう言うとギルガメッシュは絵しりとりをする二人の元に向かった。

「先輩……?どうされましたか?」

 藤丸は言い出すか迷っていた。
 きっと励ましてくれたのだろう。さっさと思いついた作戦を伝えろと、ギルガメッシュはそう言いたかったのかもしれない。

「ねぇマシュ。所長の肉体は瀕死で、精神が無事なんだよね?」
「?はい」
「聖杯って、なんでも願いが叶うんだよね?」
「はい……ですが、どんな魔術でも魔法でも死者を蘇生させることは不可能です」
「でも所長の精神はまだここにいる。だから聖杯で肉体を治すとか、別の肉体を作ればカルデアに帰れるんじゃないかな」

 オルガマリーは呆然と手の内にある聖杯を見やった。
 万能の願望機でも死者の蘇生は不可能とされている。
 なら、空っぽの肉体だけならどうか。

「でも……こんなことに使うなんて……」
『いいんじゃないかな。一つくらい。僕達は聖杯を手に入れた勝者とも言える訳だし、使う権利はあると思うよ?』

 マシュも藤丸も大きく頷いた。
 聖杯と言われても、特に願いはない。そして所長が必要としているなら、使うことに文句などなかった。

 オルガマリーは深く息を吸い、声に出した。

「──聖杯よ。私の肉体を治しなさい!」

 時間にして十秒。
 ロマニの報告が届いた。

『成功だ!割れた花瓶を逆再生したみたいに体が戻ったらしい!今バイタルチェック中だよ!』

 四散していたのかと引き気味ではあったが、オルガマリーは感涙した。そんな彼女にマシュが慌てて駆け寄る。

「……ドクター。所長みたいに、俺以外のマスターって助けられる?」
『彼らは……まだわからないな』

 オルガマリーは精神がそのまま特異点Fに移動していたから通用したが、彼らはコフィンの緊急停止措置によりレイシフトしていない。たとえ肉体を治しても、ショック死や失血死や先に精神が死んでいれば無意味なのだ。
 とはいえ、これを魔術協会が知れば「魔術回路が維持されるなら人形でもいい」と主張するだろう。なにせ世界中から選ばれた48人だ。希少価値は十分ある。

 しかしロマニはそんな非人道的な行為に反対だった。
 まだ若い少年少女を脱け殻にして、実験動物のような人生など送らせたくない。藤丸やマシュに話す気はないが、助けられないならいっそ……と悲観的なことも考えていた。

『その辺の処遇もわかるのかな。とにかく、話はカルデアに帰ってからだ』
「なんであなたが仕切るのよ……」

 涙声のままオルガマリーがツッコむ。
 一度死んだからか、その表情は吹っ切れていた。

「さあ、帰るわよ。一緒にね」
「「はい!」」

 マシュと藤丸の返事を受けて、オルガマリーは晴れやかに笑った。