※刀剣男士が付喪神じゃなくて人間
※刀剣名=コードネーム
※一部刀剣男士が機械・カタカナを駆使する
※レキシューの設定も大幅改変
※審神者出ません
※グロ微注意
街の一画に紛れ込む、大きな倉庫。だが警備員の姿も指紋認証もない扉を開けると、爽やかな空気が流れるオフィスが広がっている。
「あっ女主さん、おはようございます!」
「おはよう堀川くん」
ここは国家レベルの情報を守るために作られた日本秘密保護局──というのは表向きの顔で、実は歴史修正主義者が起こす事件の解決を任務とする極秘潜入捜査班である。タブレットの地図にバツ印を書き込んでいる彼もその一人だ。臙脂色のジャージ姿からは連想できない頭脳を持っている。
「何してるの?」
今日も誰かの潜伏場所でも絞っているのかと思い聞いてみると、堀川くんは「実は兼さんが……」と苦笑した。
「昨日、羽虫にびっくりして枕で潰しちゃったんです。結構ショックだったみたいで、せっかくだから新しいのを買ってあげようと思って」
「寝具店を探してたのね……」
和泉守が本気で叩いたら、虫はミンチどころかスムージーになるだろう。潰された虫の体液が枕の繊維に染み込むのを想像してしまい、思わず眉間にシワが寄る。
「……夜までに買ってあげて」
「速達にします」
軽く肩を竦めた堀川くんと別れ、自分のデスクにバッグを置く。正面にはパートナーがいつも着ているパーカーが丁寧に畳んで置いてあった。
捜査官は基本、二人一組のペアで出動する。堀川くんのパートナーは和泉守だ。二人はまるで双子のように息が合う。最初は堀川くんの面倒見がいいからだと思っていて、最近わかったことだが、お互い思考が似ているらしい。二人は時々、コンビニでミネラルウォーターを買うような気軽さで公にできないアレコレを実行するのだ。
残念ながら私と相方にそういった共通点はない。なにせ、まだ結成して一ヶ月だ。だがもう一ヶ月とも言える。新人の私と、インストラクターから現場復帰した彼。唯一の共通点といえば、余り物どうしで組まされたことくらいだ。
ため息を隠さず重力に任せて椅子に座ると、木彫りの仕切りからひょこりと平野と前田が覗いてきた。
「おはようございます。お茶とコーヒーどちらになさいますか?」
「今日は……お茶をお願い」
眠気覚ましにコーヒーをと思うのだが、二人を見ているとお茶を飲みたくなる魔法にかかってしまうのだ。しかもどこで覚えたのか、期待を裏切らない緑茶を煎れてくれるので、最近はお茶ばかり頼んでいる気がする。
案の定だったらしく、平野と前田は嬉しそうに顔を見合わせてから「「今日も、ですよ」」と笑って去って行った。あーかわいい。
しかし、そんな憩いの時間はすぐに終わりを迎える。
「お茶と一緒に事件はいかがかな」
「朝食はもう済ませたわ」
「僕はこれからだ」
柵の上で腕を組み、二階から見下ろす歌仙。にっこりと口角が上がっているのに不快感が伝わってくるのは、おそらく丁度食べようとしていたところだったからだろう。
それにしても、どうして足元に和泉守が転がっているんだろう。
「事件は待ってくれないと言うが、朝餉だって待ってはくれないんだ」
「昼食になるわね」
「僕は気が長い方だと思っているけれど、目の前で昨晩食べた高級焼肉店の話をされて聞き流せるほど無頓着じゃないのさ」
「……」
「さあ、作戦室に集合だ。早く僕に五日ぶりのまともな食事を味わう時間をくれ」
「すぐ行くわ」
予想外の悲惨さと、今朝はハムエッグトーストとミネストローネ、デザートに昨日買ったフルーツタルトを食べたと言ってしまった場合の末路に気付いた私は、和泉守に向けてそっと手を合わせた。仕事明けに行こう、と先に言えば良かったのに。
*
作戦室とコンピュータ室は同室になっている。
長方形の部屋の中央にあるデスクは大人数で話し合える大型サイズで、四隅には二台ずつ、計八台のPC。そして壁の一つは縦が天井から床、横はPCのデスクの手前までの大型液晶画面となっていて、そこに防犯カメラの映像や被害者・容疑者の情報が映し出される仕組みだ。
画面の前には歌仙と青江、そしてパートナーが待っていた。
「これを見てもらおうか」
そう言って青江がPCを操作すると、画面に映像が流れ始める。
そこには目出し帽に緑のジャンバーを着たいかにも強盗犯な男が、銀行の最深部──金庫の前でパスワードを打ち込んでいた。
「昨日の夜、何者かが警備員の監視と生体反応をやり過ごして銀行に侵入したんだ。鮮やかな手口だと思わないかい? でもマヌケなことに、金庫の施錠パスは──」
映像には音声がついていた。男は「なんで開かない?!」と叫び、酷く慌てている。
「──打ち間違えたか、勘違いしたんだろうね。セキュリティが作動して警報が鳴った」
「肝心なところで詰めが甘いですな」
用意周到な割にマヌケ過ぎないか?紙やスマホを見ている訳じゃなさそうだし、きっと金庫のパスワードは暗記していたはず……いざ金庫を前にして怖気づいたとか?
