歌仙兼定は最も雅だと自負する服装で博物館を訪れていた。

 特に畏まった展示会ではないので普段着でも問題ないのだが、天下五剣で一番美しいと称される三日月宗近が一緒では気合も入るというもの。悩んだ末かつての戦闘服に似た着物を選んでしまったが、絵画から抜け出したような二人組だと囁かれて安心した歌仙は、まさか三日月が家を出る際、内番時の黄色のバンダナを巻こうとして小狐丸に止められたことなど知りもしなかった。

「して、外国の文化には疎いのだが」
「見てるだけで十分さ。海の向こうの、しかも紀元前の物だからね。あなたより千歳は年上だよ」
「俺と和泉守ほどか。たいした違いはないな」
「……ん」

 ついあの頃の気分で話してしまったことに気づいた歌仙は「人にとってはたいした違いだよ」と苦笑した。作刀されてから本丸を去った日までと比べれば、何の因果か付喪神から人間に輪廻転生した今の人生は何分の一になってしまうのやら。誰かが詠んでいたはずだ。そう、確か西行の──

「世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ、という訳か」
「ふふ、やはり雅がわかる者は違うね」

 この時二人をチラ見していた客は桜が舞ったように見え、自分の目を疑っていたとか。

 風流を解する二人の視線の先には、錆びた青銅の剣があった。刃が大きく湾曲しており、使い勝手が悪い印象を感じる。説明書きによればクノペシュという名で、シュメールやアッシリアを起源とし、古代エジプトで広く使用された武器らしい。歌仙はケースの中で照らされる剣を眺め、刀剣男士としての日々を懐かしんだ。

「もしかしたらこの剣も歴史修正主義者と戦っていたかもしれないね」
「そうだな。まあ人に振り回されるは道具の定めさ」
「三日月……」
「という訳で労いの言葉をかけるとしよう」
「えっ、いや、それは今度にしないか?あっちにネックレスのレプリカがあるみたいだ、早く行こうじゃないか!!」
「急がずともれぷりかは逃げんぞ?」
「あなたの風流度は減るんです!」

 相変わらず自由気ままな三日月を引っ張り、歌仙は次のコーナーに向かった。そこにはパンフレットにある通り宝飾細工が並び、レプリカといえど美しく輝いている。さっと見た感じ武器類はなく、歌仙はほっと息を吐いた。あったとしても今は自分達しかいないようなので支障はなさそうだが。

 エジプトの秘宝といえばツタンカーメンが有名だ。運良く強盗の魔の手から逃れた少年はおよそ三千年もの間、宝飾と共に眠り続けた。他のピラミッドにはツタンカーメンとでは比べものにならないほど多くの宝飾が埋葬されていたと言われているが、真実は闇の中である。

 探索者は少年の墓が無事であったことを喜び、展示した。
では宝飾たちはどうだろう?

 強盗も探索者も、主から切り離した存在に変わりない。こうして展示されるのと墓で過ごすのとでは、どちらが幸せだろうか。あの人はすっかり自虐ネタにしていたから、真面目に聞けなかったが。

 思い込んだように黙る歌仙に、三日月は「お前は深く考える癖があるな」と苦笑した。

「詮無きことは無理に考えずとも良いのだぞ」
「同田貫や鯰尾が賛成しそうな台詞だね」
「最初から思考しない奴には言わんさ」

 彼なりに励ましてくれているのだろう。同じように「見習うよ」と笑い返した歌仙は、ふと三日月の背後──ネコを象った置物がまばたきしたように見えた。思わずその黒猫を見つめるが、何も起こらない。

 気のせいかとそのコーナーを後にし、それからは何事もなく博物館を堪能した。

 帰宅し、充実した週末を過ごせたと布団に潜る歌仙。すると深く沈むような眠気の中、どこからかネコの鳴き声が聞こえた気がした。





 眠りから覚めた名前と御手杵は、薄暗い館を歩いていた。

 二人が並ぶだけで塞げてしまう廊下は通る者に圧迫感を与え、時折ぎいと音を立てて軋む床は足取りを重くする。窓は蔦がびっしりとつたって何も見えず、明かりと呼べるものは壁や天井に点在する蛍のように小さな光くらいで、まともな人間が暮らす環境ではなかった。
 しかし蜘蛛の巣はおろか埃一つなく、廃屋という印象は感じない。そのアンバランスさが不気味さを助長していた。

