「用意しないのか?」
 スマホで時間を潰す私を、不思議そうに三輪が見下ろしていた。手には数学の教科書、ノート、筆箱の三点セット。
 突然の授業変更でもなければ一限は現代文のはずなのだが、三輪が勘違いなんて珍しい──いや、そうでもないな。真面目すぎて天然突っ込んでるのは元からだった。
「授業変更だっけ?」
「?今週はなかったと思うが」
「じゃあなんで……」
 机の中から手帳を取り出して時間割を確認するが、やはり一限は現代文だ。
 どういうこっちゃと眉を寄せる私より先に、手帳を覗き込んできた三輪が答えに辿り着く。
「今日は水曜だぞ」
「──まさか」
 カバンの中身と時間割表を照らし合わせ、最悪な予想を的中させていく。
「助けて三輪えもん、今日木曜にならない?」
「24時間待て」
「それもう明日だよ」
「他のクラスに借りてこい」
「わかった」


 入学して2ヶ月。交友関係が狭い私が話しかけられる他クラスの知り合いなど、残念ながら二人しかいない。どちらもコミュ力がカンストした社交性の塊なのだが、強者と聞くと血を滾らせ二言目に個人戦しようぜと言ってくる戦闘バカでもある。
 別の教科だったらまだしも、数学で隣の席になる他クラスの方は色々と親切すぎるので、これ以上迷惑をかけられない私としてはこの二人に頼る方がダメージも小さく一石二鳥なのだ。
「失礼しまーす……」
 他クラスって入りづらいんだよなぁと思いながら近づくと出水は全て察したらしく、なんとも言えない表情を浮かべた。まあ昨日も借りたことを考慮すれば当然の反応か。
 毎度繰り返す私も私なのだが、好んでやっている訳じゃない。商品に貼ってあるバーコードシール並みにこの悪癖はしぶといのだ。
「で、今日は何忘れたんだ?」
「とりあえず数学を」
「──ブハッ!居酒屋の注文かよ!」
 手に力が入らないのか、何度も紙パックにストローを刺そうとして失敗している米屋が背後から近づいてきた。
 見かける時いっつも何かしら飲んでるけど、どこに吸収されてるの??その体セームでできてるの??
「どしたの、米屋も忘れ物?」
「いんや。ちょっと暇だったから」
「なるほど……」
 出歩いてまで人と話すとか社交性のある人はやっぱりやることが違う。
「あ、そーだ苗字、前期中間のテスト範囲間違えたってマジ?」
「マジじゃない」
「おい嘘つくな」
 後ろからスパーンと小気味良い音を立てて頭を叩かれた。
 音の割に痛みはあまり感じないのだが、ただでさえ記憶力がアレなのにこれ以上脳細胞が死んだらどうしてくれるんだ、と視線で訴えるが、知ったことかと言いたげに出水は丸めた教科書片手に言葉を続けた。
「俺が勉強見てやらなかったら赤点確定だったろーが。出ないとこばっか勉強してただろーが」
「うわぁ」
「え、なんで赤点回避した私は回避できなかった米屋に哀れみの目を向けられてるの??」
「と思うじゃん?──って言いたいけど結構ヤバくね?」
「なんだと」
 勉強見てやるっていうのも無償じゃなくて、テスト後「苗字ちゃーんお礼しろや」ってブースに連行された挙句、出水が百勝するまで延長とかいう超理不尽なルールで個人戦した話聞かせてあげようか?ああでも米屋なら喜ぶか。ちくしょう。
 真剣に聞いてくれた三輪は「後は任せろ」ってミルクティー奢ってくれたのに、なんだこの差は。そういえば三輪から聞いて東隊の皆さんが色々奢ってくれるという素晴らしい連鎖反応は予想外だったなぁ。東隊最高。
「中三の時告ったら『考えさせて』って言われて待ったけど全然返事なくてまた呼び出したら『人違いじゃない?』って振られた山田を思い出すな」
「それコイツじゃね?」
「冤罪です!」
 告白という勇気ある行為をホイホイ忘れる悪女と同類にされるなんて極めて不愉快である。
 正直同じクラスでフルネームを知ってるのは三輪だけなのだが、知られたら余計からかわれそうなので黙っておく。
「俺ら数B入ったけど、数Uも要る?」
「んんー……使うって言ってたような幻聴だったような」
「ふわふわしてんなぁ……」
 呆れた視線と一緒に教科書二冊を受け取り時間を確認すると、授業開始まで2分を切っていた。走れば余裕だな。
「じゃあ借りるね!また来るから!」
「あ、待て!全速力はスカートが──って行っちゃったよ。ここで彼氏になる予定の出水さんに聞いてみましょう。どう思います?」
「短パン履いてるから平気だろ」
「なんで知ってんの」