言い伝えやおまじないの真偽は人にはわからない。神の気まぐれかもしれないし、偶然が重なっただけかもしれない。生前「お前の復讐は失敗する」と予言されてその通りになった反骨精神か、私はそういったものを信じていなかった。


「ねぇ、ヤドリギの伝説知ってる?」
 食堂で甘口カレーを食べていると、メイヴが正面に座るなり尋ねてきた。
「ヤドリギ?周回で見る貝の魔物?」
「それはヤドカリよ。ヤドリギは木。樹木のこと。ケルトでは不死とか活力のシンボルなの」
「へぇ……」
 不死。その単語を聞いて真っ先に思い出したのはカルナだった。不死身の効果がある黄金の鎧を、よりによってインドラに分け与えた人。
「反応薄いわね……旦那さんのために探そうとか思わないの?」
「多分いらないって言うよ」
「そういう問題じゃないでしょ。そうだ、二人で探しに行きなさいよ」
「早く見つけられるから?」
「違うわよ」
 メイヴは得意げにふふんと笑うと、「見つけた後が大事なの」と優雅な所作で腕を組んだ。
「ってちょっと!何立ち去ろうとしてるのよ!」
「その話長そうだから後でいい?食べ終わったし」
「私の話はカレー以下なの!?アンタ色々テキトーね!?」

「名前?」

 トレーを持ったまま立ち止まっていると、丁度カルナが通りかかった。料理を見てやっぱりカレーだよねと賛同しつつ、今まで座っていた場所に促す。
「カルナ、私の代わりにメイヴの話聞いておいて」
「?……ああ」
「ちょっと待ちなさいよ。アンタ逃げる気?」
 殺気というほどではないが、不機嫌そうなメイヴがこちらを見てくる。話を流したのがそんなに気に入らなかったのだろうか。あとでカルナから聞けばいいと思ったのだが。
「カルデアの職員捕まえてくる。そのヤドリギとかいう木、レイシフトでもしなきゃ探せないんでしょ」
「そういうことなら先に言いなさいよ。ほら、さっさと行きなさい」
「カルナ、管制室で待ってるね」
「ああ、承知した」
 食器を返し廊下に向かう。メイヴはやけに見つけた後のことを気にしていたが、カルナと私が見つけられるのだろうかと思いながら。


 工房にいたダ・ヴィンチちゃんを引き連れ、さっそく管制室に移動する。急いだのかカルナが思いの外早く来たので、準備が終わると同時にレイシフトできた。
「で、ヤドリギはどこにあるの?」
『他の木に寄生する植物だから、まずはケヤキやブナを探したらどうだい?ヤドリギ自体は鳥の巣みたいな形をしているから見つけやすいと思うよ』
 つまり森を探し回れと。いや、時間はあるからいいんだけど、随分と手間がかかる伝説だ。でもカルナは気にしてないんだろうなと思いながら隣を見上げると、やっぱりいつもの無表情だった。
「二手に分かれて探す?その方が早いよね」
「それはできない」
「なんで?」
「お前の伴侶は俺だ」
 何の確認だ。しかも理由になってない。だがカルナは言い切ったつもりらしく、しっかり指を絡めると歩き出した。こんな繋ぎ方どこで知ったんだろう。それに生前はこんな風に二人で散歩する機会に恵まれなかったから、少し緊張する。
 なんて思っていられたのは最初だけで。「あれヤドリギじゃない?」「鳥の巣だ」を繰り返すこと数十回。今度こそはと思えば魔物の巣で、襲ってくる魔物を倒し、また手を繋がれて探索に戻る。さすがに思い至ったらしく、ダ・ヴィンチちゃんが『そういえばキミたちの幸運値って……』と言葉を濁した。
「やっぱり見つからないね。ケルト勢呼ぶ?」
「ケルトの英雄か……おそらく今はその時ではないのだろう。だが残された猶予が少ないことは承知している」
「あ、時間決めてなかった。ダ・ヴィンチちゃんの協力もあるし、夕飯までには帰るか」
「刻が来るまで諦めない心算ではあるが……たとえお前の心が移ろうと俺はお前以外と契る気はないぞ。この世は兎角ままならんものだが、俺とて譲れないものはある」
「譲るだけじゃ解決できないことも世の中にはあるからね」
「お前が賛成するのなら胸を張ってこの道を進もう」
「いつだって応援してるよ」
『キミたちそれで意思疎通できてるのかい?』
 機械越しにダ・ヴィンチちゃんが戸惑いがちに言う。言われずとも話が噛み合っていないのは自覚している。気にしてたらキリがないから流しているだけで。
『ていうか名前、カルナのプロポーズにノータッチとか酷くないかい?』
「悪い人ですから」
「根は悪い奴ではないんだ。適当でいい加減なところはあるが」
『カルナにも言われてるじゃないか』
「……ん?プロポーズ?確認じゃなくて?離婚した覚えないんだけど」
「俺も覚えがない。だがお前はヤドリギを探しているのだろう」
 カルナの鋭い目が不安そうに揺れ、繋がれた手に力が入る。確かにヤドリギを探しているけど、それはカルナのためだ。なのになんでいつの間に離婚したことになってるんだろう。
「そういえばメイヴが『見つけた後が大事』とか言ってたけど、それのこと?」
「……待て。何の話だ?」
「ん?採取方法とか言ってなかった?ヤドリギは不死の象徴ってとこしか聞いてないんだけど」
「俺はお前が誰かと結婚すると聞いたのだが」
 何だそりゃ。話が違いすぎてお互い首を傾げていると、『話は聞かせてもらったよ』とダ・ヴィンチちゃんが自信ありげに言った。
 どうやらヤドリギにはもう一つ、メイヴ好みの言い伝えがあったらしい。恋人同士がヤドリギの下でキスをすることは結婚の約束を意味し、ヤドリギの祝福が受けられるという伝説が。それをカルナは、私が別の人とやろうとしていると勘違いしたらしい。
「メイヴに一杯食わされたね。でもその伝説、既婚者には効果ないと思うんだけど」
「……すまない。疑うつもりはなかったが、もしかしたらと思うと体が動いていた」
 だから早かったのか。多分味わう暇もなく掻き込んだか、惜しみつつ残したのだろう。それはちょっと嬉しいかもと想像していると、顎を掴まれる。キスされた、と気づいた頃にはカルナの顔は遠ざかっていた。
「な、なんで」
「……意味はないが、共にいてくれるだろうか」
 何の意味がないと言うのか。普段はわからなかっただろうが、今回はなんとなくわかった。ここにはヤドリギがないから、キスしても祝福はないと言いたいのだろう。そんなものなくたって十分なのに。
「祝福がなくてもいいよ。あってもカルナじゃないとお断りだから」
「……そうか。俺もだ」
 笑いかけると、カルナも目を細めて笑った。面と向かって言葉にするのは気恥ずかしいものがあるが……うん、たまには悪くない。
 もうここに用はない。ダ・ヴィンチちゃんに帰還をお願いすると、もう惚気は御免だと言わんばかりに彼女は言った。
『互いの気持ちも確認したことだし、夫婦水入らずで食事でもしたら?』
「そうだな。昼は出遅れたが、今度は共にしたい」
「いいよ。予め言ってくれれば作るし」
「!そうか」
 カルデアに戻ったら、二人でカレーを食べよう。適当で甘いカレーを。それからメイヴに、ヤドリギは必要なかったと報告しておこう。