「何も出ないな。お化け屋敷じゃなかったのか?」
「お化け屋敷にしては綺麗過ぎる気が……」

 名前は言葉を濁した。お化け屋敷に行ったことなど右手の親指で数えられる程度であり、それも小学生の頃の話だ。しかも目覚めてから体感二十分は歩いているため、イメージと記憶と現実が混ざっていてもおかしくない。というか表面上は冷静を装っているが、内心悟りの境地に至るのに精一杯だった。

 と本人は思っていたが、いつの間にか御手杵のジャージを掴んでいる辺り、全く装えていなかった。

「なあ、やっぱ部屋に入らないと進まないんじゃないか?」
「まだ見てない場所があります。それからです」
「うーん……」

 御手杵は困っていた。奥に進むにつれて不穏な気配が濃くなっているのだが、それを何やら警戒している名前に伝えてよいものだろうか。そもそも何に警戒しているのかわからない。奥から漂う気配には気づいていないようだし、起きてからずっとこの調子だ。

「あ。もしかしてホラー耐性ないのか?」
「いっななくは、ないです」
「嘶く?」
「あります!」

 力強く断言したが、最大限に声を潜めているせいで説得力はゼロだった。正しく表記すると「あります!(小声)」である。本丸で全く同じ返答を聞いたことがある御手杵は後藤藤四郎を思い出しながら「ビビリってやつかぁ」と笑った。

「違います。私は人形とか幽霊が怖いだけです。真のビビリには適いません」
「ほんとにビビリな奴って認めないよな」
「っ……御手杵さんは耐性というより鈍感なんでしょうね!」
「おっと。それ日本号にも言われたなぁ」

 恐怖と怒りによる八つ当たりパンチなど物ともせず、御手杵はのほほんとしていた。

 対して怒りを発散したことで少し冷静になれた名前は、掴んでいた手を離した。どうやら自分が思うより冷静さを欠いていたらしい。思うがまま八つ当たりを、それも暴力を振るうなど始めてだ。御手杵にしてみればなんてことない威力であり、殴られたとは微塵も思っていなかったのだが、友達と口喧嘩したことがない名前にとっては結構な衝撃だった。

「とりあえずこっから調べてみようぜ。この前のなぞなぞみたいにヒントがあるかもしれないし」
「……わかりました」

 本音を言えば反対だが、この屋敷から出るには調べるしかないのだろう。すぐに鍵が見つかればいいのだが。

 まずは丁度右手にあった扉に入ろうと御手杵がドアノブに手をかけた時、薄暗い廊下の奥からみゃーおと鳴き声が聞こえてきた。

「猫……?」

 薄暗くて定かではないが、二人の前に現れたのは一匹の黒猫だった。毛並みの良さそうなスマートな体に、ピンと立つ耳。大きな瞳を暗闇の中で光らせながら、二人を見定めるようにゆっくりと歩み寄ってくる。名前はその猫に白い首輪がかかっていることに気づいた。

「飼い猫……?」
「なんだ、やっぱ誰か住んでんのか?」
「こんな場所に住む人がいるんですか……?」
「人かはわかんねーけど」
「きっと迷い猫ですよ!家がわからなくなったのかもしれません」

 おいで、と膝を折った名前に黒猫が近づく。薄暗い闇の中で黄金に光る瞳は、大きく開かれた瞳孔を中心に放射状に線が走っている。

 ……と、吸い込まれるように眺めていた名前だったが、ふと気づいてしまった。

 名前の父は蕎麦屋を開く前、考古学者として世界を旅していた。今でもその名残で旅行に出かけることが多いのだが、それはともかく。彼は宝石や化石を拾っては土産として渡していたため、名前にも多少の知識がある。その知識が「これは生き物の目ではない」と警鐘を鳴らすのだ。美しい瞳は加工された化石のようでもあり、名前は何者かの作為を感じ取った。ぞわりと伸ばしていた腕に鳥肌が立ち、反射的に腕を引っ込める。

「どうしたんだ?」
「……いえ、多分気のせいです」
「にゃーお」

 黒猫は一鳴きすると背を向けて歩き出した。しかし数歩進むと、まるでついてこいと言うように振り返る。

「……ついて行けばいいのか?」
「そう、みたいですね」

 御手杵と名前は黒猫の後を追い、廊下を戻った。

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