ホグワーツの敷地が真っ白になった頃、三年生以上の生徒は浮き足立っていた。誰と行こう、どの店を回ろうという話題が専らで、皆ホグズミード行きを楽しみにしている。
 名前はため息と共に許可証を見つめた。暖炉の炎が透けるそれには保護者の署名があり、提出すれば何の問題もなく通るだろう。何か呪いがかかっている訳でもなく、フィルチでさえ言いがかりをつけられない……とは言い切れないが、一応完璧な許可証である。
「やぁ名前、隣いい?」
 見上げると外から戻ってきたのか、少し顔が赤い双子の片割れが立っていた。どちらかはわからない。首に巻いてあるマフラーは去年のクリスマスにジョージにあげた物なのだが、彼らは服を交換する癖があるので確信はできないのだ。
 暖炉に当たるついでに話しかけたのだろうと適当に納得し、ソファの片隅に寄る。
 だが二人の間に指ほどの隙間もなかった。
「……近いんだけど」
「寒いと人肌が恋しくなるって言うだろ?ああ、暖炉を占領してる君にはわからないか」
「邪魔ってことかしら。相棒と悪友を呼んで身を寄せ合えば?」
「待て待て、冗談だってば!」
 立ち上がった腕を引っ張られ、名前はソファに倒れ込んだ。手元からぐしゃりと音がして、満足そうな笑顔に文句の一つでも言ってやろうと思ったのだが、口から出たのは短い悲鳴だった。首筋に冷え切った掌が触れていて、すぐにはたき落とす。
「なんでこんな冷たいのよ……私あなたが手袋をつけてるところ見たことないんだけど、これって偶然?」
「うーん、手の感覚がないのがすごく残念だ」
「ちょっと。人の話を聞きなさい、ジョージ」
「えっ?」
 なにかと距離が近いのでジョージだと思ったのだが、目の前の顔は曇った。間違えたのか。とうとうフレッドまでぬいぐるみ扱いしてくるのか。
 名前は不安そうに口を噤んだが、それは杞憂だった。
「まさかとは思うけど今気づいたのかい?このマフラー、君から貰った物なんだけど」
「覚えてるわよ。でもあなたたち服ごと入れ替わってる時あるじゃない」
「いや、そうだけど、このマフラーは俺専用だよ。フレッドにも貸したことないんだ」
「気に入った?夏も使ってくれていいのよ」
「やめとくよ。グレイシアスをかけられそうだ」
「よくわかってるわね」
「当然さ」
 ジョージは嬉しそうに笑ったが、名前は無視して許可証を広げた。杖を取り出してレパロをかけると、隣からの視線の圧が増した気がする。
「断っちまえばいいのに」
 小さい声だったが、聞き取れないほど距離は遠くない。ジョージはおどけたように続けた。
「アンジェリーナとアリシアが騒いでたぜ?さっきも廊下で『名前を無理矢理誘う男なんて認めないわ!』って血眼になって相手を探してたよ」
「昨日の作戦は本気だったのか……」
 目の前で誤解が成長していく昨夜を思い出し、名前はげんなりとした。二人から話を聞いたということは、ジョージも勘違いしている可能性が高い。というか先程の発言からして間違いないだろう。
「で、誰なんだ?」
「誰って訳でもなくて……」
「ああ、デートコースに問題があるのか。君あんまり騒がないからハッフルパフみたいな奴って思われてるもんな。本当は魔法植物のためなら禁じられた森にだって入るオタクなのに」
「よくわかってるわね」
「当然さ」
 名前はジョージに呆れた目線を送るが、誇らしげな笑顔に阻まれてしまった。
「ていうかハッフルパフみたいだと思われてるなんて聞いたことないんだけど」
「まあ君、ホグワーツ生なのに噂とは無縁だもんな」
「遠回しに友達が少ないって言ってるでしょ」
「俺にとっては好都合だ」
「人の社交不足を喜ぶな」
 不満そうに片眉を下げる名前の肩に手を回し、ジョージは「まあ聞いてくれよ」とデートプランを語り始めた。
「俺だったらまず魔法植物専門店に行くね。スプラウトから聞いた話じゃ今年はブボチューバの亜種が並ぶらしい。緑を満喫した名前は俺が勝手に腕を組んでも『いつから私はユーカリになったの?』とか言って甘んじてくれるだろうから、そのままゾンコに連れて行く。皆に見せつけながらハニーデュークスを回って、そしたら人気のない道をゆっくり歩くんだ。最後は三本の箒でバタービールを頼む。話題は新商品のアイデアと禁じられた森で見つけた火を噴く花についてだ。後者は絶対見たいだろうから『よければ今度連れて行くよ』ってさり気なく次のデートの約束をして、帰り際にはこっそり買っておいたプレゼントを渡す。どうだい?魅力的なデートだろ」
