組み分け帽子が高らかに宣言し、獅子を掲げる旗の下で大喝采が起こる。

 ハリー・ポッター──ただ一人「例のあの人」から生き延び、倒してみせた男の子。
 そんな英雄が同じ寮に選ばれて、嬉しくないわけがない。
 だが心中を満たすのは、純粋な喜びだけではなかった。垂らしたインクが、繊維の奥まで染み渡るような、一抹の不安。

 そっと視線を向ければ、多くがポッターに注目する中、複雑そうな表情のセドリックと目が合う。

 本人から聞かなければ、ポッターを獲得できなかったせいだと思っていただろう。あるいは気づかず、三寮からの羨望と嫉妬を浴びながらウィーズリーと一緒に花火の一つや二つ打ち上げていたに違いない。

 天井を仰ぎ、目を閉じた。
 拍手の隙間から生徒の話し声が聞こえてくる。

「どうしてグリフィンドールなのよっ。レイヴンクローに来ないなんて絶対後悔するわ!」
「随分長かったな。組み分け帽子が迷うくらい多才なのか?」

 宙に浮かぶロウソクから、ゆっくり横を見る。
 恥ずかしそうに俯くポッターは、グリフィンドールのテーブルに座っていた。

 これは現実だ。
 現実になってしまった。


 生き残った男の子が選んだのは、アナグマでもヘビでもワシでもなく──

 ──セドリック・・・・・の予言通り、ライオンだった。







 監督生が新入生を連れて大広間を出て行く。
 普通なら在校生も後を追うのだが、モニカは途中でその流れを外れ、いつもの待ち合わせ場所に向かった。

 随分昔に使われなくなった、四階にある倉庫。

 隠し部屋となっている上に『呪われた魔法道具があり、迂闊に入ると悪魔の罠に殺される』という噂があるため、この部屋に入る者はいない。

 実際のところ、悪魔の罠ではなくセドリックが持ち込んだ"ブルブル震える木"なのだが、魔法使いには暗闇の中で蠢く植物イコール悪魔の罠という先入観が働いてしまうのだろう。

 ちなみに呪われた魔法道具とはウィーズリーの試作品だ。
 元々寮に置いていたのだが一度夜中に爆音花火が鳴り出してしまい、死喰い人でさえ逃げ出しそうな眼光でアンジェリーナに叱られ、泣く泣く移動させたのだ。

 そんな訳で、噂を知らないか、よっぽど好奇心が強い生徒でなければまず近寄らない絶好の秘密基地……だったのだが、なぜか四階が立入禁止になってしまったため、集まれるのも今日で最後かもしれない。


 扉を開けると、知らずに噂を作り出したセドリックがルーモスで葉を照らし、その成長ぶりを確認していた。
 棚からランプを取り出し、インセンディオで明かりを灯す。

「未来予知ってすごく貴重なんだよね?予言者の血を引いてるってだけでも狙われるとか……」
「そのせいで動物もどきより希少価値が高くなった、だよ。魔法史の教科書は全部読んだんだ」
「と、とにかく!ダンブルドア先生に相談しよう?」

 今セドリックに必要なのは真っ当な大人による保護だ。バックにつける人物として二十世紀最大の魔法使いほど頼れる人はいない。

 我ながら良いアイデアだと思ったモニカだったが、セドリックは苦い顔で頭を振った。

「できればもう少し秘密にしておきたいんだ。本当に偶然って可能性もあるからね」
「えぇぇ……」

 コンパートメントで「未来がわかるかもしれないんだ」と言われた時はクィディッチの練習中に頭を打ったのかと思ったが、つい先程、セドリックの予言──正確には予知夢──は的中してしまった。

 組み分けはハンナ・アボットという女の子から始まること。
 ハリー・ポッターがグリフィンドールに選ばれること。
 闇の魔術に対する防衛術をクィレル教授が担当すること。

