玉狛支部は川の中央に建っている。元々川の調査に使われていた施設を買い取って支部に変えたのだ。前はボーダー支部だったこともあり、隊員が住めるよう多くの部屋が用意されている。

「豆大福か」
「ヒェッ」

 自己紹介がてら宇佐美が置いた豆大福を見てギルガメッシュが腕を組んだ。太陽の輝きを放つ金の髪に、鋭い深紅の目。耳飾りも首飾りも腕輪もルビーが埋め込まれた一級品で、アラブ系の衣服も高級生地で織られたものだと推測できる。
 そんな現代の石油王よりも高貴な存在感を放つ人物を前に、宇佐美は萎縮していた。

「良いところの……いいところって何だっけ……でも私達にとってはちょっとした贅沢品と言いますか……すみません、他に出せるようなものはないんです」
「構わん。元より貧民に期待などしていない」
「ひんみん」

 ギルガメッシュからすれば現代人など貧民ばかりであり、現代の価値観で言えば宇佐美は一般家庭の庶民に分類される。しかし英雄王たる彼の言葉の威力は凄まじかった。宇佐美は真っ白に燃え尽き、女主は嗜めるような視線を向けた。

「また直截的な……女の子には優しくしろって言ってんだろ?」
「そのような戯言聞き飽きたわ。主語が代われば存分に聞いてやってもよいのだが」
「エルキドゥならもう激甘じゃねーか」
「なぜそうなる!」
「なんだ無自覚だったのか?」
「そうではない!人違いだ!」
「ごちそうさま。おいしかったよ」

 金髪同士で問答している間にもエルキドゥは豆大福を平らげていた。ギルガメッシュと女主がすれ違っているのは毎度のことであり、彼らの生活に何ら支障はないのだ。問題はあるかもしれないが。

 三人の関係性がなんとなく掴めてきたところで、迅は宇佐美を下がらせた。改めて光の当たる場所で見てわかったことだが、彼らはオーラだけでなく容姿も人間離れしている。正体は神造兵器と半神と女神なので当然なのだが、宇佐美が立ち直り、慣れるには圧倒的に時間が足りなかった。

「エルキドゥ、私のも食べるか?」
「ううん。おいしいから女主にも食べてほしいな」
「そうかぁ?遠慮しなくていいんだぞ」
「うむ、躊躇うのも無理はない。膜に浮かぶ豆……哀れな獣そっくりよな」
「うげっ……ありゃゲロまずだった。二度と食べたくない」
「あれ?でもバター塗ればイケるかもってカルナと炙り魔神柱してたよね?」
「なっ、施しのとバーベキューだと!?なぜ我を誘わない!?」
「バーベキューっつか罰ゲームな。いや、あんなマズいもん食わせられっかよ」

「ねぇ、そろそろ本題に入っていい?」

 思い出話に花を咲かせるギルガメッシュ達。フリーダムでマイペースな彼らを止めることなど迅には不可能だった。
 しかし彼らだって後先考えず好き勝手している訳ではない。

「生活のことなら心配すんな。私達はドラゴンの巣窟だろうとフィオナの長だろうと『突撃!我らの晩ご飯!』だからな」
「もちろん生態系を壊さないように捕獲量は配慮しているよ」
「我が宝物庫にあるテーブルクロスとテントがあれば事足りるのだがな。浪漫というやつだ」

「何言ってんのこの人達……」

 迅はふと「ビル並みの竜らしき怪物をリンチにする三人組」が視えた気がしたが、全力で記憶から抹消した。なぜかわからないが、知ったが最後、常識を覆す別の法則に囚われてしまうような寒気がしたのだ。

「あんたらが火の球の正体か。別嬪揃いだな」

 煙草をふかしながらリビングに入ってきたのは、ボスと呼ばれる玉狛支部の支部長である。彼は迅の隣に腰を落ち着けると、キラリと眼鏡を光らせた。

「俺はボーダーの支部長やってる林藤匠だ。ズバリ聞きたいんだが、あんたらは敵か?」
「ハッ、曖昧で抽象的な問いよな。まあよい、貴様の管見を述べてみよ。我の機嫌次第では答えるやもしれんぞ?」