「被害は?」
「通気口をはめ直せば何も。まあ初めてらしいし、かなり痛いと思うけどね。……信用のことだよ?」
「こじ開けたり溶かさなかったのね。……扉のことよ?」
「青江、直す気はないのかい?」
「女主殿も張り合わないでください!」
真似したくなってしまうものは仕方ない。
しかし緊張感が欠けてしまったので、話を戻す。
「この犯人、差が激しすぎない?」
「その通りさ。PCから顧客情報を抜き取った形跡はないのに、職員カードは指紋一つないピカピカな状態で現場に残ってる。歴史修正主義者の特徴に当てはまるだろう?」
軌道修正に乗っかってきた青江は、歌仙と一期がまだ何か言いたそうにしながらも言及をやめたのを見て「しかも」と笑みを深めた。
「なんとこの犯人、家からこの格好で来ちゃったんだ。周囲の監視カメラを漁ったら──ビンゴ」
青江が指を鳴らすと同時に、免許証が映される。歌仙がタイミングよくキーボードを叩いたらしい。
「いい連携だね」
「昨日練習したんだ」
「文系を言い訳にしたくなかっただけだ」
すばやく歌仙の訂正が入る。声音と表情に後悔の念がたっぷり詰まっていて、どうして食事より優先させたのかと不思議に思っていると、仮眠を取っていれば……空腹もあって……と小声で自分を必死に納得させようとする呟きが聞こえてしまった。深夜テンションって怖い。
「大丈夫ですか、歌仙殿。少し休まれた方が良いのでは?」
「そうさせてもらうよ。手が空いてる者に引継ぎを頼んでみる」
「住所は端末に送ったよ。マヌケだけど腕は一流だ。気を付けて」
「「了解」」
*
捜査用の車がある地下の駐車場。局長が注文の桁を間違えたから、黒のインプレッサG4で溢れている。
そこから三十分。安全運転で辿り着いた先は二階建てのアパートだった。灰色がかった壁に細い亀裂が入っていて、柱が腐食していると言われても頷ける中古住宅だ。
「この地区は……耐震点検の範囲外だったはず」
「行政の視察を気にせず犯行準備を進められますな」
「住人もいないみたい」
雑草だらけの砂利の駐車場には、先程映像で見たばかりの白いワゴン車が一台。自転車もあるにはあるが、赤錆で変色していて、一センチも進まないだろう。
「立地はいいのにもったいない。この土地買い取って不動産始めたら一儲けできそうじゃない?」
「博多が喜びそうな発想ですな」
窓から覗くと、後部座席には犯行で使ったであろう工具が置いてあった。蓋が開け放たれている。マヌケなのか自信があるのか、隠す気がないらしい。
「そういえばこの前、株主仲間にならないかって誘われたわ」
「弟がすみません……」
「平気。石切丸が最近当てたって話をしたらすぐ行っちゃったし」
「最近やけに三条派にお邪魔していると思ったら……!」
受信した住所はここの103号室だ。削れて読みにくくなっているナンバープレートを辿り、チャイムを鳴らす。故障していた。ノックする。返事がない。
「お出かけ中かな」
耳を澄ませるが、物音一つしない。犯行が失敗したのだから熟睡はできないはず。やっぱり居留守?と考えていると、彼は支給端末を取り出して電話をかけ始めた。
「青江殿、大家に連絡を……」
「あっ」
そもそも鍵がかかっていなかったらしい。ドアノブを回すとキィと音を立てて開いた。そっと隣を見れば、口を半開きにしたまま固まるパートナー。音で察したのか電話の向こうから「まあでも、挑戦は大事だよね」とフォローした後、青江は通信を切って逃げた。
「挑戦は大事」
「終わったらじっくりお話しましょう。では先行します。1、2……」
3の瞬間、彼はドアを蹴り上げて突入した。いつの間にか左手にはコードネームと同じ刀を持っている。
私も銃を構えて後に続き、警戒しながら狭い室内を確認していく。トイレ、浴室、キッチン……人影はない。
「クリア!」
「……女主殿!」
声がした方に進むと、自室だった。壁は雑にポスターを剥がしたのか三角形の切れ端と画鋲がたくさん残っていて、枕元には一台のパソコンが置いてある。
そして血に染まったベッドの上で、今朝見た免許証と同じ顔の男が死んでいた。