「昨夜、東京都××区で通報がありました。死体は刺し傷が四十五箇所に及び、男性の身元は特定できていませんが警察は連続殺人事件と関連性があるとして調べを進める模様です。──続いてのニュースです。ヒーローエンデヴァーとショートがまたしても快挙を……」

 アナウンサーの声をBGMに、女は包丁を動かし続けた。辺りに飛び散ろうとも構わずザクッザクッと小気味よい音を立てて無心に刻んでいく。次に背骨を避けて切り落とした肉塊から脂肪を削いで薄切りにし、細切れになったものを巻いてフライパンに並べる。

 ジュージューと美味しそうな音と匂いを感じる時間は、女主にとって至福のひとときであった。

 愛用のサバイバルナイフをリュックから取り出し、獲物に狙いを定めた瞬間、調理後の姿が思い浮かんでよだれが出てくる。しかしそのまま齧り付いても美味しくない。やはり肉は焼いてこそだ。この空腹の時間を耐えることで、旨味は増幅される。

「ただいまー……おっスゲー良い匂い!ってことはキッチンが悲惨に……なってるゥ!」

 クラシックの調べと同等のメロディを妨害されキッと音源を睨みつけるが、男は気にするそぶりもなく箱ティッシュ片手に一つずつ拾い上げた。

「ニンジン、アスパラ、ジャガイモ……マジで野菜切るの下手だな」
「ならあなたが切れば良かったじゃない」
「いや俺、頼まれた店に潜入してたんだけど?!」
「あぁ、忘れてたわ。それで、初めてのゲイバーはどうだった?」

 細切れの野菜を拾う上鳴をニヤついた顔で見下すように聞いてくる女主にため息を吐いて「ありえねぇ」とまた一つ拾った。
 サイドキック脱却と同時に対等な協力関係として雇われたものの、上鳴の仕事は大体女主の拠点の片付けだった。おそらく帰宅時間も見越して散らかしていたのだろうが、その労力を野菜の切り方に費やすことはできないのだろうかと上鳴は不満に思った。いたずらならもう少し可愛らしいものがいい。

「なによその反応。代わりたいって言ってきたのはそっちじゃない」
「こんなハラハラドキドキの隠れんぼを毎回やってんのか?」
「そうよ」

 だから何、と空耳が聞こえた気がした。

 ──確かにあんな環境ずっと見てたら性格がねじれるのも納得……

「ってまだ何も言ってないのになんで睨むんだよ!」
「別に……あ、私みたいな黒髪ロングの美少女に会わなかった?」
「お前少女って年齢じゃ……おい、ちょ、美少女が包丁を構えるな!ったく……ああいたよ、スズカって名前だった。目が綺麗なアメジスト色で──でも、なんであんな所にいたんだろう。父親が働いてんのかな?」
「彼女は客寄せよ。ノンケを集める為のね」

 ──知ってるなら潜入前に教えてくれよ……。

 恨みがましい視線を物ともせず、女主はフライパンの上──そのままどこかの美術館に出展できそうな出来の生ハムのバラ園に塩コショウをふりかける。

「私の予想だと、もう一人のスズカが今回の事件の犯人よ」
「説明よろしく」



サイドキックになった上鳴が知らず知らずにその相棒に手柄と給金を横領されていたところ、この情報を仕入れた情報屋が「このまま埋もれるのは惜しい人材ね」と無理やり引き抜いたという経緯がある。
でも情報屋は喋らないから、もしかしたら上鳴は爆豪辺りにお前の収入おかしくね?って指摘されるまで気づかないかもしれないし、過去の書類見返してあれなんかおかしくてね?って自力で気づくかもしれない。