 手の込んだ冗談だと一笑に付すことは簡単だが、誰よりもハッフルパフを極めてるセドリックがそんな嘘をつくはずがない。というか嘘が下手だからすぐわかる。

「他に誰が知ってるの?」
「まだ誰にも言ってないよ。信用してない訳じゃないんだけど、はっきりしないことを言って混乱させたくなくてさ」
「私は混乱してもいいと……?」
「そういう訳じゃないよ。だって女主が混乱するなんて例のあの人が改心するよりありえないだろう?」
「十分ありえるよ!?」

 この二年間で知ったことだが、セドリックは冗談か本気かよくわからないことを言うのが好きらしい。

「あとこの際言っておくけど、女主は振り回される苦労を知った方がいいよ。というか知ってほしい」
「はあ?誰にも迷惑かけたことない超優秀でパーフェクトな女主様に何言ってんの?」
「その発言マグゴナガル先生に聞かせたいよ」
「きっと感動で言葉も出ないね!」
「怒りでの間違いだろう?」

 呆れた様子で額を押さえるセドリックに向けて、女主は指を三本立てた。

「優先して把握すべきことは、予知の範囲・精度・頻度。この三つだと思うの。特に頻度かな。未来を知ってるっていうのはあらゆる面で優位に立てるけど、毎晩夢を見てると精神的に参っちゃうでしょ?」
「それを最初に心配するって……、範囲は今のところ断片的な映像って感じかな。精度は僕の記憶力次第だよね」
「でも起きてすぐメモを取るしか対策が思いつかない……そうだ!お父さんに夢を記録する羽ペンが作れないかそれとなく聞いてみるよ」
「そんなの作れるわけ……いや、タナトスさんなら本当に作りそうだな……うん、ありがとう」

 女主は自分の父親を「趣味と仕事を兼ねて実験と考察に没頭する変人」だと思っている。
 そんな彼なら机上の空論を実現させることができるかもしれない。たとえ不可能だとしても、実験の手伝いを申し出れば何らかの協力はしてくれるだろう。

 脱線しつつ話し合いを進めるうちにセドリックの水やりも終わり、二人で隠し通路を通って出入口に向かう。
 何か忘れている気がするが、忘れるくらいなら些細なことだろうと気にせず歩いていると、後ろからついて来ているセドリックが正体を告げた。

「この倉庫しばらく使えないから、別の場所を探さないとだね」

 結構大事なことだった。

「図書館は話せないし、中庭は外だし……。どこか空き教室でもあればいいんだけど」
「私も使えそうな部屋探しとくよ。見つかるまでは手紙送るね」

 人がいないことを確認してから廊下に出る。
 乗り気ではないのか、隣に並んだセドリックが「手紙かぁ……」とため息混じりで呟いた。

「手紙は嫌な思い出があるんだよな……」
「ハッフルパフはセドリック宛ての手紙は全部ラブレターだって錯覚する呪文がかかってるもんね」
「ハッフルパフに限らないけどね」
「今世界一無駄な訂正をされた」
「ひどっ……あのね、家族からの手紙を公開されるってすごく恥ずかしいんだよ?」
「なら怒ってみたら?セドリックって普段怒らないから効果抜群だと思うけど」
「だって隠したら、それはそれで勘繰られるだろう?」
「噂なんて放っておけばいいんだよ」
「キメラの末裔って噂されてる人に言われてもな……」
「なにそれ初耳」

 軽口を叩きながらも、別れ道となる階段の前まで来た。

 明日は動く階段に困惑する新入生が見られるのだろう。あれは在校生の初心を思い出させてくれる一種のイベントだ。
 思えばあの頃からセドリックとはなんだかんだ一緒にいて、今も不思議と隣にいる。それが当然だと思っている自分もいる。ウィーズリーの言葉を借りるなら相棒というやつだろうか。

「セドリック、約束するよ」

 決意を固め、握り拳を彼に突き出した。

「たとえ例のあの人やダンブルドアが相手でも、絶対にセドリックを守る!」

 唐突の宣言にセドリックは一拍固まった後「それどんな状況?」と笑いながら拳をぶつけた。

 こんな感じで、女主の一年が始まったのだった。


いつから原作知識持ち転生主人公だと錯覚していた?