 高飛車で高圧的。このギルガメッシュは正史と違って暴君にはならなかったが、やはり始まりの英雄であるからか傲慢とも取れる態度が板についていた。

「ギルガメッシュ、王ラ(オーラ)が隠せてねーぞ」
「……ギルは私服のセンスが悪いけど、女主はネーミングセンスがないよね」
「エルキドゥこそ……エルキドゥだって…………いや、エルキドゥに欠点ないな。パーフェクトだ」
「か弱いのは欠陥だよ。ボクはギルに勝てたことがない」
「じゃあ必殺技でも増やすか?お前の鎖は特異だけど手数に欠けるからな」
「ええい、我を挟んで和むでないと言っておる!必殺技なら我にも案がある!だが今は久々の王モードの我に『ギルガメッシュ素敵!惚れ直した!』と胸を弾ませる場面であろう!?」

 しかし唯一の友と愛する者の前では、さしもの英雄王も孤高ではいられなかった。
 カルデアのギルガメッシュならば馴れ合いは不要、あるいは合わせる顔がないと言葉を交わすこともしないだろうが、このギルガメッシュは正史と違う道を選んだ全くの別人である。エルキドゥと女主に格好つけたい気持ちは人一倍だった。

 だがギルガメッシュが敵わない、素で人たらしな女神が一柱いた。

「じゃあ私は毎秒惚れ直してるな!」

 いつも心臓弾むし、と笑顔を輝かせる女主。あまりの眩しさにギルガメッシュは両手で顔を覆った。

「ふふ、女主は光属性が隠せてないね」
「私の術も解けてんのか?まずいな、失明させちまう」

 そう言って左肩を押さえる女主。エルキドゥは相変わらず穏やかに微笑むだけで、蚊帳の外にいる迅と林藤は何のことやらと顔を見合わせた。
 しかし彼らの会話はサッパリだが、わかったことが一つ。このままでは「ずっと我のターン!」されて話が進まないということだ。

「敵意がないってのはわかった。迅から聞いた話じゃそもそも近界民でもないってこともな。なんでも近界(ネイバーフット)がない異世界から来たとか……まあそれは置いといて、問題はボーダーは玉狛だけじゃないってことだ」

 林藤は煙草を灰皿に押し付け、徐にポケットから携帯を取り出した。そこには緊急会議の連絡が一件表示されている。

「ボーダーの役目は近界民からの地球防衛だ。空飛ぶ馬車なんて地球の技術じゃできないから妥当なんだが、これからお前達は近界民として狙われるだろう。だから誤解を解くために本部に来てくれないか?」
「断る」
「え」

 三人の中でも外交担当のギルガメッシュが短く却下した。その威厳たるや、ソファが玉座のようだった。
 彼には自分の民草も店もない世界に首を突っ込むボランティア精神もなければ、ボーダーの秩序に首を突っ込む動機もない。ましてや自分達を知りもしない組織に従う気など毫もなかった。

 実はこの提案、不利なのはギルガメッシュ側ではなくボーダー側である。
 確かに標的にされればギルガメッシュ達の安寧は妨害され、闇討ちの危険に晒され続けるだろう。しかし彼らは神代から生きる正真正銘の不老不死にして、互いが互いのために世界を犠牲にした傍迷惑集団。トリオン体に現代兵器が効かないとはいえ軍事衛星三機を相手取るようなものであり、そんな非現実的な手段を取れる余裕など今のボーダーにはなかった。

 断られると思っていなかった林藤は沈黙した。迅も最善の未来を引き寄せるための言葉を黙考する。

 そんな静寂を壊す、空気の読めないタイミングが悪い者がいた。

『──あっ、やっと繋がった!なんか座標がすごいことになってるんだけど、キミ達どこにいるんだい?』

 名をロマニ・アーキマンといい、今は女主たちのナビゲーターをしている元カルデア職員である。

 彼の人生を一言で表すなら「魔術王が現代に転生したらドルオタになっていた件について」だ。事情を知らない者が聞けば「それなんてラノベ?」状態だが、なんと真実である。世界を救ってもロマニのマギマリ愛は変わらず、むしろ死ぬ気で吸収した科学技術を生かして自作モデルによるMMD動画を投稿するまでに進化している。

『こっちは女神二柱が女主を呼びに行くって騒いでて大変なんだ。っていうか変なポリシー持ってる王様はともかく、女主は知ってたはずじゃ……?』
「おっかしいな。約束したの三日後だぞ?間違って日付教えたか……?まあしばらく泊めてやってくれ。ブネネの奴すっかり引っ込んじまって、まだ帰れそうにないんだ」
『うーん……一応説得してみるけど、あの様子だと三日過ぎたらそっちの世界に乗り込むと思うよ?』
「その辺はなんとかこう……な!がんばれ!じゃあ!」
『アバウト過ぎないか!?ちょっ』

 切ったよこの人。
 迅と林藤の心が一致した瞬間である。


ロマニとぐだが平和に暮らす世界が見たい