「よ……く、わかってるわね」
「当然さ」
 絞り出した名前の言葉に、ジョージは悪戯完了と言いたげに片方の口角だけ上げて応じた。
 いっそ話してしまおうか。ジョージならあの二人のように暴走することは……ないとは言い切れないが、多少の自重はしてくれる気がする。
 まだ二人が談話室に帰ってきていないことを確認し、名前は「できるだけ冷静に聞いてね」と念を押してから話し始めた。
「一年に一回、それも五分しか咲かない花がホグワーツの温室にあるの。すごく貴重な植物なのよ。どれくらい貴重かって言うとスナイプ先生のスマイルと同じくらい珍しくて、ルナティアって名前なんだけど、もう名前からして高貴なオーラを感じるのに名前負けしてなくて、宝石より綺麗な光を放つって言われてて、」
「名前、君が冷静じゃない」
 ヒートアップして顔を近づけてくる名前に、ジョージはできるだけ平静を装って言った。
「わ、私はいつだって冷静よ!」
「今の君が冷静なら糞爆弾浴びたフィルチだって冷静さ」
「冷静になりました」
「よくできました」
「どこまで話したっけ──ああ、去年はクリスマス休暇に被っちゃったけど、今年は大丈夫だってスプラウト先生に言われたの。けどその日は──」
「ホグズミードに被ってるって訳か。じゃあデートの相手はスプラウトってことか?」
 名前は「だったらこんなに悩まないわ……」と首を振った。
 話が進むほど切羽詰まった表情になっていくため、ジョージは嫌な予感がした。
「本当に、ここからが問題なの。スプラウト先生が優しくてお人好しで、生徒の喜ぶ顔が好きな人なのはわかってるわ。それに私は植物を雑に扱うなんてできないし、真剣になると周りが見えなくなる自覚だってある」
「……続けて」
「スプラウト先生は、花を見たがっている生徒がもう一人いるって言ったの。それに女子だったら良かったんだけど、先生ってば『お二人なら素敵な恋人になるでしょう。新たな始まりとして、こんなに素敵な出会いはありませんよ!』って言うのよ?しかも彼、何度か話したことがあるんだけど、冗談が全く通じないっていうか……」
「遊び心がないのか。俺と違って」
 今までの悪戯を思い出し、名前は「そうね」と力なく笑った。
 ここ最近、ずっと悩んでいたのだろう。ジョージは責任感の強い名前が頼ってくれたという優越感に浸ると同時に、絶対にその男子生徒を次の標的にすると誓った。
「距離を置いても、ノーだって察してくれるとは思えないし……たぶん、行った時点で勘違いさせてしまうわ……」
「…………。」
 何か言いたそうに見つめられ、名前は「な、何よ」とたじろいだ。
「いーや?ただ俺よりそいつの方が理解されてるなって思っただけさ」
「そう……?意外と相性がいいのかしら。でも誠実で嘘がつけないって、浮気の心配しなくて良さそうよね」
「待て馬鹿早まるな。違う、クソ、今のは最悪な冗談だった。ユーモアがあって一途な奴だっている。とりあえず俺に良い案があるから冷静になろう」
「どんな案があるって言うの?」
「その観賞会に俺も一緒に行ってやる。そしたら先生だって退散してくれるさ」
「恋人役ってこと?私は噂と無縁だからいいけど、あなたは違うじゃない」
「いいのさ」
 どうせまたアプローチに失敗してるって思われるだけだ。だがそろそろアンジェリーナとアリシアからそれとなく言ってもらおうかと考えながら、ジョージは笑顔に自信を乗せる。
「……じゃあ、よろしく」
「ああ、このジョージ様にお任せあれ」
 心配事が解決して気が抜けたのか、名前は晴れやかな顔で証明書をローブに仕舞った。
「ちょっと部屋に戻ってジョージのデートプランをメモしてくるよ。もし在学中に恋人ができたら絶対お願いする」
「そりゃ俺じゃないと許可できないな」
「なんであなたの許可が必要なの」
 アイデア料でも取るの?と笑う名前に、ジョージは言った。
「俺の一ヶ月が報われたってこと」